第二百十四話 準決勝に向けて
レースを終えた晴翔達は、再びトラック中央の待機場所に戻って来る。
予選突破を喜び合っている間に、第二レースの準備は進んでいて待機場所に戻って来る頃には、グラウンドは応援と実況の熱気に包まれていた。
綾香を熱烈に実況して女子生徒にその役目を奪われた放送委員は、どうやら再び実況役に返り咲くことができたようだ。
「第二レースはE組が一位か?」
友哉がレースの状況を眺めながら言う。
「かもな」
晴翔はバトンがアンカーに渡るのを見詰めながら答える。そこに、一年生達の待機場所にいた雫がやって来た。
「先輩方、予選突破おめおめです」
「ありがとう。雫も予選突破おめでとう」
晴翔がお礼を返すと、彼女は「ふむ」と小さく頷き、その視線を綾香へと向けた。
「アヤ先輩も凄まじかったです。まさかライバルではなく実況者を蹴落とすとは。まさに無差別攻撃」
「え? 実況って途中から変わってたの?」
レースに集中していて、実況が男子生徒から女子生徒に変わったことにまったく気が付いていなかったようだ。
綾香がポカンとした表情で隣の咲に確認の視線を向けるが、咲もレースに集中していて気付いていなかったらしい。
「私も気が付かなかったな」
「ふむ、まぁアヤ先輩は絶対に表彰台に乗らないといけないですからね。周りなど気にせずにレースに全集中です」
「うん。そうだね」
無表情でガッツポーズを向けてくる雫に、綾香も一緒にガッツポーズをする。
やる気を燃やす二人に、咲は珍しく気楽な発言をする。
「ま、さっきみたいなレースができれば、表彰台も十分狙えると思うのよね。ね、友哉」
咲はポンと軽く友哉の背中を叩く。
予選で上手くバトンパスでき、それがレースの勝利に繋がったことがかなり嬉しかったようで、先程から咲は上機嫌である。
「え? お、おう!」
対する友哉は、ワンテンポ反応が遅れてからぎこちなく頷く。
「準決勝も決勝もぶっちぎりの一位を狙うぜ!」
「さすがにそこまでは無理だろうけどね。やる気が高いに越したことはないわ」
「咲からのご褒美をモチベに全力疾走だ!」
「ご褒美じゃないって言ってるでしょ!」
二人の会話を少し離れた所で雫が興味深そうに眺めている。
「恋が始まる三分前です。いや、もう始まったと見るべきか。ふむふむ」
ボソッと呟く彼女の言葉を聞いた晴翔が呆れた顔を浮かべる。
「あんまりちょっかい出すなよ? 怒られるぞ?」
「ふふふ、咲先輩は私を怒れません」
妙に自信満々な雫に晴翔は首を傾げる。
しかし、彼女に質問する前に三年生の予選が始まり、晴翔の意識はそちらに向かう。
三年生達は、最後の体育祭ということで一年生や二年生とは一段違った盛り上がりを見せている。
リレーを走っている選手はもちろん、応援するクラスメイト達にもかなり熱が入っていた。
そんな中、晴翔に『絶対に表彰台に乗る』と宣言していた皆藤先輩率いる三年A組は危なげなく予選を突破していた。
晴翔がチームと喜び合っている皆藤の姿を遠目に見ていると、友哉がそばに寄ってきて小さな声で言う。
「取り敢えず作戦は順調に進んでるな」
「そうだな。次は準決勝だ」
「そういえば、表彰台の上でなんて言うかもう決めてるのか?」
「それは……まだはっきりとは決めてない」
皆藤の告白に対して、晴翔はどうやって『迷惑だから止めろ』と怒るか決めかねていた。
「皆藤先輩が嫌な人だったら簡単だったんだけどな……」
「まぁ、普通にいい先輩だよな」
「そんな先輩に怒るのは良心が痛む」
綾香への告白がイベント化している現状を打破するために、恥をかくのを承知で協力してくれる。
本人は「自分の未練を断ち切るため」と言ってはいるが、晴翔はそれで「では遠慮なく」と切り替えることができない。
「まぁ、取り敢えず今は準決勝を突破することに集中するよ。表彰台に上がれなかったら、皆藤先輩に顔向けできないしな」
「準決もパス太郎全開だぜ」
「そういえば、咲とのバトンパス。完璧だったな」
「お、おう! あたりめぇよ! 俺と咲の友情の賜物だぜ!」
晴翔がバトンパスを褒めると、友哉は一瞬動揺したように言葉を詰まらせたが、すぐにいつものように調子のいい言葉を口にする。
「そうか、頼りにしてる」
「任せとけ!」
晴翔は試合前に余計なことを言ってメンタルが崩れるのは良くないと思い、敢えて親友の反応をスルーした。
男女混合リレーの予選が終了すると、次に三段跳びの競技が始まる。
リレーの準決勝はこの競技を挟んでから行われる。
予選を突破したチームは、三段跳びが行われている間、グラウンドの端で軽くウォーミングアップをしたりして準決勝に備える。
晴翔達もゆっくりと走ったりして備えていると、体育委員が準決勝の組分けを知らせにやってきた。
