ルーニーの呪術(お試し)
稲作でハイになっていた私を正気に戻したのは一杯の博多系ラーメンでした。
というわけで今日は更新。
ブランド米を創る使命感に駆られない限りはしばらく投稿できるでしょう。
呪術室として案内されたのは、頑強な石の壁と鉄の両開き扉に包まれた空間だった。
扉の真ん中には何やら禍々しい気配の円錐状の棒が挿してある。ルーニー曰くそれは強力な呪いの楔であるようで、迂闊に扉に触るとヤバいことになるらしい。
「どんなことが起こるのかしら?」
「全身が痒くなる。だいたい水虫の百倍くらい」
ヤバいやつやん。
「……なあ、そんなに厳重なセキュリティ敷いてる先に、出会ったばかりの俺たちを通してしまって本当に良いのか?」
「構わない。これはあくまでも私の与り知らないところで呪術室に人が入るのを防ぐためのもの。本当にヤバいのは中にある道具や素材のほうだから……ヌ#ァモ€シpらフィ」
ルーニーが何かを呟きながら楔に触れると、それはいとも簡単にぽろりと抜け出てしまった。
「分かってると思うけれど、動かない、触らない。絶対守れよ」
「もちろん」
「分かったわ」
ギィ、と鉄扉を開けて、ルーニーに続いて部屋の中へ。
俺たち二人が入った後で、ルーニーはゆっくりと鉄扉を閉めた。
整理されているのかいないのか、壁際に所狭しと呪術道具が並べられている。部屋の中央の床には、謎の六芒星が刻まれていて、青白い光を発している。六芒星の頂点には小さな灯台が備え付けられており、ゆらゆらと火が灯っている。
壁際の呪術道具を見ていると、なんだか見たことがあるような物もあった。
「ん? あれは、星座早見か?」
「おお、これを知っているのか。都の絡繰り師に作ってもらったんだ。呪術、特に占いの分野においては、星を使うことも多いからな。数年後の星座や凶星の位置までもが正確に分かるんだ」
「おおっ、ガーネットが沢山。ダイヤモンドも! でも全部原石なんだな。研磨剤にでもしているのか?」
「よく分かったな。研磨剤になったものを買っても良いんだが、呪具製作は一般の認識以上に細かい作業になるから、ベストな粗さを求めるなら自作した方が良いと思った。少しずつ磨いて形を整えた、呪術師ルーニー自慢の退魔の天然石ネックレス。カフェにカタログが置いてあるから、欲しかったら買っていけ」
ふむふむ、匠こだわりの逸品というわけですな?
まあ、ダイヤモンドは加工費がアホみたいに高いのであって、原石であればずっと安く済むからな。……にしてもなかなかの量だな。安く済むったってアレ百万円分くらいあるぞ?
星座早見も、小さな円盤のやつではなく、どでかい台の上に土星のような輪っかに嵌った球体が据えられたプロ仕様のやつだ。球体に付けられた四つのメーターをキリキリと動かして時刻を合わせるらしく、球体の中を覗き込んで使うようだ。
これを作ってもらったなんて。マジでいくらしたんだよ。
なあ、ルーニーさんや。君、もしかして結構稼いでいるのかい?
なんてことはもちろん聞けないので、黙って呪術の準備をするルーニーを見つめる。
ルーニーは先程謎の文字を書いていたお札のような短冊を床に置き、それを敷くように大皿を置いた。深めで無地のその大皿に水を張ると、その上にそっと小さな緑色の棒状の石を落とす。すると、細長い石の棒はぷかぷかと水面に浮かんだ。石が軽いのか、水を重くしているのか。
「にしても、若い子なのに一人前の知識があるなんて凄いな」
「あなたも若いくせにすごい詳しいじゃない。何で原石から宝石名を当てられるのよ」
「ああ……」
俺はそっとラプンツェルの耳を借りた。
「ダイヤモンドはともかく、ガーネット原石は割と特徴的だからな。予想はついた。……と言っても専門家じゃないし、確証は無かったけど。そこはディクショナリーで、な」
「……ほんと規格外な人」
大皿を六芒星の真ん中に置き、床に座り込んでから俺たちを手招きする。それに従って、俺たちも部屋の真ん中で、ルーニーと皿を挟んで向かいあって座る。
「これからどんな呪術をするんだ?」
「呪術の基本中の基本、未来予測の祈念。有り体に言えばウラナイだな。探し物を占いたいんだろ?」
あっ、何を探しているのかは正式に依頼するまで言わなくても良いぞ、とルーニーはあまりこちらを詮索しない態度をとる。細やかな気遣い、こりゃ確かに評判にもなるな。
「せっかくだから、依頼してくれる前にお試し版をしてみせようかとな。まあ探し物を占うものでは無いんだが」
「ありがとう。で、結局このぷかぷか浮いた石は何を教えてくれるのかしら?」
