トンコツラーメン
最近文字数が少ない話が続いたので、張り切って書きました。五千字をゆうに超えました。
このリボンちょうど良い執筆ができないんですかね……。
『知性が創造を生み、暴力が破壊を生む
だが時として、知性は破壊なき暴力を創造する。だが時として、暴力は創造無き知性を破壊するのである』
ひどい嵐の日だった。
この世界に来てから初めての大嵐で、昨日から俺はずっと家にこもっている。
外に出てもスコールかと見紛うほどの雨量と、強烈な風。特に風が厄介で、宙に浮かぶと全く身体が制御できないのだ。視界不良だし、この天候での飛行は命に関わる。
かといって、飛ばなきゃ大丈夫という話でもない。地面は雨でぽわーぐちょぐちょだし、そんな地面を這って進まなければいけない。
そんなわけで、畑が心配で見に行きたいところだが、完全に動きが封じられてしまった俺であった。
「畑は全滅だろうなあ。食料の備蓄も予備の苗木もあるから良いけど、また整地するところから始めるのか……」
考えていなかった現実ではないが、いざ直面すると自然の力には無力感しか覚えない。俺にチマチマと野菜を作るスローライフは向いていないのではないかとすら錯覚してしまう。無力のリンゴを食った覚えは無いんだがな。
ピシャーン!
「うわっ、カミナリ近い! おいおい、森林火災とかはやめてくれよ……」
まあ、火がついてもこんな雨の中じゃすぐ消えてしまうだろうが。
「しかしビクともしないな、この家」
この風の中でも、しっかりと地に根を下ろしている大樹は全く揺れる様子がない。
というか、この家。ひょんなことから気づいたのだが、燃えないのである。少なくとも、焚き火の炎程度では。
いや決して、つい焚き火から目を離して燃え移りそうになったとかではなく。ひょんなことから気づいたのだ。そういうことにしたのだ。いいね?
しかしおかしいな、この家は木造、というか木そのまんまのはずなんだけど。
多分、俺をこの世界に導いた神様的な奴がこの家を用意したのだと都合よく受け止めているが、実際のところは分からない。
そもそも、神様の仕業ならば、なぜその神は俺に接触してこないのだろう。
「ゲームに酷似した世界なんて、どう考えても人間には再現できないよなあ」
考えて分かるものでもないのだが、やはり頭にちらついてしまう疑問である。
こういう事はメシ食べて忘れるに限るな、と夕飯のことを考え出した、まさにその時であった。
コンコンコンコン。
「…………えっ?」
その状況的に不自然な音はあまりに自然すぎて、俺は一拍遅れて玄関を見た。
靴を脱ぐスペースが無いため、内開きになっている戸板。雨水一滴入って来ない安心設計のそれは、確かにたった今四つの打音を発した。
ドアに何か飛んできたか? いや、にしては規則的なノックであった。
……来客?
来客だと!?
……こんな嵐の中?
「いつぞやの喋るゴブリン……がノックなんて礼儀を弁えるとは思えないよな」
ひとまず、ドアを開けよう。
俺は玄関へ急いで飛んでゆくと、「今開けますよ」と言いながらいそいそ戸を開いた。
「はーい……びょびょびょびょびょぉーっ!?」
ぶわりと外の空気が、大量の水と共に室内に吹き込んだ。
あっという間にずぶ濡れになる俺と玄関。アウチ、どうしてこうタイミング悪く風向きがこっちを向いているのだ。
たまらず目を瞑ってしまったが、しかし俺は来客が誰なのかを確認しなければならない。ゴシゴシと顔を手のひらで拭うと、俺は逸る気持ちを抑えて瞳を開いた。
「……あ、えと、いらっしゃい」
そこに居たのは一人の女の子だった。
人間ではない、俺と同じピクシーである。
嵐の中で乱れ放題のプラチナブロンドはびしょびしょに濡れて、彼女の顔に貼りついている。服は泥で汚れ、おそらく青系の服だろうが、面積の半分は色が判別できないほどだ。
腰にはナイフや薬瓶、魔法の杖などが括り付けてあり、明らかにゲームに登場する旅人という出で立ちである。
まるで幽霊でも見るような驚いた表情で、彼女は二重のヘーゼルアイをまん丸と見開いてこちらを見つめていた。
「……あー、一人で来たの? こんな嵐の中?」
「え、ええ。ここで雨宿りができないかと思って」
歌うような耳くすぐる心地よい声だ。
美しいハイトーンボイスだと感心するが、しかしその声には確かな疲れがまとわりついているのを俺は感じ取った。
