3-1-18 二人の絆
夜は更け、家の中は深い静寂に包まれていた。
サーラは自室のベッドに横たわり、窓の外に浮かぶ月をぼんやりと眺めている。遠い屋根の向こうを渡る風が、低く細く鳴いていた。
遠征に向けた準備は着実に整いつつあるが、その一方で、彼女の胸中は不安と期待が入り混じって落ち着かなかった。
自分が決めたパーティー編成は本当に最善だったのか──その問いが、何度も思考の奥から浮かび上がってくる。
枕元の机に置かれた魔法通話機が、かすかな光を灯し、小さな音を立てた。
「サーラ、起きてる?」
通話機から、シェリーの柔らかな声が漏れる。
サーラは少し驚きながらも手を伸ばし、装置をそっと耳元へ寄せた。
「シェリー?どうしたの、こんな時間に」
「なんとなく、話したくなって。あなた、まだ起きてる気がしてたの」
思わずサーラの口元が緩む。シェリーには、自分の状態がいつも見透かされている気がする。
「うん……少し考え事をしてて、眠れなくて」
「やっぱりね。私もなんだか落ち着かなくて。少し話さない?」
その提案に頷きながら、サーラは布団の中で体を丸め、通話機を握りしめた。何気ない会話が、いつの間にか心を軽くしてくれることを、彼女はよく知っている。
二人はしばらく、取り留めのない話を続けた。旅支度の細かなこと、最近あった小さな出来事、仲間たちの様子。穏やかなやり取りの中で緊張は少しずつほどけていく。
やがて、シェリーはわずかに声を落とした。
「ねえ、サーラ。私たち、どうして別々のパーティーにしたんだっけ?」
その問いに、サーラは一瞬息を呑む。
ああ、これが本題だったのだと直感する。
しかし、その声音に非難はない。ただ純粋な確認だった。それでも、胸の奥に残っていた迷いが静かに揺れる。
「それは……」サーラは慎重に言葉を選ぶ。「シェリーの《双魚の鏡》は、レイラやエヴァ、ルナと相性がいいと思ったの。あの三人には、あなたの力が必要だと判断した」
「ふふ、あなたらしいね」
シェリーはやわらかく笑った。
「いつも自分より、周りを優先するんだから」
「でも、本当にこれでよかったのかは……まだ少し不安で」
小さな迷いが声に滲む。
それを受け止めるように、シェリーは静かに続けた。
「正直に言えば、最初は少し寂しかった。
でもね、レイラやエヴァ、ルナと一緒にいると、不思議と自然に息が合うの。だから、あなたの判断は間違ってないと思う」
その言葉に、サーラの胸の重みがわずかに軽くなる。
「そう言ってもらえると、救われるよ。……本当はね、前にルルヴィナへ行ったとき、出会った子たちを見て、あなたに会いたくなったことがあって」
「私に?」
「どこか似ていたんだ。無邪気で優しくて、一緒にいると自然と笑ってしまうところが」
少し照れくさそうに続ける。
「それを見ていたら、あなたの声が聞きたくなった」
通話機の向こうで、シェリーが小さく笑う。
「嬉しいな。待っている間、私も落ち着かなくて……ちょっとだけ、心細かったんだ。
でも、別々のパーティーでも大丈夫よ。遠く離れても、心は繋がってるんだから」
その言葉に、サーラは静かに頷いた。
「うん……きっと大丈夫だよね」
「予知じゃなくて、ただの予感だけど。今回の旅は、きっとうまくいく」
不思議と、その言葉には魔法以上の確信が宿っているように感じられた。
やがて話はまた穏やかな雑談へと戻り、気づけば時間はあっという間に過ぎている。サーラは、こうして声を交わせることの心強さを改めて噛みしめた。
「こうして、いつでも話せるのっていいね」
「本当ね。旅先でも、もっと簡単に声が届いたらいいのに」
その何気ない一言が、サーラの胸に小さな火を灯す。
遠く離れていても、誰もが言葉を交わせる仕組みがあれば──
それは旅を、そして世界を、少しだけ変えられるのではないか。
(王国の外でも、もっと簡単に通信できる方法があったら……)
まだ形にもならない発想だったが、その種は確かに心に蒔かれた。
「そろそろ寝ないとね。明日も早いでしょう?」
「そうだね。シェリーもちゃんと休んで」
「お互い頑張ろうね」
「うん。ありがとう。おやすみ」
通話機の受話器をそっと戻し、月明かりに淡く照らされた天井を見つめながら、サーラは静かに目を閉じた。
(大丈夫。きっと、うまくいく)
迷いは完全には消えていない。それでも、確かな支えがあると分かっただけで、胸はずいぶん軽い。
遠い未来への決意と、仲間との絆を胸に抱いたまま、サーラはゆっくりと眠りへ落ちていった。
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