ゴブリンの巣穴
「うーん、せめて塩が欲しい」
焼いたコロキャッサバと、幾ばくかの木の実を。もっきゅもっきゅと、朝食に。デンプンの塊はエネルギーにはなるが、味気ない。
木の実や果物は良いんだ、甘みや酸味、豊かな香りなど、それぞれバラエティに富んでいる。
この森には本当にいろいろな木が生えていて、クルミ、アケビ、スモモ、アオハダ、リンゴ、数は少ないがスダチなども見受けられた。
正確には、それらによく似た異世界の植物だけれど。
ちなみにあまり食料向きではないが、ホオノキ、トネリコ、マロニエ、ミズメ、シラカシ、ヒノキ、キンモクセイなどもある。
正確には、それらに(以下略)。
閑話休題。コロキャッサバはマジでただのイモなので、調味料がないと炭水化物味なのだ。甘くない焼き芋なのだ。
やはり何かしらの調味料が欲しい。果物を煮詰めた甘口ソースくらいなら作れるだろうか?
……いやちょっと待て、俺の身体、どうなってんだ?
「果物、キャッサバ、タマネギ。……俺、塩分摂取してないよな?」
ストレージに最初から入っていた食料を食い尽くした今、ここの所これらしか口にしてない。
基本的に果物に塩分は含まれない。キャッサバやタマネギは知らんが、基本的にタマネギやイモというのは身体から塩分を排除してしまう食品だ。
塩分は摂り過ぎは良くないが、かと言って全く摂取しないのはさらに良くない。別に医学的な造詣があるわけじゃないが、例えば人の胃液は塩分から作られているのは俺も知っている。
ミネラルも全然摂ってないよな……ミネラル欠乏症とかになるんじゃないのか?
だが、今のところ俺は健康そのものだ。ひょっとして、ピクシーは塩がなくても生きてゆける種族なのだろうか?
……今考えても結論は出ないな。まあ、仮に生きるために必要が無くても、やっぱり塩味は恋しい。
「海は無いし、岩塩も今のところ見つかってないし。魔法で何とかするか? 塩に反応する塩レーダー魔法でも開発してみようかな、なんてね」
……。
…………いや、イケるんじゃないか、塩レーダー。
範囲を絞って駆け足で学習したとは言え、それでも術式の基礎知識は身についているはずなのだ。
魔法は究極的には、叶えたいことを願うだけでも(その願いがとぉーーっても強い場合は)発動する。
もちろんさすがに、『塩どこだ!』と念じるだけで塩の位置が分かるような境地には、俺の魔法は達していないが。
しかし、『周囲にある一定量以上の塩化ナトリウムをサーチする』という魔法を表す術式を、書くことぐらいはできるのではなかろうか?
だって、魔法に不可能はないわけだし。
「……あれ、ひょっとしてマジで俺、何でもできちゃう?」
当然、これからも真剣に術式や魔法の勉強に取り組んだ場合は、だけれど。
魔法にこれほどの万能性があり、そしてここに魔法のほぼ全てが詰まっているであろう十万ページのテキストブックがあるのならば。
なるか、チート? いっそ目指すか、チート?
……いや、努力して最強になったのならそれはチートとは言わないのか? いやいや、ここで言うチートとは、つまり反則だと思いたくなるほどの、というニュアンスなのであって、本当に不正をしているわけでは……。
うーん。ニガテなんだよねぇ、ニポンゴ。
「何はともあれ、面白くなってきたな」
俺は弾む心をおかずにコロキャッサバを完食すると、ストレージから水瓶を取り出した。
手で掬って、少し飲む。泉の水はやはり美味い。
俺は水瓶を持ったまま辺りを見回した。キッチンの横に、白い植木鉢に植えられた観葉植物を見つけた俺は、水をやるためにそれに近づいた。
この植木鉢、時々一人でに移動するからな。どこにいるのか毎回探さないといけないんだ。
……いや、実は植木鉢が移動している瞬間を俺は見たことないのだが。
しかし、朝あった場所と、外から帰ってきた時にある場所が、明らかに違う日がたまにあるのだ。いやあ、異世界の植木鉢ってすごいんだな。
「いつもチャーリーが同じ場所に居てくれたら、水やりもしやすいんだけどな」
チャーリーというのは観葉植物の名前である。
いやほら、ゲームオタクとしてはさ。観葉植物の名前はチャーリー以外に無いだろ? ……あっそうでもない、そうですか。
バカなことはともかく、チャーリーに水をやるのは俺の日課となっている。
「うっし、今日はゴブリンの巣に入ってみるか」
この日のために、色々と準備してきたわけだし。
魔法の習得もそうだが、洞窟が崩落して閉じ込められた時のために、食料を貯めておいてある。水は魔法で出せるからあまり心配してないが。
あと、まあゴブリンが住んでるんだから大丈夫だとは思うが、低酸素に備えて酸素を作る魔法を開発してあるのだ。
