尊(タケル)
自宅に見知らぬ少女が。
「おい、お前、誰だよ?」
リビングにいたテレーザに声をかけた若い男。
この家の長男、尊だ。
尊は大学生のはずなのだが、なぜか家に引きこもり、学校にも行かず部屋に閉じこもっている。
部屋のカーテンは一日中閉じられたままで、薄暗い部屋の中でゲームばかりをしていた。
食事時や用のある時には部屋を出てくるが、ほぼ何も話さず気付けばまた部屋にいる、そんな日々を送っていた。
その尊が昼食をあさりに台所までやってきた。
そこでリビングのテレーザを見つけたというわけだ。
見知らぬ少女が家にいる。
どう見てもこの国の者ではない。
不法侵入か、それにしては緊張感もなくくつろいでいる。
尊に気付いたテレーザが、
「わたくし、テレーザと申します。昨日雨に降られて困っているところをマダム・瑛子のご厚意でこちらにお連れ頂きました」
とテレーザが答えた。
なんだ、こいつは。
尊は内心驚いた。
自分の名を言いながら、膝を曲げてかがむような姿勢、これは上流階級のレディがする挨拶だ。
そして、マダムだと、マダム瑛子だって?お袋のことか。
何だ、その呼び方は。
「そうか」
尊はそう一言テレーザに返した。
そして冷蔵庫を開けて食べ物を探した。
その時、ラップのかかった皿が入っているのが見えた。
中身は炊き込みご飯とおかずだ。
母がこの娘のために用意した食事だろう。
自分は飲み物をとり、そしてその皿も出した。
テレーザに渡すためだ。
「おい、これ、昼めしだろう?
レンチンして食えよ」
そう言いながらテレーザに皿を渡す尊。
皿を受け取ってもどうしたらよいのかわからないテレーザ。
レンチン?なんだろうそれは。
食え?何を言ってるんだろうこの人は。
皿を持ったまま動かないテレーザ。
レンチンなんて言葉は知らない、覚えていないのではない、これは知らない言葉だ。
困っているテレーザから皿を取り上げると、戸棚の上にあるレンジに入れる尊。
タイマーをセットしてボタンを押す。
中で光が輝き皿が回っているのが見えた。
その様子を驚きながら眺めるテレーザ。
こいつはレンジなんか知らないのか。
食事が温まりテーブルに出す尊。
箸と水も用意してやった。
「さ、食えよ」
と声を声をかけると、その仕草で理解したのかテレーザがテーブルについた。
その向かい側にお湯を注いだカップ麺をもった尊も座った。
「いただきまーす」
わざと大きな声でいい、食べ始める尊。
「イタダキマス」
マネをするようにテレーザも言った。
しかし、テレーザには箸の持ち方がわからない。
尊の事を見ながらなんとかマネをしようとしている。
「おまえさ、どこから来たんだよ」
と尊がフォークを出してやりながら聞いた。
「それが、わからなくて」
小さな声で言うテレーザ。
その姿、どう見ても異国の人間だ。
外国からの旅行者だろう。
立ち振る舞いを見る限り、家柄の良い高貴な人種らしい。
そんなご令嬢がなぜ旅行者なんかやってるんだ。
記憶が混濁しているのも気になった。
旅行者に限らず、魔法の力で高速移動をした場合、一時的に記憶をなくす場合がある。
この子もそうなのか。
箸の代わりのフォークを使い、食べるテレーザ。
その仕草が上品だ。
尊は今でこそ引きこもりの問題児だが、以前は学業成績も優秀で勤勉な学生だった。
特に魔術と魔法学については大学で専門的に学ぶことを希望していたのだ。
それが、父、孝太郎の独断で分野の違う大学への進学を強要され、すっかりやる気をなくし今に至っているのだ。
一旦、自分の部屋に戻った尊がタブレットを持ってきた。
それをテレーザに渡す。
「これ、何でも調べられるから使うといい。記憶は徐々に戻っていくよ、きっと。
それまではうちにいるといい、んだけど」
そこまで言うと尊は口をつぐんだ。
明後日にはあのオヤジが帰ってくる。
この子を居候などさせてくれるわけがない。
この家には、俺と弟がいるんだ。
こんなに若い娘、置いておけるわけがない。
それに、おやじは旅行者を家に泊めるなんぞ、ただの偽善だと言うのが口癖なのだ。
「それなら」
と食事を終えたテレーザをこの家に隣接している道場に案内する尊。
「家からは出ないようにと、マダム瑛子に言われておりますが」
とテレーザが言ったが、
「すぐ隣で敷地内だから問題ない」
と言う尊に、テレーザも後を追い外に出た。
その道場には
「倭剣術 鳳凰館」
とかかれた木製の大きな名札がかけてあった。
「ここは倭剣術の武道場だ。うちは代々道場の館長をしていたんだけど、おやじの代で途切れてしまったて、今はかつての門下生が自主練で使う程度なんだ。
だからこの道場、掃除が行き届いていなくて。
どう、お前がやってくれれば助かるんだけど」
と尊が言った。
道場の管理と掃除をやる、そんな役割ならば、おやじもこの子をとどまらせてくれるだろう。
それならば問題ないはずだ。
以前門下生が下宿をしていた部屋もある。
「わたくしでよろしければ、お役に立ちたいと存じます」
とテレーザが即答した。
テレーザとしても、このままここに留まるのは気が引ける。
しかし行く当てもない。
尊の出したこの条件は、ありがたい申し出だ。
しかし、「掃除」とはなんだだろう。
先ほど、尊からもらってタブレットで調べてみる。
掃除か、たぶん、やったことがない。
テレーザの心に少しだけ不安がよぎった。
一瞬見せたその不安な表情を尊は見逃さなかった。
出会ってまだ1時間ほどたっていない、目の前にいる異国の娘。
しかし尊は彼女のために、なにかしなくては、何かをしてやりたい、
そんな思いに駆られていた。
いつ以来だろう、他人のことでこんな気持ちになったのは。
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