ラプンツェルのステータス
俺がひとまず畑のゴミを外へ出し、泥を掻き出したころには、すでに日が暮れかけていた。
まだまだ作業は残っているが、今日は中断だ。
「ふひー、良い汗かいたよ」
「お疲れ様」
家に帰ると、ラプンツェルは地下室にこもって亜麻から繊維を取り出していた。
基本的に麻というのは、真っ直ぐ高く伸びる植物だ。亜麻もその例に漏れず、よく育ったものは一メートルを超えピクシーの身長よりはるかに高かった。……いや、ピクシー基準だとほとんどの植物は背高なのだが。
森の少し開けた窪地に群生していたコイツらは、育ててみるとかなりデリケートな植物らしいことが分かった。テキトーに成長魔法をかけて放置、ではさすがに育たず、良い土と温かい陽射しを用意しないといけなかった。
それでも亜麻は数を確保しておきたかった植物なので、動物の骨を焼いて肥料にしたり、空気を温める加熱魔法とかを駆使してなんやかんやした。
農業シミュレーションなんてやっぱアテにはならないな。
そして亜麻を育てて一番大変だったのが、実は繊維を取り出す作業だった。また難しいんだ、コレが。
亜麻の繊維は茎の中にあるため、取り出すには茎の外側の皮を剥がさないといけない。
ネットサーファー時代の曖昧な知識によれば、棒で茎をとんとん叩くとツルツル剥ける……らしいのでやってみたが、全く剥けないし茎はボロボロになるし何度やっても成功しなかった。ちゃんと覚えておけよ、俺。
火で炙ってみたり、水に浸けたり、とにかく思いつくことはだいたいやった。結局、錬金術で茎の皮だけを溶かすという力業に落ち着いたのであるが。
それが彼女はどうだろう。地下の工作室を使ってなんとも手際良くとんとん皮を剥いていた。何かコツがあると言うのか? 力の加減か、叩く角度か?
「ファッション科って、糸の作り方も勉強するんだな」
「そういうわけじゃないけれど、素材に関する知識は深すぎて困ることは無いだろうし、わざわざ紡績場へ勉強しに行ったのよ」
なるほど、ゲーマーがついついメーカー本社に観光に行ってしまうようなものか? ……違うか。そんな聖地巡礼的な感覚ではあるまい。
しかし本職の子だったとは、実に巡り合わせが良い。他にも何か得意なことがあるのだろうか?
「そういえば、ステータスとか教えてくれないか?」
「うーん。やっぱりあなた、ちょっと常識が無いようだから教えておくけれとおくけれどね。あんまりステータスなんて人に聞くもんじゃないわよ」
「おっ、そうだったのか。これは失礼」
「まあ、一緒に旅をするというのなら把握はしておいて良いかもね。ちょっと紙とペン貸して」
俺はストレージから言われたものを渡すと、ラプンツェルはささっと魔法陣を描き始めた。そして描き終えた陣の中心に手を置くと、軽く魔力を込めて魔法を発動した。
ラプンツェルは、はいどーぞ、とその紙を俺に手渡した。
まさか、即席でステータスを表示する魔道具を作ったのか? 確かに入力をそのまま出力するだけの魔道具なら大した技術は必要無さそうだが……。
やっぱり魔法のある世界で生きてきた人は、魔法に対する理解力が違うな。
ラプンツェルの見せてくれたステータスは名前や熟練ポイントが表示されてなかった。ところどころ抜けがあるのは、俺に見せたくないか、単に即席の術式が不完全だっただけだろう。俺の知らない形態もあったし、ディクショナリーの解説とともにここに記しておく。
性別:女
種族:エインセル(L25)
形態:スピードエインセル
HP254
MP567
攻 482
守 118
魔 482
知 378
速 863
取得済みの形態
『マジックエインセル』『サウンドエインセル』『スピードエインセル』
『サウンドエインセル』
音(可聴周波数の圧力波)を扱うことに長ける形態。音楽を愛するピクシーは誰もが通る道。
音の強弱や高低、速度などを変えることができる。シンプルだが応用の幅は広く、とりあえず取得しておいて損はない。
歌唱力、演奏力がアップ。さらに耳が良くなる。
音を楽しむ魅力を知る陽気なエインセルの証だよ!
『スピードエインセル』
速に特化した戦闘形態。物理魔法ともに攻撃力があり、紙耐久度合いも一層増した。奇襲性能が高く、遠方からの攻撃やヒットアンドアウェイに長ける。
速度低下のデバフを無効化する。
速さを求めて風を馳せるエインセルの証だよ!
