第二百四話 告白ラッシュ
午前中の授業が終了し、昼休みが訪れる。
「先輩方、私、襲来です。中庭に行きましょう」
弁当袋を片手に持ち、雫が晴翔達の教室までやって来る。
天気の良い日は、中庭でお昼を過ごすのが定着してきている。
「腹減った~、ハルの今日の弁当、おかずは何だ?」
「なんで俺の弁当の中身を聞くんだ? あげないぞ?」
「俺が餓死してもいいのかよ」
「早弁して自分の昼飯も食べて、それで餓死とか、お前はどんだけ燃費が悪いんだよ」
毎回晴翔の弁当を狙う友哉の姿に、咲が呆れ顔で提案する。
「お弁当を二つ持ってきたらいいんじゃない?」
「母さんにお願いしたら、即行で却下された」
「もうお願い済みだったのね」
呆れて笑う咲に、雫は友哉と咲を交互に見てからポンと手を叩く。
「咲先輩がトモ先輩のお弁当を作ってあげればいいです」
「無表情でとんでもないことを言うわね」
「いえいえ、それほどでも」
無表情のまま謙遜する雫。
咲は「褒めてないから」とテンプレな返しをする。
そこに、少し遅れてやってきた綾香が弁当袋を片手に晴翔達の元に駆け寄る。
「ごめんね。板書に時間かかっちゃって」
雫はやれやれと肩をすくめ「アヤ先輩はしょうがない人ですね」と、その無表情を今度は綾香に向けた。
「ハル先輩とのオタノシミを思い出してグヘヘェとか妄想してるから、授業についていけなくなるんですよ?」
「違うからっ! そんな妄想してませんっ!」
「じゃあどんな妄想を? もっとえっちぃやつですか?」
「えっちぃくありません! そもそも妄想をしてません!」
いつも通りワイワイと騒ぎながら、晴翔達は青空の下に出る。
定位置となりつつある、中庭のベンチへと向かおうとした時、三人ほどの男子が晴翔達の前に現れた。
「あ、あのさ」
遠慮がちに声をかけてきた男子に、友哉が返事をする。
「ん? どうしたんだ?」
「その、俺たち東條さんに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「うん」
頷いて綾香を見る男子達。
視線を向けられた彼女は「なんだろう?」と首を傾げている。
「その……俺! 東條さんが好きでしたっ!」
「へっ!?」
「俺も! ずっと前から好きでした!」
「僕もです! 一目見た瞬間から大好きでした!」
突然思いの丈を叫びだす男子達に、綾香は驚きで目を丸くする。
「正直、彼氏ができたことはショックです。でも、この告白を区切りに、東條さんを応援したいと思います!」
「大槻! 東條さんを幸せにしろよ!」
伝えたいことを言い終えた男子たちは、すっきりした顔で「じゃあ」と立ち去った。
一方で、綾香はポカーンとした表情で立ち尽くしている。
「綾香?」
晴翔が気遣うように彼女の名前を呼ぶと、綾香ははっと我に返る。
「だ、大丈夫だよ。驚いたけど」
「昨日に続き、今日もか。綾香は本当にモテモテね」
咲が感心の眼差しで言うと、綾香は苦笑を浮かべる。
「でも、今は晴翔がいるからね」
「まぁ、さっきの男子達も昨日の男子も、気持ちに区切りをつけるためって言ってたしね」
二人の会話に雫が無表情ながらも、僅かに眉間に皴を寄せる。
「告白して気持ちに区切り……解せません」
雫は、立ち去って行った男子達の背中を睨む。
「告白されたアヤ先輩の迷惑を無視してます。それで自分の気持ちに区切りとは、女々しい奴らです」
彼女なりに思うところがあるのか、雫は口をへの字に曲げている。
辛辣な言葉を口にしている彼女に、友哉が笑いながら男子達を擁護する言葉を口にする。
「まぁまぁ、それだけみんな、綾香への想いが強かったってことだろ?」
「なら何も言わずに応援すればいいんです。本当にアヤ先輩を想っているのなら、そうするべきです」
珍しく不機嫌な雫は「それよりも」と晴翔へと視線を向ける。
「ハル先輩はいいんですか? 他の男が言い寄ってるんですよ? アヤ先輩はもう嫁ですよ? 妻です。wifeなんですよ?」
「良くはないけど、気持ちに区切りをつけるためなら……」
「ふんっ」
納得がいかないのか、雫は鼻を鳴らすとズシズシと中庭のベンチに向かう。
「さっき告白してきた先輩方を堂島道場に入会させてやりたいです」
雫は荒々しく弁当を取り出しながら「根性を叩き直してやります」と呟く。