「お前たちの相性だ。二人の恋路を占ってやるよ」
「「……え?」」
「え?」
「「え?」」
「え?」
「「えぇ?」」
「ええっ?」
ルーニーの言葉が予想外すぎて、思わずラプンツェルと揃ってマヌケな声を出してしまう。
ルーニーもルーニーで、予想のリアクションと違いすぎたのか手をピタリと止めてこちらを見てきた。
「ちょ、待て。それは勘違いだ」
「お似合いに見えたが、違うのか?」
「……勘違い、だよな?」
一つ屋根の下で暮らしたどころかエッチもした手前、ちょっと否定しづらいところはあるが。
ラプンツェルに確認すると、彼女も戸惑いながらうなずいた。うん、そうなんだよ。恋仲と言われると非常に違和感があるのだ。
うむうむ。分かるぞ。たしかに一緒に行動している男女を見たらそう勘違いしてしまうよな。
「ふむ、じゃあ別の占いをするか? 少し時間はもらうが」
「いえ、好意で見せてもらってるんだから文句なんて無いわ。恋人って建前で占ってみてくれる?」
「そうか。といっても呪術自体は見習いレベルのそれだからな、気を楽にして、私の指示に従っていれば良い」
そういうとルーニーは六芒星の頂点にある灯台の五本を消すと、一台を持ってきて自分の前に置いた。一気に部屋が暗くなり、足元の六芒星の光が相対的に眩しくなる。
オレンジ色の小さな火に照らされて、皿の向こうでルーニーの黒で粧われた顔がぼんやりと見えた。
「じゃあ、恋人という設定でいくぞ。二人とも、水の中にゆっくりと人差し指を入れてくれ。ただし、それぞれ緑の石を挟んで相手と反対側に。皿に触れないように、そしてなるべく指と石の距離が二人とも同じくらいになるように」
ラプンツェルが水に差し込むように指を入れると、俺もそれに続いた。触ってみると人肌にぬくい水だ。
ルーニーからそのまま指を動かさないようにと言われたので、なるべく静止する。
「次に、隣にいる相手のことを思い浮かべて欲しい。楽しかったことを思い出しても良いし、好きなところをひたすら考えても良い」
ラプンツェルとの思い出、ねえ。
出会いは色々と衝撃的だったな。嵐の中突然やって来たと思ったら、その晩には襲われていたぜ。
ラプンツェルのお尻、すべすべだったなあ。抵抗してこないのでありがたく貪らせてもらったが、後から聞くところによるとチャーリーの毒針で麻痺していたらしい。
正直、アイツにそんな能力があるとは信じられないのだが。つか、毒針ってなんだよ。チャーリーに毒針どころか棘が生えているところさえ俺は見たことが無いんたが。
ラプンツェルはチャーリーに思うところはあるがもうそんなに気にしていないらしいので、今日までチャーリーの世話は続けているが。チャーリーはもはや俺の大切な家族だからな、嬉しい限りだ。
他にもある。俺の今着ている服を作ってくれたのもラプンツェルだし、しょう油も作ってくれたな。最近は料理も任せているが、たまにトンコツラーメンもねだられる。ラーメンを食べている時のラプンツェルの笑顔はとても綺麗なのだ。……あの唇、めちゃくちゃ柔らかいんだよなあ。
でも今度はせっかくだし、しょう油ラーメンも食べさせてあげたいな。後で行く予定の市場で食材も探したいし。
何気に砂糖がまだ手に入ってない。ラーメンを作るならニンニクとかも使いたいし。
とまあ、そんなことをボーッと考えていると。
ちゃぷん。と。
大皿の真ん中あたりをぷかぷか浮いていた緑の石は、唐突に水の中を沈んでゆき、コツンと深皿の底にぶつかった。
「……相性抜群じゃねえか」
「ぇう!? そ、そうなの?」
「ソーナノ!?」
吐き出すようにルーニーが占い結果を告げた。
動揺するラプンツェル、「ほがらか」的な顔になる俺。
「石が沈むのが早いほど、そして沈んだ場所が皿の真ん中に近いほど、相性が……やっぱりお前ら付き合ってるだろ!」
「い、いや、違うんだ。少なくともそういう甘々な関係では無いんだ」
「ホントかぁ? 実は抱きたい願望でもあるんじゃないか?」
「いや俺、セックスと恋愛は安易に結び付けない主義なんで……」
「愛の無いエッチ……つまりヤリ捨て?」
「ちげーよ!」
「…………」
おい、ラプンツェルも何か言ってくれや。ねえ、何で黙ってるの? 何で顔背けるの?
「ははは、すまんな。でも私だって乙女な年頃なんだ、大人な話も聞かせて欲しいところだね」
「それを紳士から聞き出すのはやめて欲しいんだが!?」
結局ルーニーに揶揄われた俺は、ルーニーに占いの予約を入れると逃げるように店を去ったのである。




