1751:最後の挨拶回り。
いろいろなご飯を楽しんでいれば、女性陣が集まっている場所でなにやら盛り上がっていた。どうしたのだろうとフィーネさまと私とリンがそちらへ視線を向けると、幼い子供が三人、大人たちに囲まれていた。あれは毛玉ちゃんたち三頭だろう。お尻から生えた白色の尻尾をぶんぶん振っているのだから。ここしばらく彼女たちが人化したところを見ていなかったけれど、権太くんに術を教えて貰っていたのだろうか。
「可愛いですねえ! カエデちゃんとツバキちゃんとサクラちゃん!」
「ええ、とてもお可愛らしいですわ」
アリアさまロザリンデさまが声を上れば、今度はアリサさまとウルスラさまが彼女たちのモフモフの尻尾を触りたそうにしていた。
「可愛いです」
「本当に!」
アリサさまとウルスラさまに毛玉ちゃんたちが『いたくしにゃい!』『しゃわってもいい!』『ふぇんりるのしっぽ、ぜっぴん!』と胸を張っている。その姿にきゃーと女性陣が湧けば、何事かとアリーさまとウーノさま五姉妹も女性陣の輪の中に入った。
「毛玉が人間に化けているではないか! 器用なことができるものだなあ!」
「本当に。魔獣となれば、こういうこともできるのですね、驚きました」
アリーさまは腕を組み、ウーノさまは毛玉ちゃんたちと視線を合わせていた。妹さんたちも毛玉ちゃんたちが可愛いのか顔が緩んでいる。最後の最後の日に毛玉ちゃんたちが人化したのは、周りの方たちに興味を持って欲しかったのかもしれない。
フィーネさまに視線を向けて私が肩を竦めれば、仲間の輪に入りましょうと手を差し伸べられる。なんだろう、いつもであれば、フィーネさまは指を指すだけなのに、エスコートをしてくださるとは。断るのもおかしいし、彼女の手を握れば軽く握り返される。ジークのごつごつとした手でもなく、リンの柔らかくともしっかりした手ではない。女の子らしい細い手だと感心していると、前に進み始める。
「私の役」
後ろをついてくるリンが拗ねているような言葉を零して、私は後ろへ振り返る。
「リン、拗ねなくても。いつでもできるでしょ」
「そうだけれど」
むうと悩まし気な顔になったリンに、フィーネさまが苦笑いを浮かべた。
「本当にジークリンデさんはナイさまのことが大好きですよね」
「ん」
リンは恥じらいもなく肯定すれば、丁度皆さまのところへと辿り着いていた。私たちに気付いた皆さまは毛玉ちゃんたちの下へ向かうために少し隙間を確保してくれる。
『にゃい!』
『きょれで、ユーリとあしょぶ!』
『たいとう!!』
毛玉ちゃんたち三頭が人の姿で横一列に並んだ。姉妹だからそっくりだけれど、マジマジと彼女たちの顔を見れば少し違いがある。表現するのは難しいけれど、なんとなく誰が誰かは分かった。
「そういえば楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは、動きづらいって言って人化しなくなってたよね」
そんなことを私が口にしていると、フィーネさまがしゃがんで毛玉ちゃんたちの尻尾を触って良いかと許可を求めていた。優しくなら大丈夫だと、三頭は答えればフィーネさまはぱあっと顔を輝かせた。
「犬を飼えば、モフり放題……!」
毛玉ちゃんたちの尻尾を撫でながらフィーネさまはなにか妄想に耽っていた。今言い放った意味を考えると、エーリヒさまとフィーネさまが犬を飼っているところでも想像しているのだろう。
『いにゅじゃない!』
『あたちたちはふぇんりる!』
『けろべろすのちもありゅ!!」
フィーネさまの言葉に毛玉ちゃんたちが抗議した。フィーネさまはごめんねと謝りながら、犬を飼うのが夢だったからと眉尻を下げれば毛玉ちゃんたちは少し怒りを納める。どうやら、嫌がらせで口にしたわけではないと分かったようだ。
少し前の毛玉ちゃんたちならもっとプンプン怒っていただろうに、成長が窺い知れる。しかしフィーネさまは犬が飼いたかったとは。大型犬より、小型犬を飼っていそうだ。トイプードルとかパピヨンとかミニチュアダックスフンドとか選びそうだし、伸びるリードで散歩しながら夫婦仲良く歩いていそうな感じがする。
ジークと私なら雑種が似合いそうだなと肩を竦める。でも、ジークだけならグレートデンとかバーニーズマウンテンドックが似合いそうだ。大型犬は食費と医療費が掛かって凄く大変だろうけれど。
まあ、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちがいるから犬を飼うことはない。猫も可愛いけれど、トリグエルさんとトリグエルさんの仔たちがいるから十分だ。それに侯爵邸にはクロたち竜にエルとジョセたち天馬さまたちに、ジャドさんたちグリフォンさんもいるのだから。
女性陣にモフられていた毛玉ちゃんたちはふと顔を上げてきょろきょろと周囲を見渡した。
『ユーリ、どこ?』
『あしょぶ!』
『いちゃ!』
毛玉ちゃんたちがユーリを見つけ、彼女の下へ行こうとしている。私は無茶をしないようにと『遊ぶのは良いけれど、無茶したら駄目だよ』と一声掛けておく。あい、と返事をくれた毛玉ちゃんたち三頭はユーリの下へと向かった。少し足取りが怪しいのは久しぶりに人化したからだろう。毛玉ちゃんたち三頭というアイドルがいなくなった女性陣は少し肩を落としていた。
