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第27話 - 危疑が招く確執 -

 町の子供達に尾行をさせていた対象達の間に繋がりが見えた。その報告をティグから受けた時、コウトの中に特段の驚きは生まれなかった。

 これまで受けていた報告からでも、対象達に共通する点の幾つかは見当が付いていたし、その裏付けが取れるのは時間の問題と考えていたからだ。

 むしろ、今回の話で興味を引かれたのは、独自に情報を収集してコウトと似た様な共通点を見出した少年と、その少年が引き起こした小競り合いに対してである。

「で、その場を収めてくれたのが、ミィムって冒険者だった訳だ」

「うん、クリスの知り合いだったらしくてね。

 少し話をしたけど、僕は呆れさせてしまうばっかりだったよ」

 その時の事を思い出して反省しているらしいティグを適当に励ましながら、コウトの中では幾つもの情報が交錯し、連結と解離を繰り返していた。

 これから刀を仕上げるのだというティグに余計な事を吹き込む必要は無い。

 今コウトが考えている事は、状況証拠を積み上げた仮説でしかないのだ。


 夕闇が町を覆い、多くの商店が店じまいをしている。

 ティグと別れたコウトは、足早にエイダムの宿へと向かっていた。

 この時間に活気があるのは酒場くらいのもので、とりわけエイダムの滞在している宿の周辺は自分の足音さえ聞き分けられそうな静けさである。

 今回は定期の報告では無いので、すぐにエイダムを捕まえられるかは運任せだ。特に食事時となると、会食のためにあちこちへと出向く事が多いというのがここ最近の傾向だった。

