24話 雑なブリーフィング
記憶が少しおぼつかないけれど、私は今、勇者のイーリスさん宅にお邪魔をしている。
わるいお酒にやられた私を沢渡が運んでくれたのだ。
「ふぅ……おいしい」
イーリスさんの特製お味噌汁は、色々あって少し余剰のできた私のお腹によく沁みた。
「裏の畑で採れたニンニクやショウガをふんだんに使ったお味噌汁で、デトックス効果が抜群なんですよ」
どうも牢屋で出会った時よりもずっと顔色が良い。もしかしたら、あの偉そうな男がいないからなのかもしれないけど、助けてもらってすぐにそういうことを聞くのもちょっと変だ。
ここは沢渡に任せてみようかな。
「イーリス。相方を助けてくれてありがとう」
相方だって! 沢渡の口からそういう言葉が出ると、こうむず痒いというか、びりびりくるよね。もっと言わないかな。
「ところで、イーリスの相方は? 今日は一緒じゃないのか?」
ああー。 そうじゃないよ。
そうだけどそうじゃないよ沢渡。
ほら、せっかく穏やか美人だったのに辛そうな顔に……。
「は、はい。アザレア様は別のところにいます」
「俺たちは元の世界に戻るためにブラックロータスが必要なんだ。アザレアの居場所を教えて欲しい」
「それは……」
なごやかな空気が一変して修羅場っぽくなってしまった。
そういうとこあるんだよなぁ〜沢渡。ざ・単刀直入マン。でも私も乗っかるんだけどね。
「私からもお願いします! おうちに帰りたいだけなんです!」
「……わかりました」
イーリスさんは白い宝石を取り出して何か小さく囁いたあと、それを机の上に置いた。
宝石は少しの間を置いて輝き始める。
「それがホワイトロータス?」
「はい。ブラックロータスと対をなす宝石で、勇者の半身でもあります」
「半身? 体の一部ってこと?」
「ええ。そんな感じの認識で合っています」
宝石のはじっこを手のひらで優しくこすってみる。
ホワイトロータスは人の体温みたいに暖かくて、こするたびに不規則に光るので本当に生きているみたいだ。
「あ、あの、あんまり触らないでやってください。はぁはぁ。ふふふ」
「あわわ。ごめんなさい」
夢中になって触っていたら止められてしまった。
耳まで赤くして、口角が釣りあがっているイーリスさんは恥ずかしがっているというより、なんだか鞭を持たせたら似合いそうな……。
「ところで、アザレア様……魔王の正体に気付いたのはどのタイミングかお聞かせ願えますか?」
「牢屋でブラックロータスを見た。ゴブリンの指揮をとっているのを見た。この辺だな。ただ、魔王という存在を知ったのが後になるから気付いたという意味では前後するが」
私は最初みたときから悪いやつだと思ってたけどね!
「慧眼ですね。ゴブリンの軍勢もたった二人で壊滅させてしまうし……」
「死にかけたがな」
「……あなた方にしかお願いできない事があります」
「ブラックロータスと引き換えに、か」
「話が早くて助かります。その調子で、これからする私の話を聞いてください」
なんだか大人な雰囲気がただよいはじめた。
沢渡は頭も筋肉と見せかけて、二段飛びくらいで話を進める時があるから油断ならない。
「まず勇者選抜は、どのようにして行われると思いますか?」
「勇者は移り変わっていくが、皆共通してホワイトロータスを持っている。つまり、宝石が勇者を選ぶ……か?」
「半分正解です。この世界の神……と名乗る者が現れて宝石を授けます」
ちょっと含みがあった。神と名乗る者、ということは正確には神様じゃない。あるいはイーリスさんにとって、そいつを神様と認めていないってかんじかな。
「魔王も同じように?」
「その通りです。魔王も勇者と同じようにして選抜されます。そして、この宝石は世界に一組しか存在しません。魔王は無敵ですが……人類が魔王を殺す為の唯一の手段がこのホワイトロータスです」
ということは、イーリスさんはアザレアの隙を突く為に従順なふりをしているかな?
