1549:お迎え準備中。
唐突に現れたナターリエさまとエーリカさまはどこぞの創星神さまに頭を下げて私に向き直る。たぶんきっと、歴史的に凄い光景を私は生で眺めているわけだが、厩でというのは如何なものか。
あ、でも世界的に有名な某宗教の宗主――でいいんだっけ?――さまは厩で誕生したのだから構わないのかもしれない。グイーさまの星ではなく、テラさまの星でのことだけれど。もしくは私がいた元の地球というか。どこぞの創星神さまはナターリエさまとエーリカさまに興味はないようで、話をさっさと切り上げてエルとジョセと仔馬に視線を向けてなにやら話し込んでいる。
どこぞの創星神さまのお相手はエルたちに少しの間は任せようと私はナターリエさまとエーリカさまを見上げた。二柱さまは私を見るなり肩を竦める。
「お嬢ちゃんも、お母さまとお父さまの適当さに巻き込まれて大変ね」
「でも、お父さまとお母さまだもの。きっと深くは考えてはいないのではないかしら?」
二柱さまの声に私も肩を竦める。グイーさまとテラさまであれば変な方は連れてこないだろうという確信めいたものがある。そもそもどこぞの創星神さまの説教大会が開かれるようだから、私は会場を提供するだけだ。
ナターリエさまとエーリカさまから創星神さま方の参加人数を聞き出せば、二十柱から三十柱と何気に幅がある。とはいえ侯爵家の屋敷だ。夜会に招待する時はそれ以上の方が来られるので特に問題はなさそうだ。あとは接待用の食事や飲み物が足りるかどうかだろう。しかし創星神さま方にお出しする品となれば、妙な物は提供できないと私が考えていれば、ひょっこりと現れた方がいる。
「どうして、北の妹と東の妹がいるの?」
「なんか、北の姉御と東の姉御の気配がしたからきてみたんだけどよお、なんでいるんだ?」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが不思議そうにナターリエさまとエーリカさまを見ている。厩に大陸を司る女神さまが集まろうとは誰も思わないだろう。馬房にいる馬さんたちは恐縮しているのか出していた顔を引っ込めてしまった。とりあえず屋敷の方たちにも説明をしたいから、お茶でも飲みませんかと私はナターリエさまとエーリカさまを誘って、屋敷に戻りませんかと誘う。
「ナイ。私も行く」
「あたしも行くぞ。茶が出るなら菓子も出るからな」
どうやらヴァルトルーデさまとジルケさまもお茶が飲みたいようである。どこぞの創星神さまに私が一緒にお茶を飲みますかと聞けば、暫く唸ったあと『あんま飲めねーけど、飲む』と言って一緒に部屋へと戻ることになった。
ジルケさまが『またヨウカン取られねえだろうな』と口にしたけれど、ちゃんと人数分を用意するので警戒しないで欲しい。厩を出て庭を歩き、屋敷の廊下をとんでもない面子で歩いている。
時折すれ違う方が私たちを見るなりぎょっとしたして廊下の端によってくれるのだが、大袈裟ではなかろうか。ヴァルトルーデさまとジルケさまで慣れているはずなのに、どこぞの創星神さまとナターリエさまとエーリカさまとの耐性はまだ身についていないようだ。ナターリエさまとエーリカさまはアストライアー侯爵邸が珍しいようで、あちらこちらへと視線を動かして忙しない。
「お嬢ちゃんの屋敷は広いわね」
「お父さまの屋敷より広いもの」
「言われてみると確かに?」
ふいにナターリエさまとエーリカさまがポツリと呟いた。確かに神さまの島にあるグイーさまの屋敷よりも侯爵邸の方が広いかもしれない。とはいえグイーさまのお屋敷も十分広い。アストライアー侯爵家の屋敷が家格相応の広さだし、元々は公爵家用だったのだ。きっと見栄のために広めに建設したのではなかろうかと私は渋い顔になる。するとヴァルトルーデさまとジルケさまがナターリエさまとエーリカさまの方を見る。
「島、そう大きくないから」
「仕方ねえんじゃね?」
そう言いながら二柱さまは肩を竦めていた。神さまの島はさほど大きくはないものの、魔素というか神力が凄く満ちていた気がする。それを考えると本当に侯爵邸に集まって良いのか疑問であるが、決定事項だから覆せない。西と南の女神さまの声をつまらなそうに聞いていたどこぞの創星神さまは両手を頭の後ろに回して口を開いた。
「どうでもいいだろ。あたしは他の連中に説教されんだぞ。誰か助けてくれよ」
人間の世界ではパワハラだと言えるかもしれないが、神さま同士のやり取りなので助けることはできないだろう。そもそもどこぞの創星神さまが創星神さま同士のご近所さま付き合いを怠るからこうなったわけで。泣き言を言って良いのは私の方ではなかろうかと思いつつ口を開く。
「格上の方ばかりでしょうから……耐えていただくか、きちんとした反証をもって立ち向かうかではないですか?」
