第六十一話
何も言わずにこちらをじっと見てくる視線に目を逸らすことも出来ずに図らずも見つめ合う形になってしまった。
「あの、えっと、トラブル避けにもなるかなって、今日は学園外の人も沢山来てるし、さっきみたいな人達・・・は流石にそうはいないだろうけれども、全くいないって訳でもないと思うし、それに「いいぞ」──へ?」
実際には十数秒程度でも、自分にとっては十倍にも二十倍にも引き延ばされて感じる沈黙に堪えきれず言い訳めいた言葉が口をついて出てくる。焦る頭で必死に言い募る言葉を探していたせいで聞こえてきた声の意味するところをすぐに理解できずに間抜けな感じで声が出た。
「いい、と言った。確かにお前はトラブルに巻き込まれやすそうだしな、虫よけになってやるよ」
そう言って悪戯っぽくニヤリと笑った顔に一瞬、ドキリと──って違うし、「私の虫よけに」じゃなくて「私が虫よけに」だし。さっきまでトラブルに巻き込まれてた人に言われたくないし。
こちらが何か言い返す前にさっさと歩きだしたかと思えば数歩行った先で立ち止まるとこちらにふり返ってチョイチョイと手招きをしてくる。
「隣歩かないと虫よけにならないだろう?」
多分、今顔真っ赤になってるかもしれない、なんだろうかこの何とも言えない敗北感は。や、別に誰かと勝負していた訳じゃないし勝ち負けのあるようなことでもないんだけれど。なんか、こう、ね。
「それで、どこから回るんだ?」
「もうすぐ吹奏楽部のステージの時間だから講堂かな」
吹奏楽部有志という名の全員参加(一応、自由参加なので有志らしい)での演奏会で、当然、吹奏楽部員である由美も出演している。
元々、演奏会を見るために講堂に移動しようとして昇降口の前を通りかかって騒ぎに出くわしたのだ。一応、昨日も沙耶香と一緒に見に行っているのだけれども、しっかりと聴かなくちゃと思いつつも睡魔との戦いになってしまったので今日こそはと思っていたりして。
一人のままだったのなら沙耶香たちと合流しようかと思っていたのだけれども、今の状況で合流するのは流石に恥ずかしいので少し離れた席に座らせてもらおう。
吹奏楽部の演奏の後も講堂に残って他のクラスの演目を見たり、幾つかのクラスの展示を回ったりして時間は午後になって少し経ったくらい。
清鳳学園の学園祭は研究成果の展示発表だったり、講堂を使っての演目披露だったり文化的な傾向が強いのだけれども、屋台や喫茶みたいな定番の模擬店もそれなりに賑わっていたりする。
今はその内の一つで、二年生のクラスの喫茶店で休憩中。
校舎内では火を使えないので出せるのは前もって作り置きした日持ちのする焼き菓子と火を使わないで出来る軽食がメインなのだとか、その代りというか紅茶には力を入れていて本格的な淹れ方を専門家に習ってみっちりと練習したから一味違うよと説明してくれた、のだけれども紅茶の味の良し悪しとかよく分からないので何となく香り高いかもしれない、気がする。程度の感想が関の山だったり。
紅茶の味が碌に分からないのは、そうやって説明してくれた偶々当番だった美術部の先輩が終始ニヤニヤ顔で居心地が悪かったせいもあると思う。
「学園祭デートとはやるわね。それで、どっちから誘ったのかしら?」
「あの、先輩。他のお客さんの応対はしなくていいんですか?」
割と直球気味にあっち行けと言ってみても効果が無く、結局昇降口での騒ぎの経緯を説明させられた。一応誘った理由はぼかして私が虫よけに立候補したと言っておいた。・・・あんまりぼかしきれていない気もする。騒ぎについては先輩は成松君のことも見知っているみたいで感心はしていたけれど意外そうにはしていなかった。
ようやっと他の先輩に連れていかれた時は休憩に来たというのに精神的にぐったりしてしまった。先輩の冷やかし攻撃は私だけでなく木下君にも向かっていた筈なのだけれどもそちらは至って涼しい顔だ。今も運ばれてきた紅茶を口に含んで満足そうにしている。
「・・・紅茶好きなんだね、美味しい?」
「ああ、本業には劣るが充分に美味しく淹れられていると思う。このクラスに紅茶の淹れ方を教えた店はよく利用していてな、先輩に話を聞いて期待していたんだ」
木下君がどこかのお店を絶賛する様子が珍しくて感心していたら今度そのお店に案内をしてくれることになった。それまでに私も少しでも紅茶のこと、勉強しておこうかな。
前日に多少のトラブルはあったものの、学園祭の本番は私にとっては大きなトラブルも無く、一歩か二歩前進できた気がする非常に満足な結果になった催しだったと思う。
代休や片付けなどもあって余韻に浸った一週間が過ぎて学園内もすっかり通常運転に戻ったころ、何故か、一年生の間で「成松君と私が付き合っている」という噂が出回っていた。
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