「ま、ま。とにかく入って。ちょうど良かった、お風呂が沸いてるんだ。風邪をひいちゃうし、温まってきたら? そこの扉を入った奥だよ。内側から鍵がかけられるから」
「あ、ありがとう……」
「あっ、でもタオルはベットシーツを流用したやつだから、ちょっと吸水性悪いんだ。ごめんね。そうだ、着替えは大丈夫かい?」
「えーと、ご心配なく……」
彼女は俺と扉を交互に見ながら、何か戸惑った様子で風呂は続く扉を潜っていった。
何をそんなに困惑しているのだろう。嵐の中で雨宿りできそうな場所を見つけたら、普通喜ぶのでは? ……まあ、いいや。
俺はひとまず自分の服を魔法で乾かすと、夕飯の準備をすることにした。急遽量が一人分増えたけれども、ちゃんと食料はあるので問題はない。
さて、嵐の中の来訪者には驚かされたけれども。
俺はかねてより作ると決めていたアレを作るために、ストレージをいじり始めた。
「にしし、いよいよ例のブツを食べる時が来たっ!」
例のブツをストレージから取り出して、キッチンの隅にスタンバイ。
例のブツとは、畑作業の際に摘み取った野草を燃やし、灰を溶かした上澄みを使って小麦粉を製麺した……要するに、中華麺だ。
ゴミで作ったと言えば聞こえは悪いが、今の環境で作れる中華麺としてはかなり上等な仕上がりである。
焼きそばにして良し、冷やし中華にして良し、皿うどんにして良し。
だがやはり、コイツを作ったからにはまずアレを食わねばなるまい。
「ユーでるユーでるユーでるユーでる……うおっ、何か寒気が」
何となくこの替え歌を歌うと妖怪に呪われる気がしたので、黙って目の前の調理に集中しよう。
鍋を火にかけて、スープを温めているうちに肉や野菜を一通り揃える。このスープは実は何日も前から時間を見つけてはダシを取っていた。収納の中では時間が進まないらしいから、通算で丸一日煮込み続けた計算になる。
肉はあらかじめ火を通して塩ダレにつけておいて、魔石で動く冷蔵庫で冷やしておいた。こっちはフライングピッグがなかなか手に入らず準備が遅れたために、時間の概念がある冷蔵庫の中で熟成を進めていたのだ。これを五ミリの厚さにスライスする。
タマニオンの葉や下茹でしたスピニッチ草、アカユズをザクザクと刻んで、こちらもスタンバイ。
ダシが取れたらタマニオンの葉とユズをブチ込んで茹でていく。スピニッチ草は葉物なので少し時間をずらそう。
おっと、チャーシューに使った塩だれも投入しておこう。麺もそろそろ茹で始めるか。
そういや、俺にも行きつけのラーメン屋というものがあった。
店内を流れるメタルに合わせて湯を切り、デスヴォイスで『ヘイお待ち!』とラーメンを出してくるのである。あの名物店主は、果たして元気にやってるだろうか。
茹でた麺を小鍋から出して、亜鉛ザルへ。地球の思い出を頭に浮かべながら、俺は亜鉛ザルをシャカシャカと上下に振るのであった。
うーん。やっぱり、もう少し道具を揃えたい。麺用の湯切りザルがあればノリノリでヘドバンをかましてやるんだが。今のところ金属は潤沢には使えないんだよ……。
ラーメンが完成すると同時に、お風呂から女の子が出てきた。
「おっ、ちょうどご飯ができたところ…………」
俺は彼女へ視線を送った。
雨風の汚れから解放された女性は、とても爽やかな美女であった。
服は確かに問題なかったらしい。彼女も洗濯魔法を使えるのか、泥だらけだったそれは汚れが取れて乾いている。
風呂に入る時に羽を外したのか、今は付けていない。
目蓋は長め、鼻は小ぶりだがつんと立っている。頬骨の形も美しい。
ぷっくらした唇はりんご飴のように赤みが強く、ツヤがある。
首筋の綺麗なことと言ったら、まるで雪に覆われた霊峰の山肌を見た時のような感激を覚える。
ああっ、手が真っ白で指が長い。よく見ればふくらはぎの筋肉もしっかりついていて、健康的だ。
歩き方も上品である。なんと言っても背筋がピンと伸びている。脚が長く少し歩幅が大きめにもかかわらず、身体がほとんど揺れていない点もすごい。きっと重心が安定しているのだろう。
踵を擦らずしっかりと踏み出し、脚を交差させるように歩いているところも好印象だ。いわゆるモデルウォークってやつだが、無意識でやってるとしたらかなり鍛えられた筋力しているんじゃないか?
