第26話 - 街角の出会い -
町を南北に貫く大通りは、北にある鉱床から入ってくる魔力鉱石を、中心街の市場へと運ぶための一本道である。その中程には、この町を任されている代官が働く官舎と、魔力鉱石を保管しておく為の倉庫が並んでいる。
魔力鉱石がこの町最大にして唯一の産出品である以上、その扱いは別格だ。しかし、この町を訪れる商人が扱う品物が全て魔力鉱石という訳ではない。多くの人が集まる場所には様々な需要が生まれ、それを満たすためにまた人が集まってくる。
中心街の外れには、そんな需要に応じた品々を保管するための倉庫が集まって、複数の区画が倉庫で占められている場所が幾つもあった。
そういった倉庫の周辺では、表通りを外れてしまえば人通りも疎らで、そうそう衆目を集める事はない。
ティグとクリスが駆けつけたのは、そんな人気の無い倉庫街の裏通りだ。そして、二人が現場に到着した時、事は既に終局を迎えていた。
そこにあったのは直立不動で整列する4人の少年と、彼らに向けてこんこんと語りかける若い女性の姿である。
4人の少年の内一人にはやや着衣の乱れがあるものの、目だった外傷や痣なども見られず、盛大な荒事に発展する前に横入りがあったものと思われる。
そして、この事態を収めてくれたと思しき若い女性は、その格好から見るに町の住人ではなく、どうやら冒険者のようだった。
年の頃はコウトより少し若い位で、冒険者としては若手と言えるだろう。町中という事もあって軽装ではあるが腰には剣を携えており、その立ち居振る舞いには気張った所が見られない。印象だけで言えばコウトより腕が立ちそうな気がするほどだ。
長くも無い濃紺の頭髪はうなじの辺りでまとめられていて、さっぱりとした表情を見せる嫌味のない顔立ちは、日に焼けた肌の色と相まって快活そうな人柄を思わせる。
少年達の喧嘩をこの女性が止めてくれたのだろう。なんとなく状況を把握したティグが何か言うより早く、クリスが驚いた様子で声をあげていた。
「ミィムではないか!なんでここに!?」
「……クリス?」
名を呼ばれて振り返った女性もまた、クリスの姿を見て驚いたようである。
「あなたこそ、なんでこんな所にいるの?」
「所用でそこにおる友人を訪ねてきたのじゃ」
「友人って、この子の事?」
ミィムと呼ばれた女性は、着衣に乱れがある少年を差してクリスに確認する。
「うむ、訪ねて来た先で喧嘩と聞いて、慌ててのう」
話題に上った少年は、きまりが悪そうな顔をして俯きかげんで黙っている。そんな様子の少年に視線だけを向けながら、ミィムは状況を説明してくれた。
といっても、たまたま通りすがった所で喧嘩が始まったものだから、咄嗟に止めに入り、その後にお説教していたと言うだけの話らしい。
「ま、誰でも喧嘩くらいはするだろうし、その辺はうるさく言う気もないんだけど、
何で喧嘩になったのかって話しになると、どっちもだんまりになっちゃうのね」
ティグ達の知る限りでは、こちら側がしつこくつけ回したをしたせいで、相手も腹に据えかねたのだろうと推測できる。こちらが黙っている理由は分かるが、相手がその事を話さないのは、やはり何がしかの事情があるのだろうと勘ぐってしまう。
「ま、いいか。
なんだか、えらく長い事お説教しちゃってたみたいだし、これ以上は無駄かな。
もういいわ、あなた達帰っていいよ、解散解散」
ミィムがそう宣言すると、3人の少年達はちらりと互いに視線を交した後、こちらを見ようともせず、散るようにして別々の方向へ姿を消していった。
「どうしたの、君ももう行っていいよ。
それとも、友達が助けに来たから仕返ししようとでも思ってた?」
そんな事を言われて、残っていた少年は勢いよく頭を左右に振ったあと、所在なさそうにクリス達の方を見る。
「そういえば、クリスはその子に用事あって来たんだっけ」
「ああ、うむ、そうなのじゃが、まあ、喧嘩が終わったならそれでいいのじゃ。
他の皆も心配してるじゃろうし、顔を見せて安心させてやるとよい。
私達も後でいくからの」
クリスがそう言うと、残っていた少年は何か言おうと口を開いた後で、結局ミィムに一言だけ礼を言ってこの場を離れていくのだった。
少年を見送ってから、クリスがミィムの方へ向き直る。
「友人を助けてもらったようじゃ、改めて礼を言う」
「お礼なんて言われるほどの事はしてないよ、
喧嘩してる子がいればクリスだって止めるでしょ?
