「おいおいおい、なんだよ、あれ?――
「おいおいおい、なんだよ、あれ? まさか、あれが天使って言うんじゃないよな?」
ウィンターズ・カノンの対戦車弾に顔を砕かれ、真っ二つに裂けた天使にシファキスが言う。
「天使じゃなくて、翼人ですよ、先生」
砂鉄グローブが真鍮で守られた溺死体の肉を穿ち、天使は車から離れて錐もみしながら落ちていく。
「思えば、この二日、たて続けに事件が起こりすぎなんですよ。ただ、わたしはヒッチハイクをしただけの善良な市民なのに」
善良な市民は破れた天板から伸びてくる手を握って、くるっと返した。すると、天使は跳ね上がり、ターンして、螺旋を描いて飛んでいき、他の天使を二体ほど巻き込んでバラバラに吹き飛んだ。
このなかで戦いに参加していないのはエミーリオだけだった。しかも、さっきから熱心に腕時計に話しかけている。話しかけている内容は数字の羅列で、三とか五とか、そんなに大きくない数字を腕時計に教えていた。
他の三人はまあ、仕方がない、リミテッドのエージェントとは言っても、所詮は子ども、精神がまだ弱い、この戦闘を前にして錯乱し、自分が証券マンになったと錯覚して、腕時計を顧客だと思って、数字を並べて話しかけることもあるだろう、はっきりいって恥ずかしいが、ここは大人の余裕で見なかったことにしてやろう、と、ニマニマしていたが、十一時の方向で対空砲弾が派手に爆発したのを見て、エミーリオは錯乱していたのではなく、もっと最悪の行為――地面にいるリミテッド秘密対空部隊に空中の座標を指定していたのだと知れた。
「くそったれリミテッド!」
バーン!と真下で破裂した砲弾にまくられて、B型パーカーはもんどりうった。
ドアが開き、シファキスとセールスマンが車から投げ出され、ステップにつかまって、ぶら下がった。
「ぎゃーっ! 落ちるーっ!」
そのあいだ、車内ではソウヘイがエミーリオの腕時計型通信機を取り上げようとして、ビンタのめくら撃ちをしていた。
「くたばれ! このくそったれリミテッド!」
「やめろ! 時計に触るな、こっちからの通信が途絶えたら――」
車の左で天使が砲弾を食らって爆発四散し、その蝋でできた翼が車に直撃した。
車は派手に右に傾き、今度はソウヘイとエミーリオが外に放り出される番だった。
「やめろ! しがみつくな!」
「落ちる―っ!」
先住吊り下がり民の膝をつかんでぶら下がるという極限状態。
しかも、エミーリオの腕時計から、こんな通信がきこえてきた。
「おい、座標を指定してくれ。あと三十秒以内に指定しないなら、リミテッド危機管理行動規定199のAに基づいて、撃ちまくるからな」
それからすぐに弾幕といえる恐怖のデタラメ砲撃が襲いかかった。
こんな凄まじい爆発は破産した花火会社の腹いせくらいでしか見られないものだった。
たとえ直撃せずとも爆風や衝撃だけでも凄まじく、ついにとうとうB型パーカー・ツアーリング・セダン・カスタムをカスタムたらしめる四枚の円盤が割れた。
死ぬとき、これまでの出来事が走馬灯のようによみがえるという。
ソウヘイが見たのは毎日鯛めしを食べたり、美しい姫君たちが自分の取り合いをしたり、シファキスがソウヘイの奴隷になると誓ったり、どう思い出しても出てこない出来事ばかりだった。
それで、ああ、おれ、死んでないんだなと分かって安心し、シファキスにポチと名づけて腹踊りでもさせようかと思ったところで意識が戻った。
目を開き、体のどこかがちぎれたり、手足が折れたりしていないかを確かめ、頭をぶつけて、小さなたんこぶができたぐらいで済んだことを喜んだ。
「我が体ながら頑丈なり。さて――」
目の前にそびえたつのは草や土を裂いてあらわれた巨大な門。
高さは十メートルはある。
肩からぶつかって破れるような代物ではない。
では、鍵穴はないかと思ったが、それもない。
扉には一面、細かい溝が彫られていて、迷路のようになっていた。
「頼むよ、おれ、迷路とか苦手なんだから……さて」
取るべき帽子がないので、右手を胸にあて、軽くうつむき、死者を悼んだ。
「先生、バツリマスター、それにくそったれリミテッド。お前らの遺志、確かに継いだぜ」
――あの。
「お、声がきこえてきた。この扉、どうやったら開くんだ?」
――三つの〈鍵〉が必要です。
「三つかあ。多少しんどいがやれないことはないな」
――いえ。三つの〈鍵〉はお友だちが解いてくれます。
「ちょっと待ってくれ。これだけははっきりさせよう。あいつらは友だちじゃない。老害と資本主義の家来とくそったれリミテッドだ。――って、あの三人生きてるの?」
――はい。ご無事です。
「ちっ、残ね……いや、ええーと、無事でよかった。そう! あいつらならきっと助かったって、そう思ってたよ!」
――そ、そうですよね。よかった。
「じゃ、おれは、とりあえず、ここで待ってりゃいいわけだ」
――はい。
「で、殴り込みかけて、あのデカい孤児院の院長をぶっ飛ばす。ああいうデカブツとの戦い方は分かってる。懐に潜り込んで横っ腹にワンツーだ。で、そこからは何をすればいいんだ?」
――そのあとは……わたしを殺してください。




