第七十七話
今話には少しだけ暴力的な表現が含まれています。
目隠しをされたままで身動きが出来ないと時間がどれくらい進んだのか分かりにくいけれど多分、日も暮れきってから結構経っているんじゃないかと思う。
この建物に連れてこられてから犯人の一人は何度か電話で那月ちゃんのおうちと連絡を取っている。違っている点はというとそれまで不機嫌そうだった声音が今は機嫌が少し良さそうだってことかな。
「・・・そうか、用意できたんだな?なら受け渡し方法を教えてやるから言われたとおりにしろよ、じゃねえと分かってるだろ。・・・ああ、まだ無事だぜ・・・ダメだ、金を受け取ったら監禁場所を教えてやる、分かったな?」
どうやら身代金の用意ができたみたいだ。でも、本当に娘でもなんでもない私の為に身代金を出してくれるのかな?もしかしたら両親と連絡を取り合っていたりするのかもしれないけれど、うちのような一般家庭に一億なんていう大金がそうそう用立てすることが出来るとも思えないし、那月ちゃんのおうちが立て替えてくれるという辺りが妥当なところなんじゃないかな。
もしそうなら、このまま身代金を支払って解放されたとしても借金まみれになっちゃうよね。出来れば大学まで進学しておきたかったけれど、そんなことも言っていられなくなっちゃうのかな。
まあ、そんな心配もここから無事に帰れてからすればいいことだし、今は無事に帰れることだけを考えよう。
パタンと何かを閉じる音、コツコツとこちらに近づいてくる足音、さっきまで電話をしていた人が近づいてくるのかなと身構えたところを髪の毛をつかまれて上向かされる。
「痛っ!」
「おう、金払いのいい両親でラッキーだったな。金さえ受けとりゃあ無事に帰れんだ、バカな真似は考えねえでもう少しおとなしくしておけよ?──おい!オレが居ねえ間、しっかり見張っとけよ」
犯人のもう一人の方へと指示を出すと遠ざかっていく人の気配。バタンと扉の閉まる音がしてから少しして車のエンジン音が聞こえてきたので身代金の受け渡しに出掛けたのだと思う。
「ふう、やっと行ったかよ。息が詰まるっつうか肩凝っちまうわな、アノ人も無駄に固えよな。なんつうの?ビジネスライク?ってやつ?極力、人質に手ぇ出すなとかよお、金取ったら人質返すとか意味分からねえよな?殺して埋めちまった方が後腐れ無えと思わね?」
今までずっと黙っていたもう一人の方が相方が出て行ったかと思ったら急に饒舌に喋りだした。寡黙なのかと思っていたけれど全然そんなことなかった。というか、殺すとか埋めるとか人質に同意を求めないで欲しいんだけれども。
「い、いえいえ、そんなこと無いと思いますよ。えっと、ほら、人質が無事に帰ってくるって実績を作っておけば交渉が楽になったりとかするかもしれませんし」
「ふうん、そんなもんかねえ。ま、金さえ入ってくりゃあどっちでもいいんだけどな。でもまあ、アンタみたいなカワイイ子攫ってきて何もしねえってのもモッタイナイよなあ。ガキなんぞ攫っても楽しめねえとか思ってたけど、最近の中学生ってなあ発育いいねえ。どうせアノ人ももうここには帰ってこねえんだし、少しくらい味見したって誰も文句言わねえよなあ」
あります、ありますよ!盛大に文句を言わせてもらいたい!
連れてこられた当初はそういう危険も想像してビクビクしていたけれど、大人しくしている分には何もされなさそうな気配に少しだけ安心していたら、無事に帰れそうって希望が出てきた矢先に大ピンチとか。
「そんなん怯えなくたって大丈夫だって、こう見えてテクニックには自信あっからね、アンタもいい思いできるって」
全っ然!大丈夫じゃないです、そういう問題じゃないんです。
無理に動こうとすると縛られている手足が痛いから今まで大人しくしていたけれども、そんなことを言っている場合じゃない!
ガタガタと椅子を激しく揺らして動こうとするけれど、縛られている状態では少しも移動できているようには思えない。無理に動かして体中が痛いし無駄なことだとは分かってはいるけれども、それでもほんの少しでも遠ざかりたい。
「ほら暴れんなって、大人しくしてりゃアンタも気持ちよくなれんだからよ。あんま暴れると痛い思いすることになっちゃうよ?」
「ヤダ、ヤダ!イヤだ!近寄らないで!」
バンっという音と同時に頬に痛みが走る。その衝撃でグラリと体勢を崩して縛り付けられた椅子ごと床に倒れ込む。肩を中心に体中が痛いけれども、そんなことも気にならない。
怖い、怖くて仕方がない。カタカタと体が勝手に震えてくる。
倒れた拍子に少しだけ目隠しがずれたのか片方だけ見えるようになった視界に男のにやけた口元とゆっくりと近づいてくる手が映る。男の手が襟元を掴んで力が込められて──
「動くな!警察だ!」
そこからはあっという間だった。
犯人の男は警察の人に捕まえられて連れていかれていった。
私はまだ椅子に座ってぼうっとしていた。とっくに縛られていた手足も目隠しも解放されていて動こうと思えば自由に動けるけれども椅子に座ったままぼうっとしていた。
女性の警察の人に話しかけられていくつか応答したけれども、どんな話だったか頭に入ってきていない。
助かったというのは分かっているけれど、思考が追い付かないというか、全然、実感が湧いてこない。
「大丈夫か?遅くなってすまなかった」
椅子に座ってぼうっとしていたら、ここに居るとは思っていなかった人の声が聞こえてきた。
声にそちらの方へと顔を向けるとその人の顔が痛そうにゆがむ。
「遅くなって、すまなかったな」
もう一度、同じことを言われて頬に手が添えられる。口の中が切れているせいか少しピリッとした痛みが走るけれども気にならない。
まだぐちゃぐちゃな思考とは別に勝手に涙が流れているのがわかる。
どうしてここに居るんだろう?
「・・・木下君」
お読みいただき、ありがとうございます。
今回のような話を書くにあたって、どれくらいまで描写するか、というのはとても難しいですね。
作者的にはなるべくマイルドになるように心掛けたつもりですが、それでも気分を悪くされた方がおりましたら申し訳ありません。