そんな事よりさ、そっちの彼、冒険者よね、ここらじゃ見かけた事ないけど」
「おお、そうじゃ、うっかりしておった、ティグは初対面じゃったの」
「ティグ……って、前に言ってた幼馴染の?
ティガウルド・ホグタスク、守備隊長オーグルド・ホグタスクの息子さん。
へー、あなたがねえ、
ふーん、
はーん、
ほほーん」
ミィムから容赦ない好奇の視線を向けられたティグは思わず後ずさってしまう。やや怯んだまま初対面の挨拶をするティグだったが、そんな事を気にする様子も無く、一通り納得のいくまで観察されてしまう。
「……うん、はじめまして、ティガウルド君。
私はミィム、一年ほど前からかな、この町で仕事してる冒険者。
クリスとは何度か一緒に仕事をした事があるの。
その時にあなたの事色々教えて貰って、というか、聞かされてた」
ニッと笑って見せた表情に、やはり嫌味な所はないのだが、代わりに興味本位といった色を隠す気も無い目がティグを捉えて放さない。
「クリスの贔屓目だと思って話半分で聞いてたけど、思ってたより強そうだわ。
盛られてたのは2、3割って所かな」
「どんな話か分かりませんが、まだまだ若輩者です」
「私は盛ってなどおらんがの」
二人の反応を面白そうに眺めたミィムは笑顔のまま頷いた。
「うん、いいわ、合格。
クリスの事、しっかり守ってあげなよ」
「は?ええ……それはまあ、はい……?」
何の話かいまいち解らないティグは、曖昧な返事しか返せない。それがどう取られたのだろうか、ミィムの笑顔が一転して訝しげな表情へと変化する。
「そこは虚勢でもいいから、自信たっぷりに二つ返事するところでしょ」
「いえ、守る事に異存はないですけど、話が見えなくてですね」
「こんな事言ってるけど、大丈夫なの、クリス?」
「な、なんの事かのう、うむ、そんな事よりじゃの!」
「いや、言ってたでしょ、想い合う二人が故あって離れ離れに~とか、
再会した暁には互いの燃えるような想いが~とか……」
「わー!わー!落ち着くのじゃ!
その辺りの話は、後日、日を改めてじゃな!
うむ、それがよいの!」
「ああ……そこら辺はかなり盛ってた訳ね。
けど、それを差し引いても唐変木な感じがするよ?」
「なんというか、すみません?」
自分の対応が責められている気がして、訳もわからないままに恐縮するティグだったが、それもまたミィムを呆れさせてしまったらしい。
「ほんとに心配になってきたけど、こんなのがいいの?」
「ま、まだ、ティグは子供じゃからの、時間が色々解決してくれるのじゃ!」
「そう言えばクリスより年下だったっけ……それでもなあ」
ティグの理解を置き去りにしたまま話をする二人を、半ば思考を放棄して眺めているしかできない。恐らくその辺りがミィムの気に障ったのだろうと自省する。
そして、自省はしてみても、挽回しようとしないのがティグという人物であった。
ティグがそんなダメさ加減を披露している内に、またも話題は変わっているらしい。
「にしても、ほんとに、さっきのあの子はよく解んないわ。
一人で三人相手に喧嘩ふっかけるって事もないでしょうに、
向こうに因縁つけられたとも言わなかったのよね」
「ほ、ほう、そうじゃったか」
「クリスは何か心当たり……ある訳ないか。
修行で忙しいだろうし」
「うむ、全然思い当たらんの!」
「君は、なにか知ってたりしない?」
「……いえ、何も」
「そう……ま、どうでもいっか。
私もそろそろ行くね、ちょっと長話し過ぎちゃった。
さっきの子にも、あんまり変な事しないよう言っておいてね」
「うむ、そうするのじゃ」
「ティガウルド君は、その内一緒に仕事でも出来たらいいわね。
その時はいい所、見せてくれるでしょ?」
「はい、ご縁があれば、是非」
その返事は及第点だっただろうか。
ミィムは一つ頷くと別れを惜しむ素振りも見せず、町の中心の方へと去っていった。
胸の内側に重くゴロリとした塊が根を張っている。それが悪いものだと感じるが、吐き出そうとした所で叶わない事は分かっていた。