 たとえそうであっても、コウトが夜中まで待てばいいだけの話である。とにかく今は、出来るだけ早くエイダムに会う必要があった。

 状況の変化の報告と、なにより思考の大部分を占めてしまっている思いつきの仮説に対して、肯定なり否定なりの判断を求めねばならない。

 宿の受付には既に顔が通っているので、コウトは見咎められる事も無く目的の部屋まで直行し、無造作に扉を叩きエイダムの存否を確認する。

「エイダム、いるか?」

「ん、なんだコウトか」

 扉の向こう側で意外の人物から返答があった。

「ディマス?なんでここにいるんだよ」

 驚きつつも扉の取っ手に手をかけると鍵も掛かっていない。

 部屋の中では寝台に腰掛けたディマスが、装備品の点検をしている所だった。とはいっても、大して熱心でもない所を見ると、ただの時間潰しなのだろう。

 コウトが入っていくと丁度良い話し相手の来訪と見たらしく、早々に手を止めて装備品を脇へと追いやった。

「ここは昼寝するのに向いてるからな」

 確かに町の喧騒から隔離されたこの宿は、日中でも騒音が少ないのは解る。

「静かなのがいいならディマスもここに宿を取ればいいだろうに」

「こんな酒場も露店も無い所に泊まってられんな、喧嘩の一つも起きやせんだろう。

 俺には盗られて困るような荷物があるわけでもないしな」

 その言葉通りディマスが滞在しているのは町中にある安宿だ。金銭で不自由している訳でも節制に熱心という訳でもないのだから、そちらが性に合っているのだろう。

「まあ、別に文句はないけどさ。それで、エイダムはいないのか?」

「あいつならな、小腹がすいたんで買出しに行かせた。

 その内食い物持って戻ってくるだろう」

 しれっとした顔でそんな事を言うディマスにコウトは唖然としてしまう。

 長年の付き合いなのだから、今更相手が貴族だとかそういう話は気にしないのだろうけれど、それにしてもこの忙しい時に使い走りをさせるというのもどうなのか。

「なんて言うか、いや、言うだけ無駄か」

 呆れて脱力しているコウトを見て、ディマスが心外そうに口を開く。

「おいおい、勘違いするな、俺なりの気遣いだ。

 あいつは忙しくなると用件以外では出歩く事もせんからな」

 そう言われてみて、ここ最近のエイダムの姿を思い出す。食事も忘れて書類や手紙の束と向かい合いながら唸っていた。

 確かに健全とは言い難い。

「そりゃ親切なこった。

 いいさ、うん、むしろ丁度いい、ディマスにも話があったんだ」

「俺に?なんだ、珍しいな、何かやる事でも出来たのか」

 コウトの仕事は情報収集と、それを大まかにまとめた上での報告である。

 情報の整理や処理と、それらに基づく計画の立案はエイダムが担当している。

 そしてディマスは実働を担当するのが専らであるから、情報収集と計画の下準備をしている今のような段階では、基本的にやる事がないというのが通例であった。

「いや、そうじゃないけど……エイダムが戻ってからだな、二度手間になるし。

 ディマスだって同じ話を聞くのは退屈だろ」

「そうか、まあ確かにそうだ、しかし、そうなると手持ち無沙汰だな。

 こんな場所では稽古の一つもできんし、やはり窮屈な所だ」

「勝手に押しかけて来ておいて、随分な言い草ですね」

 部屋の入り口にエイダムが立っていた。両手で抱えた篭には結構な量の食料品が詰められている。

「帰ったか、遅かったな」

 のそりと立ち上がったディマスがエイダムに歩み寄る。荷物を引き受けるのかと思いきや、篭に乗っている食べ物をつまんで口に運んだだけだった。

 それを気にする素振りも見せないのだから、二人にしてみれば毎度の事なのだろう。

「それで、まさかあなたまでが駄弁を弄しに来たとは言いませんよね、コウト」

「あたりまえだろ、動きがあったんでその報告と、ちょっと意見が欲しくてな。

 頭ん中がごちゃごちゃしちまってさ」

「安心しました、ここを溜まり場にでもされては敵いませんからね」

 エイダムの皮肉な視線などどこ吹く風といった感じのディマスは、机に置かれた篭を物色している。それに倣って、ではないだろうけれど、エイダムも適当な物を手にとりながら椅子へと腰掛けた。

「それじゃあ、話を聞きましょうか」


 ティグから聞いた今日の出来事とそこに至るまでの経緯を一通り報告したコウトは、話の内容が伝わっているか確認する。

 話を聞きながら要点を書き出していたエイダムは問題ないだろうが、ディマスの方は気のなさそうな返事をしただけだった。だからといって、聞く気が無い訳ではなさそうなので、一応は大丈夫だろうと判断する。

「目を付けていた子供達の間に繋がりがあった、というのは解りました。

 私としては五分五分と見ていましたが、目処がついたというなら結構な事ですね」

「聞いてた限りでは俺に関係がある様な話だとも思わんのだがな」

 事務的に感じられるほど淡々とした感想を語るエイダムとは違い、ディマスの方は退屈だ、と言わんばかりの態度を見せている。

 実際の所、この辺りの話は本題ではないので仕方がない。

「そうですね、それに、これだけならわざわざ報告を前倒しにするほどの内容だとも思えませんし、続きがあるんでしょう」

 それを促すようにして二人の顔がコウトへと向けられた。

 コウトは軽くうなずき肯定を示し、事の本題に話を移す。

「ディマスに関係があるってのも、俺が引っかかってるってのもここからだ。

 前にディマスが調べてくれって言ってた件があっただろ」

「ん?……ああ、ウォードの事か」

 忘れていた、と言う訳では無いだろうが、今この時に話題に上るとも思っていなかったのだろう。思いがけず話を振られたディマスは少し姿勢を正して見せる。

「色々並行してやってるからさ、それほど情報は集まってないんだけど、

 今日のいざこざを収めてくれた冒険者ってのが、その人のパーティの一員なんだよ」

「ほう、そうなのか」

 少しは興味が湧いたようだが、コウトの意図や話の全体像は掴めてはいないようだ。

 ちらりとエイダムの方を窺うと、こちらは推し量るような思案顔である。或いは既に大体の話が見えているのかも知れない。

「それだけなら、まあ、ただの偶然だろうって話になるんだけど、

 ちょっとばかし気になる点があって、気にしだすとその事ばっかり考えちまってさ」

「それで、考えが纏まらないから私の意見を聞きに来た、という訳ですか」

 そういう事、との返事にエイダムも納得したようだ。

 報告を前倒しにした理由は解ってもらえたらしい。

「まず、町の子供達が嫌な空気ってのを感じ始めた時期ってのがさ、

 大体一年ほど前からって話で、ウォード達がこの町に来た時期と重なってるんだ。

 これも俺がたまたま関わってたから目に付いたってだけの事なんだけど」

「そうですね、それだけでは状況証拠とすら言えない話でしょう」

「けど、それが気になって、ちょっと考えてみるとさ、妙に引っかかるんだよ。

 なんで、冒険者やってる奴が倉庫しかないような区画をうろついてたんだ?

 この宿の辺りより静かな所だぜ、普通は喧嘩なんて絶対起きないような場所だ」

 冒険者は依頼が無いからと言って暇を持て余すような仕事ではないし、息抜きに散歩していたにしてもあまりにも場違いな場所である。

 誰であっても用が無いのに倉庫の周りをうろついていれば、衛兵に見咎められても文句は言えない。別にやましい所がないとしても、町側と無用の揉め事を避けるのは冒険者として当然の心得なのだ。

