第30話 墓守の記帳
それから、一年が過ぎた。
秋晴れの澄み渡る青空の下、ノイラート郷の境界石の前には、新しい石碑が建てられていた。
『——これより先、自由郷ノイラート。誠実に生きるすべての者に、門を開く』
かつての「死病の禁足地」は、今や大陸北部で最も活気のある交易都市へと成長を遂げていた。
白石宿からの定期乗合馬車が運行を始め、安全なオアシスを求める商人や職人たちが、絶え間なく跳ね橋を行き交っている。
旧領主館の最上階。
心地よい秋風がレースのカーテンを揺らす執務室で、レティシアは新しい台帳を開いていた。
カリ、カリ、カリ……。
静かな部屋に、鉄ペンがインクを走らせる心地よいリズムだけが響いている。
「……レティシア」
ノックもなしに入ってきた足音。
見上げると、黒革の正装を纏ったキリアンが、湯気の立つ陶器のカップを二つ持って立っていた。
その左手薬指には、谷の鍛冶場で打たれた、飾り気のないシンプルな真鍮の指輪が光っていた。レティシアの左手にあるものと、全く同じものだ。
「そろそろ休憩にしろ。朝からずっと台帳に向き合っているだろう」
「あと三行で今月の決算が終わります」
レティシアは顔を上げずに答えたが、キリアンは苦笑して彼女の手から器用にペンを取り上げ、代わりに温かい湯気の立つカップを握らせた。
甘い蜂蜜とシナモンの香りが広がる。
「お前は本当に、油断すると飯も茶も忘れる」
「必要な作業ですから」
レティシアが唇を尖らせると、キリアンは彼女の椅子の背後に回り込み、その細い肩を愛おしそうに大きな手で揉みほぐした。
「分かっている。だが、お前が倒れたら、この谷のすべての計算が狂うと教えてくれたのは、お前自身だぞ」
「……私の言葉を、私に返さないでください」
レティシアは小さくため息をつき、カップに口をつけた。
温かい甘みが、疲れた体にじんわりと染み渡っていく。
窓の外に目をやると、広場ではトマ少年が元気に犬を追いかけ、マリアが新しく仕立てた色鮮やかな布を天日干しにし、ゴードン親方が若い見習いたちに石の割り方を教えていた。
誰もが笑い、誰もが働き、誰もが自分の足で立っている。
かつて「死者の村の墓守」として追放された女が作ったのは、墓標ではなかった。
誰も奪うことのできない、確固たる生者たちの楽園だった。
「キリアン」
「ん?」
レティシアは振り返り、夫となった男の銀灰色の瞳を見上げた。
「帳尻は、完璧に合いましたね」
キリアンは一瞬目を見張り、それから、かつてないほど優しく、深く目を細めて笑った。
「ああ。これ以上の計算は、世界のどこを探してもない」
男の熱い唇が、彼女の額にそっと落とされた。
秋の柔らかな光が執務室を満たし、開かれた台帳の最後の行には、乾いた黒インクで、力強くこう記されていた。
『——本年度決算、完全なる黒字。すべての生者、前進中』
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