失敗した、自分は失敗したのだ。
いさかいのあった現場から退散した少年は、一人で訪問者を待っていた。
他の子供達を落ち着かせてから解散させ、応援に駆けつけてくれた者には事の収束を伝えて元の持ち場に戻ってもらった。
思い返してみれば気持ちばかりが先行していたのが見えてくる。
なにも、今日のこの日に結果を出す必要はどこにもなかったはずなのだ。
他の仲間たちが遊び半分でこの作戦に挑んでいる姿に、少なからぬ苛立ちがあった。
しかし、そんな周りの姿勢をクリスは歓迎していたし、少年の意気込みにしても、もう少し肩の力を抜いて事に当たれと言われた事があった程だ。
その事にも不満があった。
それは、少年が周りの仲間たちより年長なせいもあっただろう。
周囲より少し大人社会に近い分だけ、町の抱える問題に触れる機会が多かったのだ。
だから、クリスが遠慮しているのだろうと考えてしまった。
事態はもっと深刻なのではないか。
もっと助力が必要なのではないか。
せめて自分だけは、真剣にこの作戦に取り組むのだ。
少年は持ち場を指揮するだけでなく、他の場所を受け持つ仲間からも話を聞いたり、独自に情報を集めるなどの行動をとるようになった。
少年のそんな想いは、一つの成果として結実する。
追跡対象達の行動に、少しずつ共通する点が見えてきたのである。
対象の追跡を始めるのは、自分の担当する範囲で姿を見かけた時だ。そのため、特定の誰か一人ではなく毎回違う相手を追跡する事になる。
当然の事ながら移動する道順は各々で異なっており、特別な動きをする事も無い。
だが、幾つもの情報をより合わせてみると、対象の移動する道順でよく重なる地点が町の各所にあるように思えてきたのだ。
今の所は確信に至る程の証拠もなく、推論の域を出ないといった程度の物ではあるのだが、それだけに他の仲間たちが気付いている様子もまた見受けられない。
そんな折に訪れたのが今日の話である。
少年の裁量で気になっている場所を受け持ち範囲にしてみると、普段より明らかに追跡の対象者を見かける頻度が増したのだ。
少年は何かを掴んだような気になっていた。
普段は指示を出すだけの所を、今日は自分が追跡役を買って出たりもした。
功名心は確かにあったが、決してそれだけが理由ではなかった。
しかし、それが言い訳にしかならないだろうと少年は考える。
今、ここに現れた二人に対して、弁解をしようとは思わない。
少年の前には、彼を含めた町の子供達の英雄と、一方ならない想いを寄せる少女が並んでいた。
「まったく、お主という奴は何をしておるんじゃ!」
「悪かった、俺のせいで……」
クリスの開口一番を、少年は慌てるでもなく受け止めていた。責められる覚悟は出来ていたのだろう。
「ケガはしておらんかの、なにか取られたり脅されたりは?」
「いや、あの女の人に止めて貰ったのがすぐだったから、大した事はなにも」
「そうか、よかったのじゃ。
でも、あまり無茶な事してくれるでない」
矢継ぎ早に浴びせた質問の答えを聞いて、ようやく一息ついたのだろう、クリスは少し落ち着きを取り戻したように見える。
「本当に悪かった、せっかく今まで慎重に作戦を進めてたのに」
「そんなのはどうでもいいのじゃ、解っておらんのか!ばか者め!」
寸前の落ち着きもどこへやら、一転してクリスは声を荒げる。憤慨して、というか、目元に小さな涙を浮かべていた。
その涙が意外であったのか、少年は明らかに動揺している。
横で眺めていた分だけ落ち着いてはいるティグだが、訳が解らない点は同じである。
「あ、えっと、これは」
少年が助けを求めるようにティグの方を見た。
混乱する気持ちは痛いほど解るのだが、そんな目を向けられてもティグにはどうしようもない。仕方がないので、とりあえずは目を逸らしてこの場を凌いだ。
「私がお主を、町の子供等を巻き込んだのじゃ。
危険があるかもしれんと解っていて、それでもやったのじゃ。