「いっちゃいましたね」
「フェンリルですもの。自由でよろしいのではないでしょうか」
アリアさまとロザリンデさまが声を上げれば、皆さま肩を竦めている。女性たちが集まっているので丁度良いと私は声を上げた。
「皆さま、島は楽しまれましたか?」
さて、来年に向けた準備もあるから、いろいろと聞き込み調査をしておかなければ。足りないものがあったとか、欲しいものがあったなら、来年は持ってこないといけない。
慣れた方たちは楽しいと仰り、初回の方は驚いたことや面白かったことを教えてくれる。初めて海で泳いでみて、得られるものもあったと教えてくれた。温泉も凄く気持ち良くて、長湯をしてしまったと苦笑いを浮かべる方もいる。
アリーさまは島を探検できたことが楽しかったそうだ。途中で副団長さまと猫背さんたちに出くわして、一緒に行動したこともあるとか。ウーノさまの妹さんたちはダークエルフさんの村で刺繍技術のやり取りもしたようだし。
私の知らないところで新しい交流が生まれているようで安心した。
「また来年も招待状を送りますので、予定が合えばご参加くださいね」
軽く礼を執れば、皆さまが頷いてくれる。誰か参加できない方もいるかもしれないが、来年もまた楽しい南の島の時間にしたい。あれ、でも私は乳飲み子を抱えての参加になるのか。
流石に幼子を連れて行くにはちょっと無理があるだろう。己の子を置いていくことに罪悪感が湧くから、連れてきても良いだろうか。こればかりはジークと他の皆さまと相談しなければならないだろう。私の肥立が悪くて、来年は参加できない可能性も残っている。女性会議も続けていきたいから、こちらもよろしくお願いしますと頭を下げた。
「少し外しますね」
私は女性陣と別れて、他にも挨拶をしておきたい方の下を目指す。食べたい気持ちもあるけれど、ホストだから挨拶も大事なことだ。
「エーリヒさま、今年もいろいろとありがとうございました」
「いえ。二週間、充実した時間でした」
料理人さんたちの下で周りを見ていたエーリヒさまが笑顔を浮かべる。料理をたくさん作ってくれた
「エーリヒさまのカレーを食べられなかったことが心残りですが……リゾットやさつまいものパウンドケーキ、凄く美味しかったです」
どんな品が悪阻の原因となるのか分からなかったので、料理人の皆さまは苦心したに違いない。アストライアー侯爵家とフソウとアガレスの料理人さんたちにもお礼を伝えておく。長話をしては悪いと私は早々にエーリヒさまたちの下を去り、今度は亜人連合国の皆さまのところへと向かった。
「ナイちゃん。お腹に赤ちゃんがいるなんて信じられないわ」
「本当にね~もう少ししたらお腹が大きくなってくるのかなあ? ナイちゃんの子供を抱ける日が楽しみだよ~!」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが両手を広げているけれど、私のことを考えてくれて肩に手を回した。いつもより力を緩めてくれている。エルフのお姉さんズは妊婦の扱いをどうすれば良いのかと手探りをしているようだ。凄く意外だと大人しく抱かれていれば、ディアンさまとベリルさまが苦笑いを浮かべている。
「竜は基本的に卵から孵るしな」
「ですね。本当に不思議です」
でも竜の方たちも卵を産めば孵るまで温めなければならないし、孵ればご飯や外敵から守らなければならない。人間の方が安全面は高いなと一人感心していれば、ダリア姉さんとアイリス姉さんの肩にあった手がいつの間にか私のお腹に回っている。
「ナイちゃんのお腹、まだ出ていないわねえ」
「ね~まだなのかなあ~?」
お二方は不思議そうに私のお腹を撫でている。
「あと二ヶ月か三ヶ月すれば目立つようになるかなと」
エルフと人間は違うのかなと首を傾げれば、ダリア姉さんとアイリス姉さんが申し訳なさそうな表情になった。
「その時はお邪魔して良いかしら?」
「ね。見たい、見たい~」
「もちろんです。いつでも遊びにきてください、ディアンさまとベリルさまも」
「ああ」
「お邪魔させて頂きますね」
わーいと喜んでいたダリア姉さんとアイリス姉さんは『どうして代表も誘うのかしら』『ナイちゃんだからねえ。深い意味はないと思うよ』と少し呆れていた。
どちらにせよ、エルフのお姉さんズはディアンさまかベリルさまをタクシー代わりに使うはずだ。だというのに屋敷に入れないという酷い仕打ちを私はできないのだから。何故か竜とエルフの方たちの間で火花が散っているから、私は退散した方が良いだろうと場を辞した。
『本当に仲が良いよねえ、彼らは』
リンの肩に乗っているクロが声を上げる。後ろからクロの声が聞こえてくることに慣れないけれど、もう暫くすれば馴染むことができるだろうか。しかしエルフのお姉さんズと代表方のやり取りを仲が良いと評すのは少し無理があるような。
「良いのかな?」
私が首を傾げると、一緒にきてくれているリンが言葉を紡ぐ。
「じゃれ合いみたいなもののはず」
そうかなあと私は疑問に感じながら、次は誰に挨拶しようかと周りを見渡すのだった。




