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3-1-24 アリアの願い

王宮の一角にある広大な制御室では、魔法配信用の中継カメラ映像が次々と映し出されていた。壁一面に並ぶ無数のスクリーンに広がるのは、戦場の荒涼とした風景。


アリアはその光景を無言で見つめながら、疲れのにじむ目を指先でそっと押さえた。肩には職務の重圧と、日ごとに蓄積していく精神的な疲労が重くのしかかっている。


王宮から戦地まで、報道部の魔法使いたちが定間隔に配置され、想起魔法を用いて映像を次の中継地点へと送り続けていた。目に見えない魔力の連鎖が、かろうじて前線と王都を結びつけている。

その仕組みを思い浮かべるたび、アリアはいつも同じことを考える。


(もっと遠くまで、もっと簡単に映像を届けられればいいのに……)


この技術を支える魔法使いたちは、休む間もなく働き続けている。とりわけ前線で映像を撮影する“戦場魔法カメラマン”たちは命懸けだった。カメラ用ドローンの操縦と魔法の維持を同時にこなすことで、辛うじて前線の状況が後方へ伝えられる。

しかしその負担と危険は計り知れず、ほんのわずかな判断の遅れが命取りになる。何人もの優秀なカメラマンが帰らぬ人となったことを、アリアは記録で知っていた。


「次の映像を再生して」


抑えた声に応じ、画面が切り替わる。映し出された異様な光景に、彼女は思わず息を詰めた。


兵士たちは戦うどころか逃げ惑い、煙の立ちこめる荒野で次々に姿を消していく。魔獣、不死の兵士、そして空を舞う悪魔──人間の理解を超えた脅威が跋扈し、秩序という言葉そのものが踏み潰されていた。


通常の戦闘ではない。王国の歴史書にも記されていない、まさしく地獄絵図だった。


(これが、帝国と闇の女王の戦い……)


映像が最後まで流れ切ると、アリアは画面を見つめたまま、重い息を吐いた。


「……ダメだな。配信には使えん」


上司の低い声が制御室に落ちる。王国の公式発表用映像から今回の映像は除外すると告げられ、アリアは眉をひそめた。想定内の判断ではあったが、納得できるものではない。


「結局、また事実を隠すんですね……」


声は抑えていたが、わずかな震えが自分でも分かった。

制御室の空気が一瞬だけ張り詰める。周囲の魔法使いたちは視線を落とし、誰も口を開こうとしない。


それが、アリアにできる精一杯の抵抗だった。

職務を逸脱しない範囲で、しかし黙認もしないという、ぎりぎりの線。


上司はしばらく画面を見つめたまま動かなかった。

映し出された炎と煙が、彼の瞳にちらつく。


やがて、低く息を吐く。


「上の方針だ」


短い言葉だった。だがそこには、命令の重みと、どうにもならない現実への諦観が滲んでいる。


上司は苦い顔のまま、肩越しに一度だけ振り返る。「消しておけ」と言うと、そのまま制御室を出ていった。


制御室の扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

残されたのは、魔力の低い唸りと、燃え続ける戦場の映像だけだった。


アリアはしばらく動かなかった。

揺らめく炎の向こうで、兵士が倒れる。画面の端で黒い影が空を裂く。


ゆっくりと、息を吸う。


(この映像を見せれば、きっとみんな気づくはずよ。このままでは国が滅ぶかもしれないと──それでも、消すの?)


問いかける相手は、もういない。

残っているのは、実行権限を持つ自分だけだった。


指先に魔力を集める。

承認されなかった映像は、すべて削除しなければならない。


一瞬だけ、ためらいが走る。

この記録は、今起きている惨劇の証拠だ。


だが次の瞬間、彼女は目を伏せた。


「……記録番号七二九、公式配信対象外。副本も含め、全削除」


低く、事務的な声。


指先から放たれた淡い光が画面を包み込む。

炎も、煙も、逃げ惑う兵士の姿も、ゆっくりと色を失っていく。


まるで霧が朝日に溶けるように、映像は儚く崩れ、光の粒となって宙へ散った。

最後に残ったのは、白い余光だけ。


それもやがて消え、スクリーンは無機質な黒に戻る。制御室は、何事もなかったかのように静まり返った。


アリアはしばらくその黒い画面を見つめていた。

胸の奥に、小さな空洞が残る。


消したのは映像だ。

だが、何か別のものも、確かに削り取られた気がした。


彼女はゆっくりと手を下ろす。

震えは、誰にも見られていない。


黒船騒動の時もそうだった。王国は常に危機を矮小化し、国民の視線を現実から逸らそうとする。

混乱を避けるという名目のもと、不都合な情報は伏せられ、人々は真実を知らぬまま噂と憶測に翻弄される。


帝国との戦いは激化の一途をたどり、さらに闇の女王の勢力が動き始めている。どちらが勝とうとも、王国が無傷でいられるとは思えない。それほどまでに、国は追い詰められているというのに。


「もう、時間がない……」


アリアは目元をこすり、滲みかけた視界を無理に整えた。しかし胸の奥に渦巻く焦燥は消えない。

このままでは手遅れになる──その予感だけが、確かな重みをもって居座っていた。


それでも、自分に何ができるのかと問えば、答えは見つからない。王国の決定を覆す権限も、戦局を左右する力も、今の彼女にはない。

できることは、こうして映像を確認し、記録し、報告することだけだった。


(私はただ、見届けるしかないの……?)


無力感が胸を締めつける。だが、それでもひとつだけ、消えずに残る光がある。


「……サーラ」


妹の名を小さくつぶやき、アリアは息を整えた。自分には何もできない。けれど、せめて無事でいてほしい。それだけが今の彼女の切実な願いだった。


机上の書類を整え、ゆっくりと立ち上がる。制御室を出る前に窓辺へ歩み寄り、夜空に瞬く星々を見上げる。遠く離れた空の下にいるはずの妹を思い浮かべながら、胸の内で静かに祈った。


(どうか、サーラの旅路が無事でありますように……)


闇の女王と帝国の脅威が迫る中、アリアに戦局を変える力はない。だが、どこかでサーラが、この危機を打開する一手を見つけてくれるかもしれないという予感だけは、消えなかった。


「サーラ……あなたなら、きっと」


自らの無力さに押し潰されそうになりながらも、アリアはそのかすかな希望にすがる。妹の強さを誰よりも知る姉だからこそ抱ける、危うくも確かな信頼だった。


焦燥を胸に抱えたまま、それでも願いを手放さず、アリアは静かに歩き出した。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

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