こぼれ話 恋占いのヒミツ
呪術をちょっと掘り下げたお話。
本編にはあまり関係無いのでこぼれ話という扱いにしています。
ルーニーは十八にして、呪術を生業とする才女である。
短い間ではあったが、十二と十三の歳の二年間を高名な呪術師マンデリン元男爵に師事して過ごした。男爵の病死とともに独立し、さる高貴な令嬢にかけられた呪いを解くことで一流として名を知らしめた。
その後高難易度ダンジョンの踏破者としての実績も作り、現在はグリンダの街に屋敷を構え人々の悩みを解決している。得意分野は解呪と、そして天然石を用いた多彩な呪術だ。
ダンジョンから持ち帰った財宝で成した財産は、生きてゆくだけならもはや働く必要も無いほどであるのだが。しかし今後呪術の研究を続けてゆくには、残念ながらまるで足らないだろう。
「ラプンツェルと言ったか。綺麗な歌声だった」
「あら、あの人を知っているの、ルーニー?」
ドリアたちがやって来た日の、客が掃けた昼下がり。ルーニーとコリオリカはカフェスペースで共に休憩を取っていた。
「昨日広場で歌っているのを見たんだ。歌詞はほとんど無かったが、異国の言葉が二言ほど聞き取れたかな」
「……? たった二言だけの歌なの?」
「おそらくは。広い広い、海の唄だ。世界はすごいな、言葉が無くても潮の香りを伝えてしまう人がいるなんて」
「エルトアールの演劇祭に出るのかしら」
「さあ、どうだろう」
ルーニーに分かるのは、あの二人が何かを探して旅をしているということだけだ。
それ以外は聞いてないし、聞くつもりもない。
「ドリアさん、男の人のほうも、ルーニーはずいぶん気に入ったようじゃない。実際に呪術をやってみせたんでしょう? 何をしたの?」
「なに、ちょっとした恋占いをな。……あの二人は恋仲では無かったようだけど」
「もしかして、あの緑色の石を使ったやつ?」
「それ、それ」
くぴっ、と西方から取り寄せた紅茶を飲むルーニー。彼女はケチれるところはケチる倹約家だが、一方でこうした娯楽と呪術に関することでは金を出し惜しみしない浪費家でもあった。
若くして金回りの良いがゆえの余裕が、ルーニーの紅茶を嗜む佇まいから滲み出ている。
「にしても、男女の相性を教えてくれるなんて、特別な力が宿った石なのね」
「ああ……実はあの緑色の石、ただの綺麗な石なんだよ」
「ええっ!?」
ウソでしょ、とコリオリカが目ん玉を剥いた。
「なんかすごそうな石に見えるから使っているだけで、あの占い、実は石なら何でも良い……というか石である必要もないんだ。水に溶けない固形物で、あまり重すぎず軽すぎないものなら何でも」
「……うーん。私、良き友人として企業秘密の呪術のことはあまり聞かないようにしてるつもりだけど。今回ばかりは教えてくれないかなー。見習いさんがやる簡単な呪術なんでしょ?」
「まあ、良いけど。もしかしたらガッカリするかもしれないぜ。あの占い、実は九割はイイカゲンな子供騙しなんだ」
へ? と口をアホっぽく開けるコリオリカ。
「深皿も石も、普通の深皿と石。普通じゃないのは、水だよ。あの水にはちょっと変わった物質を混ぜてあるんだ」
「水? 変わった物質?」
「例えば砂糖は、冷たい水より温かいお湯のほうがよく溶けるだろ? あの水に混ぜてあるのはそれとは逆、つまり水温が上がると溶けにくくなる――専門的に言えば溶解度が下がる物質を溶かしている」
「ゴメン、全然分かんない。砂糖って温度で溶ける量が変わるの?」
「……コリオリカ、お前一応料理人だよな」
砂糖は貴重で扱う機会が少ないの! とコリオリカは言い訳する。実際、水に溶け切らないほどの砂糖を料理で使うことはそんなに無い。
「まあ要するに、あの水はあったまると軽くなるんだよ。だから石が浮かぶほど重かった水が、析出によって石より軽くなった瞬間、石はちゃぷんと水に沈んでゆくんだ」
「へえー」
水より軽いものは浮き、水より重いものは沈む。逆に言えば、水そのものの重さを変えれば普段は沈むものでも浮かすことができる。
「カップルがお互いのことを考えると、身体が火照る。その熱が指から水に伝わって、水が軽くなり、石が沈む。石が早く沈めば、それだけカップルがより早く熱くドキドキしているということだから、相性が良い」
「ふむふむ」
「さらに言えば、水は熱いほうから冷たい方へ流れてゆく。石が真ん中から流されたということは、例えば『男は首っ丈だけど女はそうでもない』みたいに、カップルのドキドキの間に温度差があるということだ。逆に石が真ん中から動かなければ、温度差は少ない。つまりお互いを想い合う気持ちは同じぐらい強いということだから、相性が良い」
「おおー! 実は結構カガク的な占いだったんだね」
「見かけは、な。科学者にしてみればツッコミドコロ満載だろうよ」
これは素人がやってもそんなに上手くはいかない。
いくら体温が上昇したからと言って、たった一本の指から伝わる熱など高が知れている。
その程度の熱で物体が析出するわけが無いし、石が動くほどの水流も発生しない。
部屋を暗くしてカップルをよりドキドキさせるなどの工夫はしているが、要素としては微々たるものだ。
「そこで、後一割、このお札。これが子ども騙しを立派な呪術にしてくれる」
ルーニーは役目を終えてボロボロになった一枚の短冊を取り出して見せた。深皿の下に敷いたあのお札である。
「そのお札はどんな役割があるの?」
「そうだな、言ってみればコレは、物事を大げさにする呪具だ」
オマジナイに過敏性を付与する、とでも言うべきか。
カップルのドキドキを感知する仕掛け。すなわち水温の変化、水流の変化、物質の析出量、水の質量の変化など。これら全てを少しずつ増幅するのだ。
すると相乗効果を発揮して、人体のわずかな体温上昇がカップルの相性出力装置を成立させている。
この、ルーニー曰く『物事を大げさにする呪具』は、呪術師にとって基本中の基本のアイテムだ。
呪術は魔法のように一から十を成すことはできない。一から取り出せるのはまた一なのだ。
だからこそ呪術師は、どのように一を出力すれば、結果的に十の成果を得られるかを考えるのだ。一流の呪術師は、そのメソッドを熟知している。
「とまあ、そんなわけで。仕掛けが分かってみれば、なぁんだ、って感じだったろ?」
「ううん、教えてくれてありがとう。すごかったよ!」
「おっ、それは嬉しいぜ」
その時、カタリとカフェの入り口が開いて、のんびりやの女性ノローマが入ってきた。
今日の午後は役場の職員が来る約束になっていた。今回の件の担当はノローマなので、彼女が派遣されて来たのだ。
「はー、お邪魔しますねー」
「いらっしゃいましー!」
「頼まれた呪符ならできている。明日納品に行く」
「はーい。いつもありがとうございますー。今日は品物の確認とー、次の依頼をお伝えするために来ましたー」
「奥へ」
ルーニーに導かれて、ノローマは呪術師の応接室へ続くドアを入ってゆく。
コリオリカは二人を見送った後、そっとカフェの入り口を閉めた。