今日は相手が子供だけじゃったし、ミィムが助けもしてくれた。
けど、もしかしたら、もっと危ない目にあっていて、それでも助けがこなかったかもしれんのじゃ!」
なるほど、と合点のいったティグがちらりと少年の方に目を戻すと、こちらもクリスの心情を解したらしく、困ったような情けない顔になっていた。
ティグにしても、クリスがそこまで気に病んでいたとは気付けなかった訳で、少年と大差ない心境である。
「なんか、その、ごめん……なさい」
「……分かったなら、いいのじゃ。
ティグ、来て貰っておいてなんじゃが、この後の予定は全部中止じゃ」
「わかった」
「え、なんで」
「私は皆の所を回って、対象への尾行をやめるよう言って来るでの」
「そんな!失敗したのは俺だ、責任なら俺が!」
話の流れについてこられないのだろう、少年は慌てて抗弁めいた声をあげる。
それに応じるクリスは、言い聞かせるようにしながら、譲歩も容赦も一切無い言葉で切り返す。
「そんな話ではない、状況が変わったのじゃ。
さっきの3人はいずれも私の知らぬ顔じゃった、3人とも尾行対象であろう?」
「確かに、そうだったけど」
「これまでは見えなかった繋がりが、今日、ついさっき明らかになったのじゃ。
その上で相手を警戒させてしまった事は間違いない。
これ以上は危険は増えても、得るものは少ない、深入りは禁物であろ」
少年はぐうの音も出ないといった所なのだろう、俯いたままで固まっていた。
「……お主は、昔っから思い切った事をするからのう」
つぶやく様な言葉を聞いた少年は、はっとした様に顔を上げる。
「ティグ、私はもう行くのでの、話を聞いてコウトに伝えておいて欲しいのじゃ」
聞かせるつもりの無かった心情をぶつけてしまい、ばつが悪かったのだろうか。クリスはらしくもなく、逃げるように駆けていってしまった。
「……話を聞かせてもらえますか?」
「ああ、うん……そうだな」
ぼんやりとクリスの駆けて行った方を見ていた少年は、ティグに促されて事の顛末を語り始めた。
伝える事は整理してあったのだろう、出来る限り主観を省いて淡々と語られる内容は理解しやすいもので、年長者としての自覚と落ち着きが感じられた。
それだけに、功名心で先走ってしまったという少年が挙げた失敗の原因には、何か釈然としないものを感じてしまう。
感情を乗せず、というより覆い隠すようにして語られる騒動の一部始終に耳を預けながら、ティグはこの少年の心に思いを巡らせていた。
「他に何か、俺に聞くことはあるか?」
全て語り終えたのだろう、少しくたびれたようにも見える少年の問いだった。
「あなたは……」
なんで、そんな体もない質問をティグが思い止まったのは、ふと思考がかみ合ったからである。
「なんだよ」
多分この少年は、自分達が住むこの町を守りたかったのだろう。
ティグには分からなかった町の異変を前にして、クリスが子供達を巻き込んでしまったように、何もせずにはいられなかったのだ。
「いや、ただ、一言だけ言いたくて。
……ありがとう」
「なにがだよ……別に、どうでもいいけど」
ティグの言葉に面食らったあとで一瞬だけ困ったような顔を見せた少年は、くるりと背を向けてしまう。
自分の表情を見せないためか、ティグの顔を見ないためかは分からない。
「それだけなら、もう行くぞ。じゃあな」
振り返る素振りも無く離れていく少年の背に、これ以上かける言葉をティグは持っていなかった。
この町に何か事があったなら、ティグだって一も二も無く動くだろう。しかし、クリスやこの少年ほどに町を気にかけていたとは言い難い。
その代わりという訳では無いが、必死で動いてくれている相手に、自然と頭の下がる気持ちになったのである。
万事が順調と言える状況では無いにせよ、クリスやあの少年が自分達に出来る限りの尽力をする姿勢に触れられた事は、ティグの思わぬ気分転換になったようであった。
この日からほどなくして、ティグは銘刀・泰山を打ち上げ、
オルベアの町は災禍にみまわれる。




