不穏な空気
せっかくの夕食も喧嘩しては台無しです。
テーブルの上をガラス瓶が、コロコロと転がった。
水をこぼしながら。
そして、そのガラス瓶はそのまま床に落ち,そのあたりに水滴が飛び散った。
そして、生けられていた一輪の真紅のバラも床に放り出された。
一瞬、皆の手が止まり、転がる瓶を見つめた。
そして、
「おい!何をしているんだ。お前はいつもいつも」
そう怒鳴り声が響いた。
孝太郎の声だ。
孝太郎は立ち上がり、駆の胸ぐらをつかんでいる。
その手はよほど力がこもっているのか、小刻みに震えていた。
すぐに瑛子が席を立ち、テーブルの水を布巾でふき取るが、テーブルクロスが水に濡れてしまっている。
その濡れたテーブルクロスを素早くテーブルから外すと、洗濯かごへと持っていった。
そして床にかがみ、バラとガラス瓶を拾いながら、床の水滴もきれいにふき取った。
「さあ、座って、せっかくのお料理が冷めてしまうわ」
と瑛子。
布巾を片付け、ガラス瓶に改めて水を入れてバラの花を挿した。
その真紅のバラをテーブルに飾った。
「カタン」
ガラス瓶をテーブルに置くと、音がした。
天板がむき出しになっているからだ。
テーブルクロスのかかっていない食卓を見たテレーザの表情が曇った。
あの、テーブルクロスも、テレーザが厳選しスーパーマーケットロイヤルで購入した。
雑貨はあまり多くはないが、テレーザが気に入る品があったのだ。
買ってきてそのままだと、糊が効きすぎていて触り心地が良くない。
一度洗濯して、アイロンをかけた。
そんなこだわりのテーブルクロスだったのだ。
「お洗濯しておくわ。そうしたらまた使ってもいいかしら」
と瑛子が言った。
テレーザが買い求めた品だ。
母の日以降の使い道はテレーザが決めてもいいはずだ。
「もちろんです」
とテレーザ。
先程より、表情が穏やかだ。
「じゃ、乾いたらアイロンもかけておくわね」
と瑛子が言うとテレーザもほほ笑んだ。
そんな瑛子に、
「おい、なんとかしろ」
そう言い放った孝太郎。
「こういう時、パパってさいつもママのせいにするよね」
葵がポツリと言う。
「葵、いいから、さあ、座ってちょうだい」
と瑛子が再度いう。
皆、席に座ったが、どことなくよそよそしい。
尊は自分には関係がない、まるで他人事だ。
駆も席に座り、残りの深海フカヒレの料理を食べていた。
その様子を見た孝太郎が
「いい気なものだ」
とイラついた様子で言う。
「発端はお前ではないのか」
と続ける孝太郎。
その言葉を聞いた駆が、バン、と机に手をついた、思い切り力を込めて。
また不穏な空気が流れる。
緊張した目で孝太郎をみる葵。
するとその時、
「あの、みなさんは、怒っているのでしょうか?
特におじ様と駆」
とテレーザが言った。
それを聞いた皆が、不思議そうに彼女を見た。
いったい何を言っているのだろうか、テレーザは。
そう言いたげだ。
「見ればわかるでしょ?」
と葵が言った。
「いつもなんだよ、うちの家族、すぐに揉め事がおきてオヤジがブチ切れる」
と尊も言う。
「そうなのね」
とテレーザ、どこか嬉しそうだ。
「あの、こんなに感情を露にするなんて、私初めて見ました。
私の父は決して感情を表には出しませんでしたから」
とテレーザが言う。
「父だけでなく、母や姉たちも同じです。感情を表に出してはいけない、ときつくいわれていましたから、もちろん私もです。だからいつもぎこちなくて。
こういうのって家族団らんって言うんですよね。
笑ったり、怒ったりするのって。
いいな、そういうの」
とテレーザ。
テレーザがいつもどこか冷めていて、何でも他人事のようだったのは、
そのためだったのか。
と孝太郎が思う。
瑛子も同じことを考えたのだろう。
「でもさ、喧嘩しまくるのが一家団欒じゃないわよ、それだけは言っておくわ」
と葵。
「そうなの?タブレットでは、家族が本音を言い合いくつろぐ時間、って出て来たんだけどな」
とテレーザ。
「おい尊、テレーザに渡したタブレットの検索機能、大丈夫なのか」
と孝太郎が言う。
「なんだ、俺に振るなよ」
そう言いながら尊はテレーザに貸しているタブレットの再確認を約束した。
「一家団欒」
そんな言葉を調べていたのだ。
知らない言葉だったのだろうか、それとも。
瑛子はそう思いながらテレーザの顔を見つめていた。
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