45話 アンチェイン沢渡
後方のプレイヤーを気にしながら、大熊と沢渡は遠くに見える真っ黒の何かに向かって移動していた。
荒野地帯はいつの間にか、平原地帯に変わり、平原の奥には森林地帯が広がっていた。
さすがに森林の中を行くのは時間がかかるので、迂回する形で真っ黒へ向かうことになる。
その途中、大熊は派手に転倒した。
「あ痛ーっ!?」
「足元に気をつけろ。人口の道じゃないんだ」
「気を付けてたよ!? 草で隠れてて……てかこれ見てよ! 罠だよ!」
蹴っつまずいた原因は、金属で作られた大きな箱のせいだった。人口の道ではないのに、明らかな人工物があるという違和感。
何度も箱を蹴る大熊を止めて、沢渡は箱の鑑定を始めた。
「金色に輝くが金ではない……真鍮製の箱だ」
「あ、それってあの時の?」
思い出したのは、無人島エリアの洞窟内で出会った不思議な人たちだ。
この世界の原住民で、真鍮製の金属を操り、生き物の魂を管理している存在。
「何が入ってるのかな?」
「開けてみるか」
沢渡は箱を叩いたり傾けたりしたが、結局何なのか分からなかったので開けてみることにした。
特に鍵がかかっているわけではなく、箱正面についている留め金を外せば、箱の頭が自然と持ち上げられて、その中身を沢渡たちに晒した。
「おっほぉ!」
赤い豪奢な布の上に鎮座しているのは、40センチほどの長さのスティックだった。先端は☆型になっている。
「これ魔法の杖だ! ぜったいそうだ!」
「説明書もあるな」
大熊がスティックを取ると、その下から説明書が出てきた。
「なになに――5回まで使えるすごいスティック。SSR。使い方はかんたん。燃やしたいあいてに振るだけ!」
「火でも出るのか」
「ちょ、ちょっと試していい?」
「俺に向けないでくれよ。この世界じゃ多分打ち消しはできない」
「はーい。……とりゃっ」
大熊がスティックを振りかぶると、轟音とともに先端から巨大な炎の塊が飛び出た。
それは鈍重な動きで弧を描くようにして飛び、30メートル先の地面に落ちて大爆発を引き起こした。
「ぶわっ! 熱っ!?」
「ぐぬぅっ」
大熊を熱線から守るように沢渡が前に出たが、それでも大熊は大きなエネルギーを肌に感じた。
「ごっごめん! 沢渡大丈夫……?」
「ああ。俺はなんともない」
「でもさわたり……! 服がっ!!」
爆発による熱に耐えられなかった沢渡の服――雑なコットンシャツ――は焼け焦げて地面落ちてしまっていた。
沢渡はいまや上半身裸である。
「無事でよかった。安いもんだ、服の一枚くらい」
憑き物が落ちたような清々しい表情で大熊を見つめる。
「あ、うん……ありがとね……」
大熊はその視線と脈動する筋肉からそっと離れた。
どういう雰囲気に持っていきたかったのか理解できなかったのだ。
しかし沢渡の思考は単純にして明快。己の筋肉が何の隔たりもなく、新鮮な呼吸を行えることに喜びを感じていたのであった。
要するに彼に服は不要なのである。
そして、いよいよ二人は真っ黒の正体を知ることとなる。
「ぬわぁ……」
「これはエグいな……」
ドン引きする二人は、まず風圧に圧倒されていた。
じわじわと迫りくる黒い壁は、その羽ばたきで二人を地図の中心へ押し込もうとしている。
次に轟音。一つ一つなら大した音は出ないこれらも、黒い壁に見えてしまうほどの群れとなれば話は別だ。
そして、視覚。轟音と風圧を放つ巨大な壁は、蜂の群れだった。
「くまんばちかな?」
「だとしたらこちらから接触しない限り大丈夫なはずだ」
「もふもふでかわいいんだよね」
「オスは針もついてないしな。しかし、さすがにこの中に飛び込めば……」
刺されずとも風船なんか一瞬で割れてしまいそうな爆音と風圧を発生させている蜂の壁。それはまだじわじわとこちらへ近づいてきている。
それはつまり、戦場が縮小されて接敵を余儀なくされるという事を示していた。
「とりあえず戻るか」
「ファイアーボールしてみる?」
「やめとけ……。触らぬ神に祟りなし、だ」
マジックアイテムによる爆発は相当な火力だったが、それでもこの黒壁には針の穴程度しか開けられない。使用回数の無駄だし、なによりも逆襲に会えば勝ち目はゼロである。
「来る途中にあった森の中に潜伏しよう。俺たちの得意とするフィールドだ」
蜂の群れから逃げるように森の中へと進入する。
そして、入った瞬間に大きな破裂音が鳴り響いた。
「うわ! なに?」
「マップを見てみろ。かなり近くにいる」
黄色の点が二つ、割れた風船のそばにあった。
その距離は、ここからでもかなり近い場所だ。
「相手にも私たちの場所がバレてるって事だよね?」
「そういう事になるな。」
「どうする?」
「五感を研ぎ澄ませて先手を取る」
「あいあい!」
短く方針を決めると、二人は押し黙った。
どちらも歴戦の野生児なので、気配を探る事に関しては一流である。
少しすると前方の茂みがかすかに揺れた。
「そこぉ!」
「ふんッ」
大熊と沢渡が同時に槍を投げ込むと、茂みから同時に二つの悲鳴が上がった。
「ぎゃあ! いてて、ちょっと待って! 話を聞いてくれ」
飛び出してきたのは、二人の男だった。
一人は白、もう片方は黒色のモコモコした帽子をかぶっている。帽子以外は顔を含めてもほとんど同じ姿をしていた。
「双子……?」
「そうとも。俺たちは二人でひとつ! 知恵のヨールキと」
「知識のパールキだ!」
双子はポーズをとりながら悪意のないことをアピールした。
「うさんくさいな」
「同感……」
ヨールキとパールキは帽子を脱いで頭を下げた。
「頼む! 俺たちと組んでくれ!」
「組むったって……優勝は1チームだけなんでしょ?」
「その通り。 だけど、少しでも勝率を上げたいとは思わないか? 俺たちが戦うのは最後の2組になってからでも遅くはないはずだ」
ポージングの時とは打って変わって、真剣な調子で話す双子兄弟。
「一理あるな。大熊はどうする?」
「うーん……まあ、勝ちたいからね〜。組んでみようか」
「よしよし。決まりだな!」
一人ずつ握手をしていく間、沢渡は槍を手放さなかった。
しかし双子は終始へらへらと笑い続け、これといった怪しい動きも見せなかったので、沢渡は一時的にその警戒を解く事にした。
それから森での狩りが始まった。
沢渡と大熊は安全な木の上を移りながら観察し、攻撃は双子に任せる事で順調にライバルの数を減らしていった。
「よし。撃破だ」
「うーん、なんか私たちは安全だけど今のところ賞金稼げてないよね……」
「なに、最後まで生き残ればいいんだ。変に欲を出さずに待とう」
マップにうつる黄色の点は20人を下回っていた。
例の黒い壁もかなり狭まり、森と平原エリアを半分ずつ残しているだけになっている。
「ああ……! 心臓ばくばくしてきた」
「もう少しだな。……む、平原側からこちらに歩いているチームが見えるか?」
「どれどれ……あっ! ハンスとまるっこだ!」
ハンスのかぶるフルフェイス兜は黄金色にグレードアップしており、これ以上ない程に目立っていた。




