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第1話 呪いのエルフ、勇者と共に追放される

「今日はギルハ、テメーに言いたいことがある」


 そこは北国のとある酒場。窓から外を見ればちらつく雪に街の灯りがほんのりと移って、夜なのに街全体が明るく煌めいている。

 店内には客も多くいて騒がしい。賑やかな空気が溢れかえる中、私に向けられた彼の言葉は鋭くて、刃物みたいに冷たかった。


「ど、どうしたの、パリサンデロス。私、何かやっちゃった……?」


「やっちゃったも何もねえだろ。いつもテメーが振り撒く呪いってやつのせいで、俺たち迷惑被ってるんだわ。やれ戦闘では距離を取って戦えだの、普段の旅ん中でも呪いの影響範囲に入らねえようにしろだとか、一個も気ぃ抜けねえのよ? わかるか?」


「そ、そうだよね……、えっと、本当にごめんね……。私のせいで、迷惑だよね……」


「迷惑なんてもんじゃねえよ! ギルハ、テメーが来てからずっと、こっちは細心の注意を払って行動してんだ! 何せ一歩ミスったら速攻で体が病魔に侵されるんだからな。リスクに見合ってねえ。その苦労にもう我慢ならねえって話なんだよ!」


「ご、ごめん……。私――」


 言葉に詰まって、上手く喋られない。

 激昂する彼、パリサンデロスに頭を下げて謝罪をするけど、それでも彼の腹の虫は収まらない。それでも私には謝ることしかできない。自分を正当化することも、対価を差し出すこともできないんだから。


「おい、パリサンデロス。それは自分勝手すぎないか?」


 そんな私を見かねてか、黄金色の髪が綺麗な女性が、語気強く反発してくれた。


「ギルハをこのパーティに入れた時、全員賛成してくれたろ。ギルハの毒はオレが打ち消してるし、納得してくれたよな。それをいきなり文句垂れて頭ごなしに否定するなんて、どういう了見だ?」


「どうもこうもねえだろ。事実を言ってるまでだ。最初はテメーの言うように、勇者の結界魔術とやらがあるから、エルフの里から連れてきたコイツの毒は食らわねえ、安心だって言ってたがよ。蓋を開けてみれば、コイツが戦い始めたら俺たちまでその毒の巻き添え食らうじゃねえか。そんな危ねえやつと一緒に戦えねえって言ってんだよ。なあ? ヘクタール、カサンドラ」


 びくり、と。私は黙って話を聞いていた二人を見やった。

 ヘクタールは陽気な姉御肌の戦士。獣人で、見た目は猫っぽいけどよく私のたどたどしい話にも笑って相槌してくれる太陽みたいな女性だ。

 カサンドラはあまり喋りたがらない治癒術士の女の子。それでもちゃんと人の話を聞いていて、いつかちゃんとお喋りしたいなって思っていた。

 二人とも、黄金の髪の彼女、勇者であるニドゥカが連れてきた旅の仲間だ。


「アタイもパリサンデロスに賛成だね。正直、呪毒の姉ちゃんがいなくなれば、もっと連携も取りやすくなって思い切り戦えるからさ」


「……カサンドラはどっちでも。ヘクタールの意見に従う」


 二人の意見に耳を塞ぎたかった。視界が殴られたみたいに揺れているのは、信じていた彼女たちに突き放されたショックからだろうか。最早呆然と目の前に並ぶ料理を映すことしかできない。

 反論もない。全部自分が悪いんだから。


「――オマエら、結託してギルハを追い出そうって腹だな」


 鋭い眼光をさらに鋭利に、ニドゥカがその場にいる私以外の仲間を睨むけど、全員それを涼しい顔をして受け流す。


「色々と裏で話は進めてるんだよ、悪く思うな」


「そう! そして、キミもお払い箱だよ、燦絶の勇者、ニドゥカ・クルヌジア」


 パリサンデロスの言葉に被せるように、突如として溌剌とした声がその場に降り注ぐ。それは私とニドゥカの座る背後、振り返ってみれば金色の鎧に身を包んだ男がニヤニヤ笑いながら立っていた。