「なるほど。それなら目的は同じになりそうだな」
「理解がはやくて助かります」
「死んだフリ作戦でいこう」
「はい……?」
また唐突に話を進めはじめた……。
イーリスさんまで置いていったら会話する相手いないよ沢渡。
「ああ、すまん。タイミングが来たら死んだフリをして、魔王が隙を見せたタイミングで後ろからホワイトロータスで叩いてくれ。タイミングは俺たちが何とか作り出す」
「なるほど。実戦的ですね」
死んだフリが成功した話って、わたし聞いた事ないんだけど……。大丈夫かなあ。
「明日にでもアザレア様の家に向かいましょう」
それからは自由時間という事で解散になった。
自由と言われても、この家には娯楽なんてないし、ベッドで休むか大量に作ってある味噌汁を飲むかくらいしかやる事がない。
外は暗くて危険だしどうしたものかと考えていると、目の前を緑色の小人が通り過ぎた。
「やいゴブリン!」
「ギギギ。僕 悪いゴブリン ジャナイヨ」
「良いゴブリンなんているの?」
「マオ……ユーシャニ シツケラレタ カラ」
「魔王って言った?」
「イッテナイ」
「ゆった!」
やっぱりあやしい。戦争とはいえ、ゴブリンがたくさん人を殺した事実は変わらないのだ。
「くままんじがため!」
「ギャーイタイイタイ! ギブ!」
「まあ。仲良しですね、ゴブりんともっと仲良くしてやってください」
私の自由時間は悪役ゴブリンをこらしめる正義のプロレスに費やされた。
そして翌日の天候は雨よりの曇りになった。
イーリスさん宅を出ると、この広場は森と農道に挟まれた場所だという事が判明した。
昨夜は暗くてほとんど分からなかったけど、四方が背の高い草むらや木々に囲まれた隠れ家的なお家になっている。
そういうのってなんだか興奮する。
リンバスでもお金を貯めたら沢渡と家を買ったりできるといいなぁと思った。
「この森を突っ切るとすぐにアザレア様の城に到着します」
「結構近いのか?」
「森を知っていればあっという間です」
「そうじゃなかったら?」
「森の養分になります」
イーリスさんは穏和そうな顔をしたまま、まれに結構きつい事を言う。裏がありそうなかんじがすごい。
でも裏がある女ってかっこいいと思う。
森の木々はぐねぐねとおかしな生え方をしていて、方向感覚がおかしくなってくる。そこ、さっき通らなかったっけ? みたいな場所をイーリスさんに先導されて歩いていく。
同じ景色ばかりを歩いている途中、ひどく目立つ木の実を発見した。
「あれなに?」
「まあ、鮮血の果実ですね。とってもジューシーで、人の血のように真っ赤な果汁がとってもジューシーな果実なんですよ!」
「は、はぁ」
「これで魔王の気が引けるかもしれません。ひとつ持っていきましょう」
イーリスさんの目がキラキラと輝いている。とんでもなくジューシーらしい。ぜったい後で自分で食べるやつだ。
それにしても、本当に前に進めているんだろうか。
イーリスさんは涼しげな顔でお喋りしながら歩いていくので、よほどのポーカーフェイスじゃない限り大丈夫だと思うけど……。
「あら。またトレントですね」
「イーリスさん……?」
またとは。
「いえいえ迷ってないですよ。トレントが道を塞いでるんです。おーい」
「グオォ……。イーリス様、我々は嫌な予感がするのです」
「大丈夫です。私たちを信じてください。多くは話しませんが……」
目の前の風景が脈動する。
巨大すぎるあまり、風景としか認識ができていなかった。
要するにでっかい木である。
「もしかして魔物?」
「いかにも。人間よ、イーリス様は優しいお方だ。どんなことがあっても信じてやってほしい」
「もう。お喋りが過ぎますよ、トレント」
巨木達がめきめきと音を立てて道を開けていく。
もし上空からこの光景を見ることができたのなら、森が真っ二つに割れていく様子が見れたかもしれない。
そして前方から差し込んできた明かりは、森の終わりと天候が晴れに変わってきていた事を教えてくれた。




