ドリアの事情
すごく遅れてしまいました。
昨日もお伝えしたように、明日と明後日の更新はお休みします。
結局、俺は理解しやすいような話をでっち上げてラプンツェルに伝えることにした。
と言っても、全部嘘っぱちというわけではない。半分以上は本当の話だ。
まず、俺がこの森から出たことがないという話は昨日した。ここは変えられない。
「実は、俺もこの森に転移で飛ばされて来てな」
色々考えたが、一番説明が長くなるのは地球のくだりなので、そこんところはどうにか誤魔化すことにした。
「この二年。ずっとこの森で生活してて。だから、この大陸のことは全く知らない」
「……『この森から出たことが無い』って生まれてからずっとここにいるって意味かと思ってたけど。違ったのね。貴方も転移災害の被害者だったの」
「まあ……そうだな」
俺自身は災害だとは全く認識していなかったワケであるが。
「この家はどうしたの? 二年で、しかも一人で用意できるような邸宅には見えないのだけれど……」
「この家は最初からここにあった。持ち主が居ないようだから、俺が引き継いだんだよ」
マップにも『ドリアの家』って書いてあるし。
「あなたは、故郷に帰りたいとは思わないの?」
「んー。いつかは帰るつもりだけど。別に今すぐとは思わないな。たぶん、ここが気に入ってるんだろうさ」
ただ、この言い方だと一つ説明できないことがある。
俺はペクセィ大陸のことを知らなかった。つまり、俺の出身がペクセィ大陸でないことは明らかなのである。
ペクセィ大陸は唯一ピクシー族が暮らしている場所だ。俺がここへ転移してくる前に何処に居たのか、そこが説明できないのだ。
そこのところはどう誤魔化そうかと話しながら思っていたが、ラプンツェルはそこには触れず話題を今後のことに移そうとした。
「……俺が何処から来たのかは聞かないのか」
「いや、さすがに『聞くなよ、絶対聞くなよ』って態度で話されてることに触れるほど無神経な女じゃないわよ」
「おっ、顔に出てたか?」
「顔というか、雰囲気に」
というわけで、俺の出身地については触れないことになった。
「それで、私としては協力してお互いの故郷を探せたらと思うのだけれど。貴方は自分の故郷を探すつもりは無いの?」
「俺の故郷は、後回しで良いよ。俺は困ってないし。俺より君のことだ」
もともと、ここを離れることは考えていた。せっかく作った畑なんかを潰すことにはなるが、今となっては荒地を畑にするくらい魔法でどうとでもなってしまうので惜しくは無い。
「君がこのまま故郷を探す旅に出るというのなら、同行させて欲しいな」
「私の旅に?」
「俺は最初から、いつかは旅に出ようと思っていた。それがちょっと早まるだけだから、どうせなら旅の仲間が居たほうが楽しそうだなと思って」
「まあ……それはそうだけど」
ラプンツェルは少し顔を赤らめると、こちらをチラチラ伺うように早口で喋り出した。
「あの、昨夜の件はね。どうかしてたって言うか、昔から思ったことをよく考えずに行動に移すって言うか。とにかく誰かと一緒に居たかっただけで、決して私はそういうことに積極的とかじゃなくて」
「……はい」
「だから、今後は身体を求められてもそんな簡単には応じられない……的な」
「ストップ。別に身体目当てで君について行くわけじゃないから」
俺は指を一本立てて、ラプンツェルに落ち着くように言った。
というより、俺は彼女に呆れた。
「よし、ハーブ茶を飲もう」
「……さっき朝食の時に飲んだけれど」
「良いから、良いから」
俺は新しくハーブ茶を淹れなおすと、手作りのカップ二つに二人分を注いだ。
ソファにどしっと腰を下ろし、ラプンツェルに茶を勧める。
「あのねえ、別に女の子だってしたかったら誘って良いと思うぞ」
というか、昨夜の件はそういう話でもないと俺は思っている。
「長旅で人肌恋しくなって、嵐に巻き込まれて不安が爆発したんでしょ? 命の危機を感じると滾っちゃうし、真面目な話、そういう時は笑い飛ばすか、一発ヤるのが一番の薬になったりするんだよ。精神安定剤なんて要らない。人類はずっとそう原始的な方法で生き残ってきたんだ」
ハーブ茶から立ちのぼる薫り豊かな湯気を目で追うと、心が空っぽになってゆく。喜びも、物憂げなことも、パッと心に現れては気泡のように弾けて、この爽やかな蒸気とともに心に心地よい空白を作ってゆくのだ。
心を空にするというのは、一種のリラックスなのだろう。
おっ、ちょっとポエミーなこと考えちゃったかな。
「あまり好きじゃないんだよね、性について厳粛であろうとするの。人間そこまで高等な生き物じゃないんだから、無理は禁物だよ。だからまあ、別に君がビッチだなんて思ってないから」
「……」
