第84話 拳と拳
轟音。
衝突した二つのエネルギーは海面を大きくへこませ、その反動で巨大な水柱を噴き上げた。
「円陣」が彼らを取り囲む。
「ぬうっ!」
「おらあああっ!」
拳と拳。
ただ、それだけだった。
南柾樹とグラウコン。
両者の拳同士が真正面からぶつかり合っている。
刹那の均衡も与えないように。
「ぐ――っ!?」
弾き飛ばされたのは柾樹のほうだった。
海面すれすれを砲弾のように飛び、水を何度も跳ね上げる。
「――っ、があっ!」
その衝撃を利用し、強引に身をひねった。
足もとから海面へ「着弾」する。
しかし、それでも止まらない。
「おっ、おっ、お――っ!?」
両脚で水を割りながら、数十メートルも後退した。
そうして勢いはようやくそがれてくる。
「……っ、ふぅ」
柾樹は両腕をグイグイと回した。
全身に軋むような激痛が走っている。
「冗談だろ、おい?」
柾樹は手を返して吐息した。
「何がだ?」
グラウコンは最初の場所からほとんど動いていなかった。
両腕を組み、悠然と浮かんでいる。
「俺のフルパワーが、まったく通じねぇなんてさ」
「ほざけ柾樹、顔が笑っているぞ?」
「だってよぉ、最高に楽しいじゃねぇか? これほどのタイマンは生まれて初めてってくらいによぉ」
「そうかそうか、それは実に光栄だな」
「あんた素敵すぎんぜ? グラウコンさんよおおおおおっ」
「で、どうするかね? まだ続けるか?」
「わかってるクセに、ボケるにゃあまだ早いんでないかい?」
「おまえこそとんだタヌキだな、柾樹よ?」
「じゃあ、引き続き行きますぜ、先輩?」
「どこからでもかかってこい……!」
「ふん――っ!」
海面が爆発する。
間合いが一気に詰まった。
左――!
グラウコンがかわす。
右――!
受け流される。
すかさず肘――!
首をかしげただけで避けられた。
「甘い――!」
「ぐあっ!」
腹に膝がめり込む。
柾樹の体がくの字に曲がった。
その後頭部を魔人の両手がつかむ。
「ふん――っ!」
そのまま真下へ投げ落とされる。
アイスピックを差し込んだような亀裂が海面に入った。
柾樹の体は海の奥深く沈んでいく。
「柾樹!」
はなれたところからウツロが声をかけた。
「おやおや、よそ見をしている場合ですか、ウツロ・ボーイ?」
ディオティマがファントム・デバイスの「帯」で行く手をさえぎる。
毒虫の戦士は歯噛みした。
「お友達のことが心配ですか? ふふっ、その心配なら、ご自分にしたらよろしいのでは?」
ニヤリ、ウツロは笑った。
「あれあれ、何がおかしいのですか?」
魔女は怪訝な顔をする。
「いや、お二人ともまるでわかっていらっしゃらないと思いまして」
「ほう、何をです?」
「彼を、南柾樹という男をですよ」
「はっ、何を言うかと思えば。たいそうな喧嘩自慢とはいえ、あんな素人格闘技に古代ギリシャ最強の男が負けるとでも?」
「それですよディオティマ、そのおごりがあなた方を敗北させるのです。皮肉にもではありますが」
「聞き捨てなりませんねぇ、その自信はいったいどこからわいてくるのやら。それともウツロ・ボーイ、わたしがずいぶん頭をいじくったせいで、すでに脳みそが残念なことにでもなっているのでしょうか?」
「あなたはその古臭い考え方をいいかげんアップデートしたほうがよろしい」
「言わせておけば……」
「ご覧なさい」
「……」
その光景に、古代ギリシャの魔女は戦慄した。