「なんだオマエ。悪いけどな、今ちょっと取り込み中なんだよ。部外者は黙って――」


「部外者じゃないさ。何せ、このパーティの新たなる勇者となる存在なんだから、ね!」


 バチン、と。そんな音が鳴りそうなほどに暑苦しいウインクをする彼は、大仰に腕を振り上げて、そして腰を曲げる。


「申し遅れたね、僕はこの北の国出身、希望の勇者アスカ。よろしく、と言ってもキミたちとはここでお別れだけどね」


「どういう意味だよ」


「もっとわかりやすく言ってあげよう! 僕がこのパーティに入るんだよ。ニドゥカにギルハ、二人の代わりにね。一つのパーティに勇者は二人もいらないじゃないか」


 ニドゥカが勢いよく立ち上がると、彼女の座っていた椅子が音を立てて倒れた。今にも手が出そうな、剣吞な雰囲気が立ち込めて、鋭い眼光をアスカと名乗った勇者に飛ばす。

 そのやり取りに、周囲の空気も一辺。それまで楽しく吞んでいた周りの人たちも、漂う異様さに鳴りを潜めてしまっていた。


「ギルハをパーティから追放させるためには、ニドゥカも一緒にパーティから追い出さなきゃならねえ。テメーは随分、ギルハのこと気に入ってたからな。絶対に衝突すると思ってた。だからこの北国にいる王に要請を出したんだよ。代わりになる新しい勇者を寄越せってな。そしたらアスカが来てくれたってわけだ」


「他所の国王まで巻き込みやがって。恥ずかしくないのかよ」


「恥や外聞で魔王討伐はできねえだろ。その場その場で最適なパーティで挑むのが、魔王討伐の基本だ。テメーみたいに仲良しこよしでやってんじゃねえんだよ。何より報酬も一人分減るしな」


「……本音はそっちだろ」


「金が多く貰えるなら本音とかどっちでもいいんだよ。それにテメーら二人がいなくても、この勇者アスカさえいれば魔王討伐はできるんだ」


 嘲るように唾を飛ばすパリサンデロス。ここにいるのは最早仲間でもなんでもない。冷ややかな視線が、ニドゥカに集まっている。


「いいかい? 燦絶の勇者。僕は対魔王特攻の魔術を持って生まれたんだ。いや、それ専用に転生させられた、と表現した方が正しいかな。王もそれを知っていてね。今のこの状況は、ある種決定付けられたことなのさ。何せ、魔王討伐を成し遂げた者が自国から出たとなれば、その恩恵は計り知れない。前々から準備をしていたわけだ。ニドゥカの国の王はそんなこと考えてもないみたいだけど、ウチの国の王はちゃんと未来を見据えてる」


「……そうかよ」


「ああ、でもそう落胆することもないよ。報酬はあげられないけど、キミはこの旅にまだ同行していてもいいよ、ニドゥカ。ギルハはともかくキミなら触っても問題ないから。美人だし、憐れなキミを僕の伴侶にしてあげようじゃないか」


「――」


 瞬間。その場の空気が一変する。

 それまであったのは、冷ややかな空気。腫れ物がそこにあるかのような、侮蔑を含んだ異様な雰囲気が横たわっていた。

 けど、今は違う。

 ニドゥカを中心に形成されているのは、殺意そのもの。その場全員の喉元に刃を突き付けられているような、動くことすら許されないほどに、緊張の糸が張り詰めている。


「オマエら――」


 放たれる殺意はさながら猛吹雪の中。体は震え、瞳孔が開いて、しかし誰もがニドゥカから視線を逸らせない。

 私からだと、彼女の表情がわからない、けど。

 このままだと良くないことが起きることぐらいは、わかった。

 ――店内の、灯りが全て消え、ニドゥカの姿が朧に歪む。


「……っ、ニドゥカ! 私なら大丈夫! だから落ち着いて、ね!?」


「――ギルハ」


 思わず、そう呼び掛けていた。

 気がつけば、いつも通りの彼女に戻っている。私を見つめるその瞳は、優しくて、暖かい。あんな空気を作っていた張本人じゃないみたいで、とても信じられない。


「私、楽しかったよ! ニドゥカと、それから皆との旅。短い間だったけど、ありがとうね!」


 今ここで大事なのは、仲間割れでも口喧嘩でもない。この旅の目的は魔王討伐。

 魔王城まですぐ傍なんだ。彼らに任せてもきっと大丈夫だろう。

 私の必死の訴えを、ニドゥカは黙って聞き入れて、それから首を振った。


「……オマエら。ギルハに感謝しろよ」


 そう言うと、彼女は棒立ちのアスカの脇を通り過ぎて、酒場の店主の元へと向かった。私もそれについていく。


「店主、騒いで悪かったな。侘び金だ。余った金はこの場にいるヤツらの酒代にでも充ててくれ」


 どさり、と。重い音を響かせて、革袋を置いて立ち去るニドゥカに誰も声を発せられない。そうして店から出ようとした彼女は、改めて振り返って店内を、あるいはこれまで共にしたパーティを見やった。


「――オマエらの旅に、精いっぱいの祝福があらんことを」


 そう呟いて、店を出る。外では雪が出迎えてくれて、温まった体をすぐに冷ましていってしまう。


「悪い、ギルハ」


「大丈夫だよ、ニドゥカ」


 私たちの冒険はこうして終わりを告げた。

 そして彼らが魔王を討伐したと、そう聞いたのは、私たちが元居た国に帰ってきて、間もなくしてのことだ。

お読みいただきありがとうございました!


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