くぴっ、と俺はハーブ茶を一口飲んだ。
そして改めて視線をラプンツェルに向けた。彼女の美しい顔が目に入った……のだが。
何というか……彼女は奇妙な顔をしていた。
「…………」
「……えっ、何その変な生きものを見る目。まだ疑ってる?」
「いえ。とりあえず貴方が紳士であることは信じるわ」
何というか、不思議な顔だった。一見すると真顔に見えるんだが、感情が伝わってくる顔というか。感情はあるんだが、思考にリソースを奪われて、表情筋を動かすことに脳みそを使えていないかのような。
まあ、いいや。信頼してくれると言うのなら、男としては応えなきゃな。
「ま、気にするなよ。もともとニンフに進化したらここを出てゆくつもりだったんだ」
「……ニンフ?」
「あと4レベルだし、ゴブリンの巣があと一つくらい見つかればすぐに――」
「ストップ、ストップ!」
今度は俺がラプンツェルに指を一本立てられてしまった。何ぞや。
「ニンフまで後4レベルって、今レベル31ってこと?」
「そ、そ」
俺は何百ものゴブリンの犠牲により、いつの間にかレベル31まで上がっていた。
そういや、未使用の魔石も溜まっているし、これを売り捌いたらひと財産作れねえかな。無理か。ゴブリンの魔石だし。
ちなみに、今の俺のステータスがこんな感じである。
ドリア=ポーリュシカ(27)
性別:男
種族:エインセル(L31)
形態:マジックエインセル
状態:正常
HP318
MP691
攻 348
守 175
魔 657
知 589
速 676
熟練ポイント:160
取得済みの形態
『ケイブエインセル』『マジックエインセル』
『スターエインセル』『アイスエインセル』
『スターエインセル』
星々の力を借りる変わった形態。夜しかスターエインセルになることは出来ず、使える場面は限られる。
星のめぐりによって強さが変化する。状況次第ではステータスの数倍ものパワーを発揮するが、使いこなすのは難しい。
星のめぐりが分かるようになる。暗い夜空でも視界が確保できる。
星を愛するロマンチストなエインセルの証だよ!
『アイスエインセル』
特に氷の魔法を扱うことに長ける形態。
実は温度が重要で、別に水である必要はない。とにかく冷たいものに対しては無類の性能を発揮する。
零度を下回る物体に対して魔法をかけやすくなる。
氷の可能性を信じるクールなエインセルの証だよ!
スターエインセルは、いつものように星を見てたらゲットした。アイスエインセルは、たぶん洞窟でのゴブリン処理によく氷をぶつける魔法を使っているから取得したのだろう。
「えっ……年いくつ?」
「27」
「……戦闘狂?」
「何でだよ」
レベルが高すぎると言いたいのか?
俺、この世界に来てたった二年なんだから、むしろ平均より低いほうだと思っていたのだが。
「普通はエインセルに上がったら、みんなレベル上げを止めるのよ。それでもなおレベルを上げ続けるピクシーってのは、大抵は戦いを仕事にしたい人か、戦闘狂なの」
「むむむ」
そう言われてみれば、俺がゴブリンを狩りまくったのはレベル上げ、つまり強くなるためである。
つい、ゲームと同じような行動をとってしまっていたが……よく良く考えたらここは現実だ。魔王のような最終討伐目標が居ない以上、あえてレベルを上げ続ける必要はない。
それでもレベルを上げる奴というのは……まあ、側から見たらただの戦闘狂だよな……。
「外出で魔物に出くわして、自然とレベルが上がったりはするけれどね。でも歳が27でレベルが31ってのは、やっぱり意識してレベルを上げないと到達しないわよ」
「確かに、俺はレベル上げに夢中になっていたかもしれん。だが、決して戦闘狂ってわけじゃないぞ? こう、じわじわ強くなってゆくのを見るとニマニマしちゃうんだ」
「……その気持ちはちょっと分からないかなー。私もレベル25まで上げたけれど、それは必要に駆られてのことだし」
研究しようと思った植物が、レベル25未満だと取り扱いの許可の出なかった。ラプンツェルはそう語った。
……彼女は研究者なのか?
「とにかく、私の旅について来ると言うのであれば、私からもお願いするわ。心細かったのは確かだもの」
とはいえ、今すぐ出発というわけにはいかない。旅の間の食料を準備しなければならないし。
何よりラプンツェル自身を、少し休ませたほうが良いだろう。一ヶ月もの間、不安に苛まれながら森を彷徨っていたのだ。
身体はもちろん、心も疲れ切っているはずなのだ。だからこそ、昨夜の件に発展したわけだし。
まあ、羽を休めることも大切だってことさ。
そんなわけで、ちょっと変わった出会いをした俺たちだったが。
とりあえずしばらくの間、一緒に行動してみることにしたのである。




