母の日
倭の国には「母の日」がある
ここ倭の国には「母の日」というものがある。
タブレットでそのことを知ったテレーザ。
美の国には、王と王妃の誕生日は国民すべてで祝う日となるが、
「母の日」と言うものは存在しない。
「ねえ、母の日って何をすればいいの?」
と葵に聞くテレーザ。
「母の日にはね、お母さんにお花をプレゼントするの。それがこの国の習慣かな」
と葵。
タブレットの説明もおおむねそんなところだ。
「葵はどんなお花をあげるのかしら?」
とテレーザ。
「私はね、高校で栽培しているハニーラの鉢植えをあげるつもりよ。
もうつぼみが付き始めているわ。母の日辺りには花が咲いているかも」
と葵が答える。
ハニーラというのは淡いピンクの小さな花が咲き、鉢植えでも切り花でとても人気のあるだそうだ。
「私も何か瑛子さんに差し上げてもいいのでしょうか」
とテレーザが少し不安げに聞いた。
瑛子はここではまるで母のように接してくれているが、テレーザの「母」ではない。
そんなテレーザが母の日に花など送ったら、それは出過ぎたマネと思われないかと不安に思ったのだ。
「いいじゃん、喜ぶよ、きっと」
テレーザの不安をよそに、葵は大賛成の様子で言う。
「尊兄さんも、駆も、ほら気が利かないじゃない。毎年ちゃんと準備してないから、
道端で咲いてた花取ってきたり、よその家の庭からもらってきたり、
ほんと、がっかりよ」
と葵。
「母の日に子供から花を贈られるって、母としてのステイタスなんだって。
だからせめて私はそれなりの物を贈るってるのよ」
と葵が言う。
「気が利くご主人なら、これはパパからってお花準備してるらしいけど、うちの父はねえ、そんなことやりそうにないわね」
と葵が続ける。
「瑛子さん、素敵ないいお母さんですよね」
とテレーザが言うと、
「そう?」
とそっけない葵、
「だって、ご飯の準備もしてくれるし、お弁当も作ってくれて、お部屋のお掃除とかお洗濯とか、
全部やってくれるってもうスーパーウーマンですよ」
とテレーザ。
「そうね、あなたのお母上はそんなことしないんでしょ?
王女の母ってことは王妃ですもんね」
葵は笑いながらテレーザに言う。
テレーザの母、エリアルド・ルイーズ王妃。
美しく気高く、慈愛に満ちで全国民から慕われている、王妃。
「もしも美の国に母の日なんてものがあったら、国中からお花が届くでしょうね。
私は贈らないけどね」
とサラリと言うテレーザ。
「あなたさ、お母さんの事、嫌いでしょ」
と葵が言う。
その言葉通りだ。
母の事は、嫌いだ。
母だけではない、父も姉たちもみんな嫌いだ。
今まで、思いもしなかった感情が湧き出した。
何も、思わない、感じない、考えない、そうしてきたテレーザ。
それが、今は自分の感情が少しずつ、表に出せるようになっていた。
「でもね、お母さんでしょ」
テレーザの表情をみた葵が言う。
「私もね、あなたが来る少し前まで、なんか嫌いだった、ママの事。
ウザくてね。あれこれ言われるのが嫌で、ほとんど話もしなかった時期もあるわ。
でもやっぱり母親だから、なんかだんだんと嫌いって感情はなくなってきたかな。
だってさ、こっちがどんなに嫌っていても、反抗しても、悪態ついても、私のためにあれこれやってくれるんだもの。母親ってすごいよね」
と葵。
葵もいわゆる「思春期」で、母を煩わしく思っていた時期がある。
それでも、母の無償の愛にだんだんをと頑なな気持ちが緩んでいったのだ。
「やっぱり瑛子さんは、いいひとなんだよ。いいお母さん。
私の母はね、私のために何かしたことなんかないわよ、私の事、愛してないから」
とテレーザが言う。
「ごめん、一般家庭とは親子関係も違うもんね。
でもさ、そんな親がいたおかげで、テレーザが今ここに居るんじゃない」
「そっか」
葵の言葉を聞いて、表情が明るくなるテレーザ。
ここでは、自分の存在価値が否定されたことがない、いきなりやってきた身元不明の旅行者なのに。
まあ、孝太郎だけは心の奥でテレーザを追い出そうとしていたけれど。
初めて会ったときから、瑛子はごく自然にテレーザを受け入れている。
テレーザにとってはこれが何よりも嬉しくて、そして自分の心を強くしてくれていた。
「ねえ、尊も、駆も母の日の準備、怠らないように」
と二人に物申すテレーザ。
瑛子に最高の母の日を過ごしてもらう。
そう決めたテレーザは水面下での準備を怠らない。
尊と駆、この男子二人は要注意だ。
なんとしても、先回りしてくぎを刺しておかねばならない。
「花だろ、わかってるよ。でもそんなの、そこら辺の道端から摘んでくりゃいいじゃん」
と駆がテレーザにとって聞き捨てならないことを言う。
「ダメに決まってるじゃない、そんなの。
ちゃんと用意してよ」
とテレーザが言う。
「わかったよ、タマキ、覚えてるだろ、学校で隣の席だぅた。
アイツんち、花屋なんだ。そこから調達してくるから」
と駆。
すると、尊も
「じゃ、俺もそうしようかな」
と同調してきた。
「そういうお前はどうすんだよ。お前もタマキんちで買うか?」
と駆。
タマキの家の花屋に行けば、またタマキに会えるかもしれない。
それはいい考えだ。
「じゃ、そうさせて」
とテレーザ。
「なんだよ、調子いいな」
と駆が言う。
「でも母の日は私が夕食を作るつもりなんです。
だから食材の調達がしたくて。一緒に買い物にいってくれない?」
とテレーザ。
母の日には花を贈るだけではなく、母に感謝の意を表すためいつもやってくれていることを、
代わりに請け負う、そんなこともやっていると調べていたテレーザ。
ぜひ自分で夕食を作り、それをゆっくり食べてもらいたい。
そう思ったのだ。
自分が夕飯の途中でも、孝太郎が帰宅すれば中断してして孝太郎の夕飯を準備する瑛子。
ここのところ頻発している。
「おじ様は瑛子さんが夕飯を食べている時にを見計らうように帰ってくる」
そう思わずにはいられないテレーザ。
「母の日くらいは、ゆっくりと夕食を食べてもらいたいわ」
とテレーザは密かに意気込んでいた。
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