第10話 呪いのエルフ、交流を深める
「どうしてこうなったのかは、ボクも知らない。ボクが生まれた時から、ここはこうだった。その上で、事実を話すよ」
適当な瓦礫に腰掛けたルカに倣い、私も積み上がった瓦礫に腰を下ろす。
《未来の日本やば》
《核戦争でも起きた?》
コメントたちも好き勝手言っている。それもそう。彼らには好き放題言う権利がある。多分、彼らはこの世界の住人だから。未来がこうなっていることを知れば、気が気じゃないだろう。
「この世界は、見ての通り荒廃してる。そんで地上には生物がほとんどいない。瘴気が漂ってるからな。適応した植物とかはいるけど、人間はいない。もしかしたらいるかもだけど、見たことはないな。普通のやつは地表に出た瞬間、漂う毒にやられて死ぬからな」
「でも、ルカは……?」
私は、一見すればただの子どもにしか見えない彼を見て、呟く。普通の人が死んじゃうなら、彼は普通ではないことになる。当然生まれた疑問に、彼は頷いて懐から何かを取り出した。
《ナイフ?》
《ルカは人間じゃないのか?》
《俺たちのルカきゅん……》
コメントたちがざわつく中、私の心も胸騒ぎを起こす。もしかすると、聞いちゃいけないことだったかな、とか。怒らせちゃったかな、とか。そんな不安と後悔が押し寄せる。
でも、訪れた結果は違った。
ルカはそのナイフ自らの手の甲に充て、皮膚を傷つける。当然、血が出るわけだけど、すぐにその異常性を、私たちは目の当たりにした。
「血が……、燃えてるの?」
彼から滴る赤い雫。それはすぐに眩い黄金の焔となって、手の甲から地面に落ちていく。上がる炎に照らされてしばらく、彼は口を開いた。
「ボクは、燃える血が流れる太陽の吸血鬼の一族、らしい。親父がそう言ってた」
「吸血鬼……」
私の住む世界でも、それはいた。夜に生き、人の生き血を啜る魔の者。それが吸血鬼。でも彼は陽の元で歩けているし、そこまで悪い存在には見えない。
《太陽の吸血鬼の一族!?》
《血を燃やすとかかっこよすぎだろ!》
《俺の血も吸ってほしい》
相変わらずのコメントたちだ。本当に、彼らは何でも受け入れてくれる。その懐の広さに感動しながら、私はルカに尋ねる。
「だから、地上でいても平気なの?」
「吸血鬼だからな。瀕死になって、その度に再生して、それから適応した。何度もそれを繰り返して、この状況に適応できたって感じだな」
「……」
壮絶な話だ。どう声を掛ければいいのかわからない。言葉に迷っているとルカが溜息を吐いた。
「ま、ボクの話はいいじゃん。で、話しを戻すけどさ、こんな世界に来るやつがいるんだよ。多分、お前みたいに別の世界から来たっぽいやつらがさ。目的は、この世界を正しい姿に戻すこと、修正って言ってたっけか?」
修正。確かに、ここに来た時、この配信デバイスはそう言っていた気がする。それが意味することはわからないけど、なんとなく概要がわかってきた。
《色んな人たちが、この世界に来て、こうなった未来を変えようとしてるってことか》
《でも上手くいってないってことだよな》
《ギルハちゃんが主人公ってこと?》
「そう、だよね」
ニドゥカがどうして私にこれを任せたのか、なんとなくわかる。この世界に満ちる毒は私には効かない。活動をするのには適しているんだろう。
「で、ボクもこの世界なんてまっぴらだから、そういうやつらに手を貸してるんだよ。この池袋に、世界をこうした原因がいるらしいからさ」
「それが、エリアマスター?」
「ああ、そう呼ばれてるらしいな。ここに来たやつらも言ってた。そんで、生き残ったやつらは同じ場所を目指して、道半ばで倒れる。目の前で急に消えるやつ、多分元の世界に帰ってるやつもいるけど、少なくともここに滞在してるやつはいない」
いつの間にか炎が消えたその拳を握りしめて、俯く。
これまでどれだけの人がここに来たのかは知らない。知らないけど、きっと多くの人たちと会ってきたんだろう。それぐらいは、彼の陰る表情を見ればわかる、気がした。
「ボクにできることは道案内ぐらいだ。戦闘能力もない。未来を変えるための役には立ちたいけど、ここに来るやつらは環境に適応できないのか、すぐにいなくなる」
でも、と。彼は私を見据える。真っ直ぐに、眩しい瞳の輝きは、灯る炎に照らされてさらに煌めいていた。
「お前が来た。この世界の毒を耐えられる、特殊なやつが。ボクはまだ、未来を変える希望に縋ってたい」
「ルカ……」
《ルカきゅん……》
《漢じゃねえか》
《感動した》
《お前が主人公でいいよ》
ちょっと黙っててほしい。そう思わなくもないけど、私ではコメントたちは止められない。それに、この流れに慣れてきてしまっている自分もいる。私は流れていくコメントに目を通しつつ、改めてルカと視線を合わせた。
「うん。私の目的も、その元凶をどうにかすることだから。ルカがいてくれると、心強いかな」
笑顔を浮かべながらそう言うと、ルカが僅かに視線を逸らす。もしかして嫌われたかな?まあ、無理もない。こんな体から毒を吐き出している、コミュニケーションがへたくそなやつのことを好きになるモノ好きなんていないだろう。私なら嫌だし。
でも、私はルカを嫌いにはなれない。自分自身のためでもあるんだろうけど、世話を焼いてくれるし、悪い存在には見えないから。
《このエルフ、もっと自分のこと理解した方がいい》
《人たらしの素質あるよ》
《おねショタの波動を感じる》
「み、皆ひどい……」
言っていることの大半は意味がわからないけど、あんまり良い意味じゃない気がする。流れるコメントたちに涙を浮かべていると、ふん、と。ルカが鼻を鳴らした。
「お前みたいなのは、初めてだよ」
「……それって、褒めてる?」
「褒めてないよ。んじゃ、改めてボクたちは協力関係だ。よろしくな、ギルハ」
「うん! よろしくね、ルカ!」
私の元気な声が、地下空間に響き渡る中、彼は笑って、それにつられて私も笑顔を浮かべた。
こうして、ニドゥカ以外の人と笑い合うのもいつぶりだろう。初めは気乗りしなかったけど、来て良かったかもと、心の中がふわふわとし始める。そうして少し感傷に浸る中、ルカが立ち上がった。
「それじゃ来て早々で悪いけど、行こうか」
「行くって?」
私が首を傾げて立ち上がった彼を見上げると、ルカは何を言っているんだと眉を顰めながら、こちらを向いて疑問に答える。
「決まってるだろ? その元凶のいる場所、サンシャインシティにだよ」
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