マジックエインセルは俺も取得しているので割愛。
彼女はサウンドエインセルとスピードエインセルを取得していた。公式設定でもピクシーは歌が好きらしいので、彼女もそうなのだろう。
今はスピードエインセルらしく、速がずば抜けて高い形態となっている。
俺のステータスも見せようかと提案したが、今忙しいから後で良いとそっけなく言われてしまった。たしかに、作業中にあれこれと話しかけたのは悪かったな。
俺はラプンツェルからぼんぼん鳥の死体を受けとると、心地よいリズムで亜麻を叩く彼女を地下に残して一階へ戻った。
さっそく夕飯の準備に取り掛かろう。
「おっ? 血抜きがされていないな」
ぼんぼん鳥は首を切断してしめられていたが、ちゃんとした血抜きはされていないように見える。単にファッションデザイナーであるラプンツェルには知識が無かったのかもしれないな。俺もそうだし。
「ハツよ動けー」
いつものように外でぼんぼん鳥の心臓に電撃を与えてドックドックと動かす。ドッシュドッシュと心拍に合わせて断続的に血が噴き出す様はなかなかにショッキングだ。
でも俺はマタギじゃないんで、血抜きの方法なんか知らんからな。我慢してこうするしかないのだ。
汚れた服を洗濯魔法で綺麗にしつつ、そのままキッチンで調理開始。
それでは、ここで一つ俺の二年間の成果を見せるとしよう。
まずはぼんぼん鳥を解体。すでにこいつの筋肉の構造は分かっているので、それに沿ってナイフを通すといっそ清々しいほどにスラスラと肉が離れてゆく。
今日使う分を残して、残りはストレージへ。
では、もも肉のハーブ炒めを作りましょう。
取り出したのは異世界の植物、ハッカジソ。シソの香りに、ほんのりとリンゴのような甘い香りが混じっているハーブだ。
ハッカというのは薄荷飴の薄荷ではなく、発火の字のほうである。乾燥すると自然発火するというなんとまあ危険な植物である。
見つけた時は見た目マジでただの草だったので、摘もうか迷ったが、シソ科の植物にはミントやローズマリー、チョロギ、セイボリーなど食用として優秀な草が多いので採取した。
そしたらこれが、まあ当たりだったと言うわけだ。
油と合わせて高温で加熱すると甘い香りは消えて、肉の甘みを邪魔しなくなる。加えてハーブティーとして生のままシソ茶にすれば、爽やかな味の中にあるリンゴに似た甘い香りがよりリフレッシュ効果を高めるという都合の良い奴なのである。
乾燥すると燃えてしまうのがなんともな。入れている間は時間が止まるストレージが無ければ、使うたびに摘みにいかなければならなかった。
味付けは塩。胡椒は無い。塩も魔法で生み出した純度100%の塩化ナトリウムで、舐めてみると全く味に深みが無い。ザ・塩である。
だが贅沢は言えないし、塩は塩だ。炒め物の味付けにはこれで十分である。
貴重な鉄で作ったフライパンに、フライングピッグなどの動物や魔物からとった油を敷く。亜麻から取れる油は反応性が高く、加熱料理には適していないので、食用油はまだまだ貴重だ。
肉を刻んだハッカジソと炒め、色が変わったら採取したきのこ類、入念に辛味抜きをしたタマニオン、カラスノエンドウをぶち込んでジュウジュウ炒めてゆく。
タマニオンが飴色に変われば、完成だ。
あとはテキトーにコロキャッサバのトマトスープ、麦とシトロンのなんちゃってプディングを作って、夕食の献立とする。
ご飯が出来上がったところで、ラプンツェルがふよふよと地下から上がって来た。
「ごめんなさいね、すっかり夢中になっちゃって……うわっ結構ガチめのおゆはん!?」
「お疲れ様。俺の二年間の集大成だよ。ささっ、座って座って」
「へえ……人類って、二年間頑張ればこれだけの食事が自給自足できるのね」
地球じゃ絶対無理だけどな。成長魔法があったからこそ為せた結果である。
「進歩はどうよ」
「うーん、とりあえず繊維は取り出せたから、明日から糸にしていくわ。亜麻ってあれで全部なの?」
「衣服用として出せるのは。残りは畑の再生に使いたいからな。足りなかったか?」
「いや、まあ、全身一着分くらいはギリ足りるけど。数着分用意するのであれば、旅立ちは半年よりもっと先になるわ」
「むむむ。成長魔法と亜麻先生たちに頑張ってもらうか」
二人で食卓について、自然の恵みをいただく。
うむ。炒め物とはいえシソを使っているお陰で、全然油っぽさを感じない。鳥の旨味をよく感じられるぜ。
「成長魔法ね。一年二年ならまだしも、使いすぎると土がダメになるから気をつけなさいよ。まあ、今回は至急亜麻を用意しないといけないから仕方ないけど」
「やはりそうなのか。まあ、自然にあれこれと人間が手を出しすぎるのは良くないよな」
「…………いや、その点に関してはそうでもないんじゃない? 自然と人は寄り添い合う関係にあるの。人は自然に合わせて住処や暮らしを変え、自然は人が住みやすいように姿を変える。だから、例えば食物が育ちやすいように品種改良をしたりすることは決して悪いことではないわ。自然はちゃんと人の思惑に合わせてくれるもの」
自然を愛するピクシーの、自然との付き合い方。その自然観を、ラプンツェルは正直に語ってくれた。
「何が問題になるかって、自然が変化する以上のスピードで人が変化してしまうのよ。人は自然のパワーに全くと言って良いほど及ばないけれど、フットワークだけは比べ物にならないほど優れているわ。その溝を無理に埋める必要はないけれど、自然のあるべき姿と、人のあるべき姿には乖離があるってことを忘れてはならないわ」
ふむ……それがラプンツェルの個人的な考えなのか、ピクシーが広く一般的に抱いている思想なのか、今は確かめようが無いけれども。
しかし、無謀な自然保護を掲げる輩よりは、自然への愛に満ちている考え方だと俺は思った。
少し真面目な空気にはなった夕食だったが、デザートに採れたての梨を食べたらそんな空気は無かったことのように霧散してしまった。
まあ人なんて気まぐれな生きもんだ、そんなもんだ。ウン。




