お前は、だれだ?
瑛子の家で初めての朝
窓にかかったカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいた。
その光が薄暗い部屋を照らす。
6畳ほどの和室、その真ん中に布団が敷かれており、そこには少女が一人眠っている。
昨日、この家の主婦、瑛子に声をかけられここに来た、テレーザだ。
テレーザの寝顔にも光が当たり、顔をゆがめる。
そして、目を開けるテレーザ。
上半身だけを起こし、周囲を見渡す。
「ここは、どこだっけ」
一瞬そう思うも、昨日の事がよみがえってきた。
何故か、この国のこの町にいて、雨が降り出し、そして瑛子がここに連れてきてくれた。
そして、泊めてくれたのだ。
床に寝具が直接敷いてあるなんて初めて見た。
しかし、床を覆ういい匂いの敷物のお陰で快適だった。
とてもすがすがしい気分だ、よく眠れた。
耳を澄ますと、部屋の外から話声がする。
瑛子と娘の葵のようだ。
和室を出て話声のする方に向かうテレーザ。
昨日、お菓子を食べた台所から声が聞こえてくる。
「あら、おはよ」
テレーザの姿に葵が声をかけた。
台所の食卓で、朝食を食べている葵。
瑛子は流し台の前で、食器を洗っていた。
「テレーザ、もっとゆっくり寝ていてよかったのに」
と瑛子が言う。
まだ朝早い時間だ。
「いえ、目が覚めてしまって」
とテレーザ。
「じゃ、朝ごはん食べる?」
そう言う瑛子に促され食卓に着くテレーザ。
その食卓には葵ともう一人、男子が座っていた。
瑛子と葵の話声は聞こえていたが、この男子の声は全く聞こえなかった。
テレーザが見ると、その男子は不機嫌そうに、パンを口に押し込み肘をつきながらスープを飲んでいた。
「こっちは、弟の駆。不愛想だけど気にしないでね」
と葵に言われて、駆にむかって会釈をするテレーザ。
すると、駆は視線をテレーザに向けた。
そして駆も無言でうなずいた。
「駆が反応するなんてね」
と葵。
その言葉にあからさまに不機嫌そうな表情になる駆。
「チッ」
と舌打ちをして食卓を離れた。
そして、それ以上テレーザの事を見ることもなく自室へと消えて行った。
「あいつ、ほんと嫌なやつでね。バキバキの反抗期よ」
と葵があきれたように言う。
「テレーザ、あなた兄弟は?」
と続けて聞く。
が、テレーザの返事はもちろん、
「わからないの」
と一言だった。
「ねえ、ママ。この子、医者に診せておいたほうがいいんじゃない?
外国の旅行者なんでしょ?何か事故にでも巻き込まれて記憶をなくしちゃった、とか。
有力な国の出身だったらまずいじゃない」
と葵。
有力な国、5大王国などのことだ。
そんな国からの旅行者にぞんざいな扱いをした、それだけでもこんな小国では大問題となる。
「そうね」
と瑛子も言う。
「あの、私は病気などではありません。少し混乱しているようですが落ち着けば大丈夫です。
お医者様だなんて、そこまでご迷惑はおかけできません」
テレーザが慌てて言う。
実際、テレーザ本人にも、何が分かっていて、何が分かっていないのか、何を覚えていて何を忘れているのか、それすら把握できてはいなかった。
瑛子としても、テレーザには美の国の王女だという自覚はないようだ。
それを病院などに連れて言ったら、個人データを照合され身元がわかってしまう。
すぐに政府の役人が彼女を保護しに来るだろう。
「それは避けたい」
はっきりとした理由はないが、何故がそう思った。
「この子は、ここにいてほしい」
と。
「そっか、じゃしばらくうちでゆっくりしなよ」
と葵が言う。
「明後日、パパが帰ってきたらどうするかな。あーもうずっと出張行ってればいいのに、あのクソジジイ」
と葵。
「あの、パパってお父様のこと?」
とテレーザが口を挟んだ。
そう、パパ。
庶民の子供たちは父上をパパと呼ぶ。
そんな記憶が頭をよぎった。
「そうよ、テレーザはお父様って呼ぶの?」
と葵が聞く。
「そう、だったと思う」
テレーザの記憶はまたここでぼやけてしまったようだ。
「クソジジイ、って言うのは?」
テレーザが続けて聞いた。
「ああ、あれはね、パパの酷い呼び方よ。砕けた言い方ってのもありかな。でも今は酷い呼び方。テレーザはお父様のことをクソジジイとか言ったことある?まあ、ないでしょうけど」
「お父様、お父様」
なんとなくぼやけているが、懐かしい感じがする。
そして、同時にとても嫌な気分になった、心が冷たくなるのを感じだ。
それを悟られないように、用意してもらった朝食を頬張るテレーザ。
パンとスープ、そして果物、どれもとても美味しい。
「おい、遅刻すんぞ」
背後で不愛想な声がした。
駆だった。
黒い服を着て、黒い鞄を持ってる。
「あ、ヤバい、じゃテレーザ、今日はここでゆっくりしててね」
そう言うと葵はバタバタと自分の部屋に駆け込んでいった。
「あの、テレーザ、私もこれから仕事に行かなくてはいけないの。
お昼ご飯は冷蔵庫に入っているから、レンチンして食べてね。
リビングのテレビは好きに見て。」
そういうと瑛子もあわただしく出かける準備を始めた。
「じゃ行ってきます」
先ほどまでの恰好は全く違う、紺色の服を着た葵がそう言いながら現れた。
「ねえ、あいつの事、言っておいたほうがいいわ」
と小さな声で瑛子に言う葵。
「大丈夫よ、出てこないから」
と瑛子が答えた。
もう一人の息子である長男、尊のことだ。
今日は、オンラインゲームの大会がある、そんな日は一日中決して外には出てこない。
瑛子はそう葵に伝えた。
「ま、そうよね」
そう言うと葵は玄関から出かけて行った。
「ねえ、テレーザ、私は3時には帰ってくるからそれまで外に出ないでね。
私が帰ったら、日用品とか必要なものを買いにいきましょう、
足りないものがあるでしょう?」
そう言うと、瑛子も自転車に乗って行ってしまった。
リビングに一人残ったテレーザ。
仕方なく、「テレビ」を付けてみた。
テレビは知っている。
色々な番組を見ることができ、情報も得られる。
しかし、どのチャンネルを見ても、面白いとも思えなかった。
「知っているものとは違う」
そう思った。
テレビを消して、リビングのソファに座り一人じっとしている。
いつのまにか、ウトウトと眠ってしまったようだ。
まだ疲れが残っていたのだろう。
どれくらい時間が経ったのか、テレーザはぼそぼそとつぶやくような声で目を覚ました。
リビングに一人の男が立っている。
まだ若い、けれど朝会った駆よりは年上のようだ。
その男は、テレーザを見ると、
「お前、だれだ?」
低い声でそう聞いた。
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