23話 虹のあぜ道
夕方の城塞都市は人通りが極端に減っていく。
それは街灯が未発達であったり、外気温が低くなったり、そもそも人という生き物は夜行性ではなかったりと様々な要因がある。
しかし何よりも、治安が悪くなるというのが一番の原因であった。
「何だか背筋がぞくぞくするな。冷え込んできたのか、あるいは……」
「……れろ」
沢渡は何かが首筋を這い上がってくるような悪寒に驚き、背後を振り返る。
「くっ……」
だが誰もいない。
仮に野盗がいたところで、沢渡一人であればいくらでも対処ができる。
しかし、もし酩酊した大熊を背負っている状態で背後から奇襲されれば、ただ事では済まないことは明白である。
「……この先は危険かもしれないな。大熊、起きてるか?」
「……すぴー」
「酔いつぶれて寝たか。何事も起きなければいいが……」
出来るだけ早足で城門へと向かう沢渡。
夕暮れになってからは、加速度的に暗くなっていく。それはどの世界でも共通の現象である事を沢渡は再確認した。
「れろれろ」
「……いい加減にしないと下ろすぞ」
「す、すぴー」
「水でもかけてやろうか……」
二人が門にたどり着く頃には、もうすっかり暗闇が街へと溶け込んでいた。
街の門は木板を何枚も重ねて鉄鋲が打ち込んであり、見るからに堅牢そうなつくりになっている。
物々しい門の横に、人ひとりが出入りするための小さな扉があり、すぐ近くに見張りの兵士が立っていた。
「むむ。 なんだお前は。こんな時間に出歩くとは怪しいやつ……おや?」
「すまん。勇者を探しているのだが」
「ああ! あなた方はゴブリンスレイヤーのマッチョマンと魔法使い!」
「まっちょめーん。うぇーい」
歩哨は沢渡たちを見るなり態度を改めて敬礼をした。
「勇者イーリス様なら、つい今しがた外へ出ていかれたところですな」
「一足違いか。いつもはどれくらいに戻ってくるんだ?」
「結構まちまちですなぁ。丸一日帰ってこないこともざらです。頼もしい限りで」
″出入管理台帳″と表題に書かれた分厚い本を開いて、歩哨はそう答えた。
壁の外には魔物が多く住み着いていて、一般人が出歩くのは危険。そして、勇者イーリスはたびたび壁の外へ出て魔物の駆除を行っている。というのが今までに得てきた情報である。
「むう。まだ近くにいるかもしれないが、今は夜だからあまり危険な行動を取りたくないな」
「いける。さわたり。私いけるよ、ぜんぜん戦える。ごーごー」
夜の明かりのない場所がどれだけ危険かというのは、山暮らしの経験が豊富な二人はよく分かっていた。
それにこの世界では獰猛な野生生物だけでなく、未知の魔物が出るという。現にゴブリンの恐ろしさを体験しているのだ。
「しかしこの体勢のままじゃまともに戦えないぞ」
「ここから……さわたりの上から魔法撃つからある意味さいきょーだよ。はやく勇者みつけて、魔王みつけて、宝石ぶんどってかえろうよ。花火みるって約束したでしょ?」
「まあ……大熊がそう言うなら」
沢渡は最終的に、結局大熊を甘やかしてしまう自分をそこまで悪いものだと思わなくなっていた。
門番から松明を受け取り、外壁の外に出るとわずかな農地が残っているのが見えた。どの農地も雑草が生え放題で荒れ果てている。
「魔物の気配は今の所ないな……ん?」
「どしたー?」
「今、奥の方に明かりが見えたような気がしてな」
「いってみよー」
荒れた農地の雑草は険しく伸び、密度もさることながら背も高く、沢渡たちの視界をほとんど遮っていた。
農地に挟まれた道はうねるように続き、一方通行であるのに関わらず沢渡たちの方向や距離感覚を麻痺させていく。
「う……なんか、出そう……」
「奇襲にうってつけの場所だからな。もうおふざけは無しで頼むぞ」
前方も後方も視界不良。そして両脇には鬱蒼と茂る森のような草むらが広がっている。さらに沢渡は大熊をおぶっているため両手が塞がり、大熊は松明片手に酩酊状態というこれ以上ないほど無防備な状況である。
「だ、だめ……もう、出る」
「なに? ちょっと待て。出るって何が」
大熊は突然黙りこくると、不規則に身体を揺らし始めた。揺らめく松明が作り出した影が狂ったように踊り、沢渡の不安感を猛烈に煽る。
「……へふっ……エフッ……コポォ」
そして背後から聞こえ始める凶兆。紛れもなく、これから不吉なことが起きようとしているのが嫌でも分かってしまう。
それからの沢渡は速かった。
「ここじゃまずい! もっと広い場所へ……っ!」
「オウフッ……んごっ……おえ」
出来るだけ背中の危険物を起爆させないよう、すり足で身体を揺らさずに走る。
細かな石を蹴り飛ばし、水平に体重を移動させる。もはや奇襲などに警戒するような余力はない。背負った爆弾に全ての集中力を注ぎ込み、ひたすら走る。
そしてようやく辿り着いた、一本道の迷宮の果て。
農地が終わり、ちょっとした広場がひろがっていた。
広場には比較的綺麗な家と、よく手入れがされた小さな畑がある。
畑の横にはおあつらえ向きの溝があった。
沢渡は瞬時にその溝が何なのかを判断して大熊を抱えてセットする。
「ゴー。大熊」
「おろろろろろろろ」
大熊は虹色の養分をその溝にぶちまけた。
なみなみと注がれる虹から沢渡は距離を取り、周囲を見渡す。
「どうも人の気配があるな。家も畑もしっかり手入れがされている」
「うぅ……そうなんだぁ……」
よたよたと歩いて沢渡につかまる大熊は、口から少しだけ虹をこぼしている。
「とりあえず落ち着ける場所が必要だな……」
二人は民家の戸口に回り込んで、その扉を三回たたいた。
少しすると、ばたばたと軽い足音がした後に扉が開かれた。
「ギギ。ニンゲン? ナンデ?」
緑色の体色に長い耳、ギラついた目の醜悪な顔つき。ゴブリンだった。
「うわー! マナ撃――もごご」
「ちょっと待て大熊。以前のゴブリンと様子が違うぞ」
とっさに魔法行使を阻止した沢渡の手にささやかな虹が付着してしまう。
「ギギー! 僕 悪いゴブリン ジャナイ ヨ」
「ここに一人で住んでいるのか?」
「ソレハ……」
小さなゴブリンが言いよどんでいると、半開きだった扉が大きく開かれ、美しい女性が姿を現した。
「ゴブりん? どちら様だったんですか?」
穏やかな声色でそう言った後、勇者イーリスは沢渡たちを見つけて、目を大きく見開き驚いた。
「あ、ああ……っ」
「すまん。とりあえずこの……相方を介抱したい」
「……分かりました。どうぞ奥へ」
第二波の予感にふるえる大熊を抱き上げた沢渡は、イーリス宅へと招き入れられた。