「それなのに、喧嘩があった今日に限ってその場に居合わせるのは不自然だ、と」

「ああ、しかも、喧嘩の話を聞いて慌てて駆けつけたティグ達よりもずっと早くだ。

 ここまで来ると、偶然で済ませるにしちゃ出来すぎなんじゃないかってな」

 言いがかりである、と言われてしまえばそうかもしれない。何か一つ二つの材料が欠けていれば、ここまで気にもならなかっただろう。

 あるいはコウト自身がミィムという冒険者と顔を合わせていれば何かを洞察できたかもしれないのだが、現状では直感だとしか言えないのも事実だった。

 その事をエイダムも解っているのだろう、即答する事をせずに考え込んでいたのだが、少しの間を置いてから、その視線がディマスへと向けられる。

「ところで、あなたがウォードという冒険者の事を調べさせたのは、

 なにか気になる所があったのですか?」

 その言葉を受けたディマスにこれといった表情は見られ無い。

「……いいや、気の良い奴で腕も良さそうだったんでな、

 都合がつけば仲間に誘えるかもしれんと考えていただけだ」

「そうですか、それは残念でしたね」

「なんだ、まるで黒だと決まったような言い方だな」

 突き放す、あるいは切り捨てるようなエイダムの言葉に応じたディマスのそれは、少なからない不満の響きを帯びていた。

「決まってはいませんが、今後はそれを前提にして動きます。

 コウトが集中して洗っていけば、遠からず何らかの形で証拠が出てくるでしょう」

「なにも出んかもしれんだろう」

「それならそれで結構な話じゃないですか、その時は改めて仲間に誘えばいい。

 これまでは姿の見えない敵と向かい合っていた様なものですからね、

 ちらりと影が見えただけでも対策は立てやすくなるというものです」

 言い合いをしてどちらに分があるかなど火を見るよりも明らかだ。

 にも拘らず、コウトの割って入るのが遅れたのは、この二人が口論に及ぶ所を初めて目にしたからだった。

「俺が言い出した話だけど、ちょっと前のめりになってやしないか」

 いつもなら仲間の意向を十分に汲んだ形で行動計画を組み立てているエイダムなのだが、今回は妙に性急で攻撃的に感じられる。

 ましてや、ディマスが目に見えて乗り気でないのに、それを気にもかけずに押し通そうとしているのはらしくない。

「明確な目標を立てた方が効率が良いと言うだけの話です。

 まあ、前のめりというのも否定はしませんよ、私の最も嫌いな手合いですからね。

 ……もし証拠が出たら、の話ですが」

 コウトの横槍で制動がかかったのか、エイダムは少し襟を正してディマスに配慮したような一言を付け加えた。

「最も嫌い、ってのはなんの事だ?」

「ああ、冒険者という立場を使って悪事を働く輩の事ですよ。

 冒険者となる力があるにも関わらず不正に手を染める、私はそれが何より許せない」

 冷静に自身の心情を語っているようにも聞こえるが、コウトの目にはそれが取り繕ったものに見えた。

 だからと言って、あえて異を唱えようとは思わない。

 元々が自分では判断のつかない事案を持ち込んだのが始まりであり、出された結論にしても元からの思いつきを肯定するものだった。

 考えてみれば、コウトが冒険者というものに拘りを持つように、あるいはそれ以上に、エイダムの中に在る冒険者への理想は大きく崇高なものなのだろう。

 中央大陸の貴族などという、想像も及ばない遥かな世界に産まれた者が、それを放り出して辺境へと身を落とすほどの想いである。

 尋常なものであるはずがないのだ。

「そうか、なら、何も出ないといいな」

 コウトのその一言は、冷や水を浴びせたと言うほどではないにせよ、一瞬だけ言葉を詰まらせられる程度には受け止めて貰えたらしい。

「……そうですね、それが一番です、が」

 後に続く言葉にも先程のようなかたくなな感情は乗せられていない。

「今の時点で何かを掴めれば、計画の準備段階を抑えられる形になるでしょう。

 監視していた者達以外では、町に不穏な動きは一切見られませんでしたからね。

 こちらから先行して動く事が出来るなら、優位に立てる事は間違いありません」

 あくまで判断を変えるつもりは無いのだろう、淡々と正論を並べるエイダムからは強い意欲が伝わってきた。

 全てを聞き終えたディマスは、それ以上の反論をする事も無く立ち上がる。

「……大体の事情は解った、話が終わりなら俺は帰らせてもらおう」

「ウォードという冒険者と面識があるなら、何か探る事は出来ませんか?」

 硬い表情のまま出て行こうとするディマスの背に、エイダムの声がかかった。

「俺がそういう事に向かんのは知っているだろう」

 足だけを止め、振り返ろうともせずに答えたディマスの背中を、コウトは黙って見送る事しか出来ないでいた。

「心配しなくてもディマスの事です、酒でも飲めば機嫌を直しますよ」

 エイダムがことさら気軽そうに声をかけたのは、ディマスが出て行った後も不安そうに黙っていたコウトを気遣っての事なのだろう。

 その言葉に頷きはしたものの、コウトが抱く一抹の不安が霧消するには至らなかった。


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