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3-2-20 女王の秘密4

アリアはカフェの一番奥の席に座り、通りを眺めながらカップの縁を指でなぞっていた。

先ほどまで温かかった紅茶はすっかり冷め、薄く立っていた湯気もとうに消えている。

その静まり返ったカップの中身は、まるで彼女の胸中を映すように重苦しい沈黙を湛えていた。


ここ最近、アーゼラにまつわる調査は完全に壁に突き当たっていた。

遺品の中に何か重要な手掛かりがあるのではないかと期待していたが、見つかったものはどれも断片的で、核心に至るものは何一つなかった。

情報はある。だがそれらは互いに繋がらず、答えに届く道筋を示してくれない。


「何かが隠されているはず……」


アリアは小さく呟き、指先でカップを一度だけ回した。


アーゼラが残した唯一の奇妙な品──黒い手帳。

そこには断片的なメモと、古代の符号にも似た不可解な記述が散りばめられていた。


それを読み解くためにアリアが選んだのは、レガシー魔法の専門家。

限られた者だけがその名を知る奇才であり、学術界でも半ば伝説のように語られる女性だった。

彼女に助言を得て窮地を救われたという妹の伝手を使い、ようやく接触することに成功したのである。


街外れにあるこのカフェは、周囲の喧騒からわずかに離れた場所にあり、静かな時間が流れていた。

客の数も少なく、奥の席に座っていれば会話が他人に聞かれる心配もほとんどない。

まるで誰にも邪魔されない隠れ家のような場所だった。


アリアは席で静かに待ちながら、何度も頭の中で質問を整理し直した。

手帳のこと。アーゼラの研究。闇の女王との繋がり。

聞くべきことは山ほどあるのに、いざ口に出すとなると順序が定まらない。


やがて、約束の時間から少し遅れてカフェのドアが軽やかに開いた。


入ってきたのは、黒い長髪を無造作に束ねた痩身の女性だった。

トンガリ帽子と身軽なコートを纏い、その瞳は静かに周囲を見渡している。

一見すれば落ち着いた旅人風の佇まいだが、その視線の鋭さにはどこか猛禽のような鋭利さが宿っていた。

誰の目にも、ただ者ではない雰囲気が伝わってくる。


そしてアリアにとっては、その異様さこそが信頼の証でもあった。


「お待たせ。私を呼び出すなんて、なかなか度胸があるわね」


アリスティア・レイヴンは、扉の横で一瞬こちらを伺うように立ち止まったあと、ゆっくりとアリアの席へ歩み寄った。

軽く椅子を引き、向かいに腰を下ろすと、まるで旧知の仲のように落ち着いた表情を浮かべる。


「あなたはアリエスタ・ヴェリルライトね。アリアって呼ぶわよ?

それで、何のご用かしら?」


アリアは短く息を整え、バッグから黒い手帳を取り出してテーブルの上に置いた。

その瞬間、アリスティアの瞳が鋭く細まり、視線が瞬時に手帳へ向けられる。

興味深そうに眉をわずかに上げた。


「アーゼラ様の遺品の一部です。

私は彼女が何かを残そうとしていたと考えています。そして、それがレガシー魔法に関係しているのではないかと」


アリスティアは言葉を挟まず、手帳を手に取った。

ゆっくりとページをめくり、符号や走り書きされたメモを確かめるように視線を走らせる。

その間、彼女は何度か小さく頷いた。


アリアはその様子を黙って見守っていたが、ふと気付く。

符号を追うアリスティアの指先が、わずかに震えていることに。


冷静さを崩さない人物と聞いていただけに、その小さな変化は妙に不気味だった。


「これまでの状況をすべて教えて」


アリスティアは手帳から目を離さないまま、真剣な口調でそう言った。

その声には、どこか命令にも似た確かな強さがあった。


アリアはここに至るまでの経緯を簡潔に語り始めた。

アーゼラと闇の女王の繋がりを疑ったこと。

その手掛かりを求めて遺品の調査に奔走していること。

不可解な出来事の数々の背後に、レガシー魔法が関わっている可能性があると考えていること。


そして、その謎を解くために協力を仰ぎたいと。


話をすべて聞き終えた後、アリスティアは静かに手帳を閉じた。

指先でテーブルを軽く叩きながら、ゆっくりと口元に不敵な笑みを浮かべる。


「面白いわね。確かに、この手帳にはレガシー魔法の痕跡があるわ。

アーゼラはただの天才ではない──」


彼女は一度言葉を切り、わずかに目を細めた。


「彼女は真実を掴むために、何かとてつもなく危険な領域に足を踏み入れた可能性が高い」


アリアは思わず身を乗り出した。

アリスティアの言葉には、単なる推測以上の確信が感じられたからだ。


「それで、私に何をして欲しいの?

ただの相談相手じゃなくて、力を貸して欲しいんでしょ?」


彼女は薄く笑みを浮かべ、挑発するような目つきでアリアを見つめる。


「遠回しなお願いは嫌いよ。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」


アリアは一瞬だけ言葉を探したが、すぐに覚悟を決めたように頷いた。


「先生の力が必要です。

私では、レガシー魔法を完全に解き明かすことができない。ですが、協力していただけるなら──この謎を一緒に解き明かせるはずです」


アリスティアはその言葉を聞くと、満足げに口元を歪めた。


「いいわ。アーゼラが残したもの、その答えを見つける旅に付き合ってあげる」


そう言いながら彼女はコーヒーを一口含み、どこか楽しげに微笑んだ。

彼女にとって、この協力はただの仕事ではない。未知の謎に挑む、一つの刺激的な探求でもあった。


アリアもまた、胸の奥にわずかな希望を感じていた。

アリスティア・レイヴンという稀代の魔法研究者が味方に加わることで、アーゼラが残した謎にようやく光が差し始める。


長い探索の終わりは見えない。

だがアリアは今、確かに新たな一歩を踏み出そうとしていた。


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