これに関してはめちゃくちゃ簡単にできた。だって俺はすでに、酸素と水素が化合したもの、つまり水が生み出せるのだから。酸素単体で出せない訳がないのである。
灯りの魔法もあるし、攻撃魔法もあるし。
……ちょっと魔法に頼りすぎか? MP切れには注意しておこう。まあ、いざという時は逃げれば良いし。大丈夫だろう。
「ゴブリンの骨格や筋肉量的に、そこまで速くは走れないはずだからな。洞窟に暮らしてたら走る機会なんてあまり無いだろうから、さもありなん」
とりあえず今日は、一度に三匹以上と遭遇したら洞窟からズラかることにする。
今までは気付かれないよう体当たりで奇襲していたから安全だったが、真っ向から戦えば怪我をしない保証は無い。それに、一匹二匹ならともかく、同時に三匹となると相手が連携してくる可能性まで考えれば突っ込むのは避けたい。
洞窟はゴブリンのホームだからな。これくらいは慎重になって然るべきだ。
てな訳で、場所は移ってゴブリンの巣穴前。
なんの意味もない垣根の目隠しの向こうに、なんの変哲もないその洞窟はある。
変哲ない洞窟なのになぜゴブリンの巣穴だと分かるかというと、一日に数回、ここからゴブリンが出てくるからである。
外に出てきた奴らはさも賢そうに垣根の手入れをするのだが、どう見てもテキトーに枝を組み替えているだけで全く手入れになっていない。
手入れを終えたら餌でも探しにゆくのかと思いきや、奴らは己の職人技に満足して鼻高な様子で穴へと帰ってゆく。マジで垣根の手入れをするためだけに出てきているらしい。
……これがゴブリンの限界だと思うと悲しい限りである。
「しかし、外に餌を採りに行かないのであれば、洞窟内に食料があるのだろうか?」
ゴブリンの解剖をした時に、食性を調べるべく胃の中を見てみたことがある。
中にあったのは一匹の蝙蝠の死体だった。腸もそれほど長くないので、ゴブリンは肉食なのかもしれない。
やはり洞窟内にいる蝙蝠や土竜が主食なのだろうか?
入り口に蝙蝠の肉を置いとけば、ゴブリンが釣れるかもしれんな。アイツらバカだし。
蝙蝠捕まえるのが手間だからやらないけど。
「『灯り』」
魔法で洞窟内を照らして、入り口の様子を探る。
どうやら外から見える範囲には、ゴブリンは居ないようだ。
俺はストレージからナイフを出して構えると、ふよふよと中へ入っていった。
洞窟内はやはり狭く、短身のゴブリンが背中を曲げてちょうど良いくらいだ。
俺のようなピクシーならば問題はないが、人間が入るのは難しそうだな。
特に息苦しさもなく、暑さや寒さも感じない。今のところゴブリンの気配も無い。
だが、あちこちからオシッコの臭いがする。さてはアイツら、その辺でやってるな。オエ。
製図紙にしっかりと地図を書きながら、ゆっくり進んでゆく。メニューのマップは空からの俯瞰図しか見れず、洞窟内部の構造は全く分からないのだ。
分かれ道では石を使って壁に傷を付け、マークを描く。そのマークを地図にも記して、どこまで潜ったのかを判別できるようにしておく。
そう言えば、製図紙は自給自足ができない品なので、最近は節約している。それで、代わりの紙として魔法大全のページを破いて使っている。
だってアレ、いくら破っても再生するんだもの。余白の多いページをメモ代わりノート代わりに使わせていただいているのだよ。
あと、製図紙と一緒に地下室にあったペンだが、コイツはインクが切れない謎技術が使われているので安心だ。
たぶん魔法がかかったペンなんだろう。
「おっと行き止まりか……行き止まり、だよな?」
目の前に壁があっても上下左右見て、確かに行き止まりであることを確認する。
確認は大事だ。ひょっとしたら通れそうな縦穴があるかもしれないので。
「……一度出るか」
ここに来るまでに、あった分かれ道は五つ。初回の探索としてはこれで良いだろう。
体感では、洞窟に入ってまだ一時間も経っていない。しかし、陽の射さない洞窟内では時間の感覚が狂いがちだ。帰還は早過ぎるに越したことはない。
自分の描いた地図に間違いが無いか確認しながら、またゆっくりと戻ってゆく。
ちゃんと分かれ道に描いておいたマークのおかげで、遭難した可能性が無いと分かり安心だ。
「あとは分かれ道を二つ戻れば外だが……その前に」
魔石を一つ、いただいて行こうか。
俺は灯りの魔法を操って、暗闇にうごめくソレを照らした。
グギヨェ、と鳴いた緑色のソレは、こちらに気づいているらしく不気味に舌舐めずりをしたのであった。
日本ではあまり聞きませんが、海外では十分な知識や装備を持たずに洞窟に入った初心者の死亡事故が相次いでいます。
洞窟に限らず登山やダイビングなど、自然を相手にするスポーツは全て命の危険があることを自覚して万全の状態で行いましょう。