「2年C組は第一レースです。もう少ししたらトラック中央の待機場所に移動しておいてください」
要件を伝えて体育委員が去った後、真剣な表情で綾香が口を開く。
「2位までに入れば決勝進出だよね」
「そうだね。でも一応そこで負けても、タイムが1組目と2組目の敗者の中で2番目までに入っていれば、ワイルドカード枠で決勝に行けるよ」
晴翔が確認も兼ねて説明すると、咲が少し揶揄うように友哉の方を向く。
「ワイルドカードが格好良いからって、わざと手を抜いたりしないでよ?」
「大丈夫! 準決もバシッと決めるぜ!」
友哉は普段よりも明るい声で答える。
そこに雫が自分のチームを引き連れて再びやって来た。
「先輩方、どうやら準決勝では私たちと同じ組のようですね」
そう言うと彼女はビシッと人差し指を突き付けてくる。
「手加減はしませんよ! 一年B組の超絶ウルトラな実力を見せつけてやります!」
「はいはい。いちいち、ちょっかいかけに行かなくていいから」
同じチームの前田が雫の人差し指を掴んで引き寄せる。
「む、勝負はレースの前からすでに始まってます。メンタルよわよわアヤ先輩が狙い目です」
「よわよわじゃないから!」
雫のイジリにすかさず反応する綾香。
「もう、そんなこと言って。雫ちゃんはいつもアヤ先輩、アヤ先輩って、どんだけ好きなのよ先輩のこと」
呆れ顔で言う前田に、雫の無表情がピクッと揺れる。
それを見て、綾香の表情が嬉しそうに緩んだ。
「え? 雫ちゃん、いつも私の話をしてるの?」
「……別に、アヤ先輩のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんですから」
雫は「ふんっ」と踵を返すと、チームメイトと一緒に立ち去って行った。
その後ろ姿を見ながら、友哉が苦笑を浮かべる。
「見事なツンデレだな」
「ネタでやってるのか、本音なのか。それが分からないのが雫の厄介なところだよな」
晴翔も友哉と同じように苦笑を浮かべた。
その後、三段跳びが終わり混合リレーの準決勝が始まる。
第一レースの晴翔達は早速体育委員に誘導されて、それぞれのスタート位置に移動した。
予選で一回走っているため、緊張は少し解れているが、同時に決勝に勝ち進まなければというプレッシャーも大きくなっている。
晴翔は普段よりも速くなっている鼓動を抑えるように、右手を胸に当てて深呼吸をする。
『さぁ! 予選を勝ち抜いてきた猛者達が激突する男女混合リレー準決勝ですっ!』
準決勝開始を告げるアナウンスが響くと、それに呼応するようにワーッと歓声が湧き上がった。
『準決勝は第一レースと第二レース、ともに6組ずつでの勝負となります! 決勝に勝ち上がれるのはそれぞれの組の上位二チーム! そしてワイルドカード枠の二チームの合計6チーム!』
場を盛り上げるように熱を込めたアナウンスをしている放送委員。
クラスメイト達が待機しているテントからも大きな声援が休むことなく飛び交い、グラウンド内は熱気に包まれる。
『決勝に駒を進めるチームは一体どこなのか! 第一レースの開始ですッ!』
勢いあるアナウンスに焚き付けられたかのように、「いけ―ッ!」「ぶちかませーっ!」といった応援が選手達に掛けられる。
そんな中で、第一走者の選手達がスタートの準備を始めた。
晴翔は第四走者のスタート位置から、スターティングブロックの調整をしている咲の背中を見詰める。
予選では見事な走りを見せ、いい感じに緊張が逸れていたから、このレースでもきっと有利な状態でバトンを繋いでくれるはず。
頼もしい第一走者を眺めていると、隣のレーンにいる雫が腕を組んで口を開く。
「私達の第一走である吉田くんは手強いですよ?」
「生粋のスプリンターなんだっけ?」
「いえ、それは山本くんです」
「ん? 山本くんはランシュー大好きだろ?」
「……そういえばそうでした」
晴翔の指摘に、雫は顎に手を当てて一瞬黙り、その後に「間違えました。てへペろです」と拳でコツンと頭を軽く叩く。
無表情にミスマッチな仕草をしている彼女に、晴翔は「適当だな」と苦笑する。
その時、トラックに「on your marks」の号令がかかった。
去年は普通に「位置について」だったが今年から英語に変わっている。『ワイルドカード枠』といい『on your marks』といい、今年の体育祭を運営する生徒会には、呼称にこだわりのある人がいるのかもしれない。
そんなことを考えながら、晴翔は「set」の号令でスターティングブロックに足を乗せる咲を見つめる。
いよいよ始まる準決勝。
晴翔は心を落ち着かせるように深呼吸をした。
そして、スタートの号砲がトラックに響く。
大歓声に押し出されるように、咲が一気に飛び出した。




