花嫁修業と魔法の修行
花嫁修業が始まりました。
テレーザ王女の婚儀が決まり、結婚までのスケジュールがたてられてゆく。
もちろん、テレーザには何か意見を言う権利などはない。
美の国と彩の国の役人とテレーザの従者、侍女からなる、
「テレーザ王女結婚に関する委員会」
が、この婚儀を取り仕切り、様々な事を決定していくのだ。
結婚式はテレーザ王女が16歳になった年の春、彩の国の王都で執り行われる。
それまでに、テレーザ王女とホイ王子が会うことはない。
式当日に初めて顔を合わせるのだ。
王子と王女の結婚、それが普通だ。
まだ、テレーザの日常にあまり変化はなかった。
毎日、花嫁修業の時間が設けられた事くらいだろう。
午前中の2時間、各方面の識者から様々な知識を学ぶテレーザ。
テレーザを始め、王女や王子は普通の学校に通うことはなく、選りすぐりの家庭教師から勉学を学んでいる。
テレーのは学業成績は優秀で、家庭教師も舌を巻ほどの勤勉家だ。
が、しかし、花嫁修業となるとテレーザにとって全く興味のない分野も多く、
テレーザは悪戦苦闘しながら、なんとか乗り切っていた。
そのテレーザの授業中、エマは密かに宮殿を抜け出し、森の奥のダイナ夫妻の小屋まで行く。
そこでこっそり魔法を習っているのだ。
他の侍女たちは、エマはテレーザ王女が授業を受けている間、隣の部屋で控えていると思っている。
エマはテレーザに従い講義をうける個室に向かい、そこから森へ走る、そして講義が終わる直前に控室に戻ってきているのだ。
息が切れていたり、衣類に枯れ葉がついていたりすることもあるが、侍女たちは何の疑問も持たなかった。
花嫁修業の講義が終われば、しばらくの休息時間がある。
自室に戻ったテレーザはエマにその日習得したことを事細かに尋ねる、それがいつもの事だ。
その話を聞きながら、テレーザは自分が習ったものとはかなり違うことを学んでいると感じていた。
テレーザは誰もが持つ秘めたる能力を引き出す力や、心の奥底にある美しい真心を解き放つ術、
すべての事を、美に変えていく、そんなことを中心に学んだ。
が、しかしエマが教わっているのは、防御と攻撃、これがほとんどだ。
「エマは戦闘員じゃないのに」
とテレーザが不満を漏らした。
しかし、エマは
「私は王女をお守りするために魔法を習得したいんです。ですから、最優先で覚えるのは、
攻撃と防御、これしかないです」
と答える。
「私、そんなに狙われるのかしら」
とテレーザ。
テレーザは王族のなかで自分ほど重要度の低い人物はいないと思っていた。
それだけに、外出時の護衛や私室の警備にそこまで人員を費やさなくてもよいのに、と考えていたのだ。
「王女は王女です。彩の国へお行きになればホイ王子のお妃さま。
王族を狙う不届き者は、どの国にも一定数は存在します。そんな輩から王女をお守りする、それが私の本望なのです」
とエマが言う。
「それは頼もしいわね、じゃあ今からこっそり森の穴モグラを見に行きましょう。
護衛は任せたわ」
テレーザはそう言うと、エマを伴いこっそりと城を抜け出した。
そしてクリスタルパレスの奥に広がる森へと入って行った。
エマの手を引き、小走りで森を進むテレーザ、とても楽しそうだ。
一方、テレーザに引きすられるように走るエマは、
「いいんですか?内緒でぬけだしたりして。この後は王妃様との面会があるんですよ、わかっていますか?」
とエマ。
テレーザの婚儀が決まって以来、母である王妃エリアルド妃と定期的に面会をしていた。
嫁ぐ娘に母からいろいろなことを教えるためだ。
名目上だが。
「ああ、気が進まない面会ね。母上だってそう思っているわよ」
とテレーザ。
テレーザが母と二人きりで会うことなど、今までにはなかったことだ。
嫁ぐ娘のためにと、設けられた母娘の時間だがお互いにただ気まずい時が流れるだった。
「穴モグラはね」
と話題を変えるテレーザ。
森の奥にある洞穴に住む野生の穴モグラ、そこに数匹の子供が生まれており最近になって
穴の外に出てきているのだとか。
テレーザは以前からその穴モグラのことを気にかけており、観察を続けていた。
「ダイナ夫妻の小屋とは逆方向なんですね」
とエマが周囲を見ながら言う。
王宮、クリスタルパレスの奥に広がる森、その中心部分くらいまでは手入れが行き届き、
まるで公園だがその先に進んでいくと、そこは手つかずの自然、うっそうとした森が広がっていた。
穴モグラの巣は、そんな自然の中にあった。
森林警備員でさえ気付いてはいないだろう。
幼い頃からこの森を探検しているテレーザは隅々まで周知しているのだ。
「あそこよ」
穴モグラの巣を指さし、エマに教えるテレーザ。
見ると、小高い丘の中腹にある洞穴から数匹の小さなモグラが顔を出している。
「わあ、かわいい」
思わずエマが声を上げる。
「でしょう。あの子たちはここに住み着いた穴モグラの4代目よ」
とテレーザ。
しばらく穴モグラの姿を見つめていただ、ふと思い出したようにエマが、
「そろそろ戻らないと」
と声をかけた。
母、エリアルド王妃との面会時間が迫っているのだ。
「じゃ、仕方ない、近道しよう」
とテレーザが言い、エマと共に走り出した。
まるでけもの道のような細く険しい道を進む二人。
足元はぬかるんでおり、泥が跳ねてスカートを汚していた。
しばらく進むが、城は見えてこない。
それどころか、増々、森は深まっている、テレーザの顔に不安がよぎっていた。
「あれ、おかしいな。城につながる道に出ない」
と言いながら周囲を見回すテレーザ。
エマも城から遠ざかっていることに気付いていた。
空気が違うのだ。
「森の匂いが濃くなっています」
とエマ。
「迷ったみたい」
とテレーザがポツリと言った。
下を向いて、申し訳なさそうに。
「仕方ないですよ、この森すごく複雑ですもの」
とエマ。
田舎育ちのエマにはこの森が思いがけず大きく深く続いていることが理解できていた。
「そう、ありがとう。
それから、もっと厄介なことが」
とテレーザが言った。
「ものすごく、ヤバくないですか?この状況」
とエマ。
2人の前に、魔獣の一種であるダークウルフが立ちはだかっていたのだ。
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