荒ぶる彼女の様子に、晴翔達は苦笑を浮かべながら、一緒にお昼を過ごした。
お昼も過ぎ去り午後の授業も終え、晴翔達は混合リレーの練習のために放課後のグラウンドへと向かう。
今日は雫達もリレーの練習を行うようで、クラスメイト達と一緒にグランドへ来ていた。
「おや、先輩方は今日も練習ですか? 熱心ですね」
軽く揶揄うように絡んできた雫に、晴翔も揶揄いで返す。
「雫は随分余裕そうだな。練習を疎かにすると本番でビリになるぞ?」
「問題ナッシングです。私たちのチームには生粋のスプリンターである吉田・ウセイン・ボルドー・圭太と、ランシュー大好き山本君がいるので」
「ちょっと堂島さん!? 俺のその設定まだ活きてたの!?」
「俺も本山なんですけど!? しかもランシュー大好きってそれ足の速さ関係なくねっ!?」
雫は二人の反応を華麗にスルーして、もう一人のチームメイトである女子も紹介する。
「前田さんは、世界陸上の……中継を見るのが好きです」
「普通っ! 何で私だけ普通なの!? それにあながち間違ってないところが反応に困る!」
ネタ切れ気味の紹介に前田さんは不満顔を見せる。
「まぁ、というわけですので、私達1Bチームが最強です」
むん! と無表情で胸を張る雫。
「なるほど、謎のミドルネーム持ちとランシュー大好きっ子に、陸上中継を見るのが好き……お前はなぜそこまで自信満々になれるんだ?」
晴翔は「歴代最強です」と豪語している彼女に苦笑する。
と、それに対抗するようにズイッと友哉が前に躍り出る。
「こっちだって負けてないぜ? なんたって俺はアンダーハンドパス太郎を習得中だからな!」
「なんですとっ!? あの伝説のアンダーハンドパス太郎ですか!?」
「おうよ!」
「習得すればトラックの覇者になれるという習得難易度SSSの……トモ先輩、死ぬつもりですか?」
「命を賭けてでも、負けられない戦いがあるんだよ」
友哉は覚悟の眼差しで、沈み始めた太陽を見つめる。
「そこまでの覚悟を……こうしてはいられません! 早く練習を始めましょう!」
「先輩たちに絡みにいったのは雫ちゃんだからね?」
「む? 細かいことを気にする女はモテませんよ前田さん。せっかく可愛いのにもったいない」
「っ!? 貶してるのか褒めてるのかわからない!」
怒りと嬉しさ半分ずつの複雑な表情を浮かべ、前田さんは雫の腕を引っ張る。
「先輩方失礼しました。お互いに練習頑張りましょう。ほら、雫ちゃんいくよ! あなた達も!」
チームメイトをグイグイ引っ張っていく彼女の姿に、友哉がポツリと呟く。
「あの前田さんって子は、一年生版咲だな」
「それ俺も思った」
「ちょっと友哉、なに変なこと言ってんの。晴翔君も同意しないの」
晴翔と友哉に抗議する咲に、綾香が少し申し訳なさそうに口を開く。
「ごめん咲、私もちょっと咲と前田さん似てるなって思っちゃった……」
「綾香までなに言ってんのよ、まったく。さっさと練習を始めるわよ」
呆れ顔を浮かべながら、咲は歩きだす。
「ほら、友哉も。アンダーハンドパス太郎になるんでしょ」
「イエス、パス太郎!」
「変な語尾つけるな!」
息のあったボケとツッコミを繰り広げている咲と友哉の後に晴翔と綾香も続く。
「ふふ、やっぱりさっきの一年生の子と咲は似てるね」
「だよね」
晴翔は頷きながら横目に綾香を見る。
昨日の出来事によって、彼女との間に生じたぎこちない空気は、いつの間にか消え去っていた。
友達との学校生活の中で、昨日のことから気が逸れているのだろう。
雫が頻繁に綾香を揶揄ったおかげで、逆に変に考え込まずに済んだのかもしれない。
「感謝しないとな」
雫がそれを狙っていたのか、それとも単純に楽しんでいただけなのか。
それは晴翔にはわからないが、それでも彼女の存在に助けられているのは事実である。
「また、ラーメンでも奢ろうかな」
そんなことを思いつつ、晴翔は綾香に再び視線を向ける。
将来、綾香とは夫婦になることを誓い合っている。
そのうえで、今回の問題はしっかりと向き合わないといけない。
今は、学校生活や友人達の力を借りているが、いずれは二人でしっかりと解決しないといけない問題だと、晴翔は自分の心に言い聞かせる。
「ん? どうしたの晴翔?」
「いや、何でもない。練習頑張ろうか」
「うん」
ニッコリと笑う綾香に微笑みかけ、晴翔はリレーの練習を始めた。