意外と難しいのが、真っ直ぐ歩くこと。体幹がズレているなど原因は様々だが、少し斜めに歩いてしまう人も多い。しかし彼女の場合は一直線の上を歩くように正確に足を置いている。
ふむ……ちょっとお尻を、じゃなくて後ろ姿を見てみたい。
「お風呂、貸してくれてありがとう。私、ラプンツェルって言うの。……どうしたの、ぼーっとして」
「……ん? いや、別に?」
俺は彼女から視線を逸らしながらトレーをテーブルまで運ぶと、ラプンツェルと名乗る女性に向かいのソファを勧めた。
テーブルに普段使っている箸と、予備の箸を出して、ラーメンを二杯置く。ラーメンの器は、このあいだ開発した釉薬を使った、匠ドリアの新作である。もう土器とは言わせないぜ。
「はい、トンコツラーメン」
「トンコツ……ラーメン……?」
「うん。あ、お箸使える?」
「え、ええ。使えるわよ」
ラプンツェルは慣れた手つきで箸を握ると、湯気の立ちのぼる器から麺を一掬いした。
麺をしげしげと見つめるラプンツェル。今回のは太く短い縮れ麺だ。まあ、太さはところどころ違うし、麺が短いのは茹でる過程でちぎれてしまったせいなんだが……。
「……ええと、スープパスタかしら?」
「パスタじゃないけど、麺の材料は小麦。スープはフライングピッグの骨を使ったクリーミースープ」
「骨の、クリーミースープ……骨っ!? ……砕いて溶かしたのかしら」
ラーメンを見ながら何やらぶつぶつと呟いているが、良く聞こえない。
しかし、反応を見るにどうやらラーメン自体が初めてのようだ。まあ、女性が食べやすいあっさり系トンコツに仕上げたので、きっと気に入ってくれるだろう。
じゃ、いただきます。
「ズズズ〜〜〜」
ぐおお、うんめぇ! 塩ベースのトンコツスープが美味なり。
アカユズとタマニオンの香りのおかげで、全くこってりした印象は受けない。特にユズの芳香が文句のつけようが無いな。もっと栽培しよう。
こうなってくるとしょうゆラーメンやみそラーメンも食いたくなってくるが、うちには醤油も味噌も無い。
というか材料となる大豆も大麦も米も何一つ無いんだよなあ……。小麦はあるから、麦味噌モドキならいけるか? 大豆が一番だが、他の豆でも代用はできるし。でも発酵食品は知識が無いのでなるべく手を出したくはない。
「ねえ、麺をすすって食べるの?」
「ん。食べ物をすするのはお気に召さないかな」
「そういう人も居るとは聞くけれど、私は大丈夫よ。バスタードスープとか好きだもの」
「それは良かった」
……バスタードスープって何だ?
ちょっと、検索してみるか。
『バスタードスープ』
カプの実やリベロの花などを一晩煮込んで作られる、主に澄んだ緑色をしたピクシー族伝統のスープ。ピクシーの三大激辛料理の一角であり、爽やかな見た目から世界一美しいスープとも言われる。特に慶事においてよく食べられる。
舌に剣山を刺したような極めて鋭い辛味が特徴。栄養価が高く、旨味が非常に強い。また通常のスープに比べて冷めにくく、すすって飲むのが一般的。綺麗なうえに旨いので、嫌うピクシーは意外といない。
……激辛料理か。フーン。なるほど。
あっ、俺のカレーはいつも甘口でした。何か文句ありますか?
「ズズズ〜〜〜。食べないの?」
「ああ、ごめんなさい。初めて見る料理だから戸惑っちゃって」
ラプンツェルはようやく麺を口へ運び、ズズズッと一気に麺を吸い取った。
ピタッ、と彼女の身体が止まった。……いつの間にポーズボタン押したっけ。
冗談だ。はっはっは、分かるぞ。俺のラーメンが美味くて、固まってしまったんだろう。
「ズズズッ」
ほら、見たまえ。すぐに二口目を口に運んだ。
いやあ、ラーメンを食べる美女は画になるな。
「ズズズッズズズズズッズズ」
よほど美味しかったらしい。器に顔を突っ込まんばかりにどんどん食べてゆく。料理人名利に尽きるぜ。
「ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ」
「……あの、そんなに急いで食べなくても。おかわりアルヨ?」
喉に詰まらせやしないかと心配になって、俺はそっとラプンツェルに声をかけた。だが彼女はごきゅごきゅとスープを飲みながら、俺にサムズアップを見せた。
……ふむ、そういうことなら。
>そっとしておこう
本当は煮卵とかメンマも乗せたかったのだが。養鶏をしてないから卵は滅多に見つからないし、メンマも材料となる竹が見つからないので断念。
結局ラーメンの具は今あるものの中から合いそうなやつをテキトーに見繕うこととなった。
「ズズズズズズッ…………」
「おっ、食べ終わったか。美味しかった?」
ラプンツェルは器から顔を上げ、しばし惚けていた。
だが何か感極まったらしく、両手で顔を覆った彼女はぼろぼろと大粒の涙を流して泣き始めた。
「うぇ……うぇ……おいじぃ……!」
「それはどうも」
うーん、ハンカチ持ってないんだよなあ。
俺はとりあえず、風呂場にあるタオルを取りに行くのだった。