私の言葉に四女神さまがうんうんと頷く。私たちではどこぞの創星神さまを庇い立てできないのだから、お一柱さまで立ち向かうしかないのである。二十から三十の創星神さまが集まるらしいから、その光景はさぞ見物だろう。本当に大変なことになったものだと目を細めていれば、どこぞの創星神さまがむすっと頬を膨らましていた。
「お前、何気に言うよな」
「安易に助けるなんて言えないですからね」
どこぞの創星神さまよりも私は会場となる屋敷でいろいろと指揮を執らねばならないのだが。これから開催日まで忙しくなりそうだと執務室に戻ると、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまがナターリエさまとエーリカさまがいることに大層驚き、そして私が告げる発言に腰を抜かしそうになるのだった。
◇
アストライアー侯爵領にある領主邸はてんやわんやの大騒ぎ状態となっている。
事の発端は創星神さまよりご当主さまに『屋敷に他の創星神を二、三十人寄越す』という声で始まり、ご当主さまも創星神さまのお言葉を叶えるために方々動き回っている。ご当主さまが忙しいということは屋敷の者たちも忙しいわけで。
私はご当主さま付きの侍女なのだが、ここ数日自身の職務を終えれば忙しい部署へと手伝いに派遣されていた。屋敷内だし、顔見知りの方ばかりなので人間関係に問題はない。ご当主さまが平民出身ということもあって貴族と平民の壁も薄くなっている。
でもまあ……それ故と言って良いのか、私は食糧庫の整理に駆り出されていた。
アストライアー侯爵領領主邸の敷地内には大きな食糧庫がある。本来は別邸として機能していたものが、ご当主さまが『使わないから』の一言で食糧庫へと様変わりした。元は別邸ということで貴族の屋敷の様相であるものの、魔術具により食料を冷やす機能が付与されている部屋もある。
他にも野菜が傷まないようにと状態保存の魔術具も併設されている部屋もあり、見た目はお屋敷、中身は巨大な保存庫と化したのである。他の貴族の方からすれば別邸をひとつ潰すなんてと言いそうだ。
だがアストライアー侯爵家の充実した食事事情はこの別邸が支えていると言っても過言ではない。もちろん料理人の方たちの腕前もあるけれど、作るための食材がなければ腕があってもお腹は満たせない。本当にアストライアー侯爵家で働けて良かったと私は小さい木箱を抱えて、玄関ホールから指示された部屋を目指そうと立ち上がる。
「よいしょっと」
木箱にはリーム王国の紋章が施されており、中身はジャガイモとも記されている。ご当主さまがリーム王国のジャガイモを凄く気に入っており、創星神さまが集うとなった今回、ご当主さまが既知の各国の陛下やお偉いさまたちに手紙を送っていたのだ。
内容は『創星神さまに提供する食材を頂けませんか?』と。特に仲の良い陛下方には欲しい食材をお願いしたとか。何故、私がこんなことを知っているかと言えば、ご当主さまの介添えの際に聞かせてくれたのである。
ご当主さまも最初こそ介添えを嫌がっていたけれど、慣れてきたのか私と話ながら着替えを済ませることが多くなっていた。相変わらず、お願いしますとありがとうございますはご当主さまの口癖のようで、なかなか外れてくれない。でもまあ、ご当主さまらしいかと苦笑いをして廊下を歩いていれば、ヴァナルさんとユキさまとヨルさまとハナさまがのしのしとこちらに歩いてくる。私の邪魔にならない位置で立ち止まり、腰を下ろしたヴァナルさんたちは私を見上げた。
『エッダ。重い? ヴァナル、運ぶ?』
ふさふさの銀の毛を靡かせながらヴァナルさんが首を傾げる。彼らの近くにはツバキさんとカエデさんとサクラさんが『おてちゅだい!』『おにゅく!』『がんばりゅ!』と真面目な顔で口にしていた。どうやら彼らは重い荷物を運ぶようにとご当主さまにお願いされたようで、食糧庫にきているようだ。現に彼らの身体の後ろには荷台がくっ付いているのだから。
「ありがとうございます。見た目ほど重くないので大丈夫ですよ」
私はヴァナルさんと視線を合わせて言葉を紡いだ。ヴァナルさんは良いのかなという顔を浮かべると、ユキさまとヨルさまとハナさまがずいと顔を私に近付ける。迫力があるなと私が苦笑いになると、彼女たちもこてんと顔を傾げた。
『女性なのです』
『無理はしないで』
『腰を痛めると大変ですからねえ』
彼女たちの声にツバキさんとカエデさんとサクラさんが『のせりゅ!』と私に身体を近付けてきた。ヴァナルさんとユキさまとヨルさまとハナさまが『遠慮しないで』と仰るために、私はサクラさんの荷台に小箱を置いた。瞬間、ピュッと走り出すサクラさんだけれど行先を告げていない。私は不味いことになると咄嗟に口を開いていた。
「一番奥の部屋です。芋の絵がある部屋ですよ!」
私の声がサクラさんに届いたようで、きゅっと脚を止めた。ぱっと方向転換をして、小箱を引くサクラさんが一番奥の部屋を目指していく。私はサクラさんのあとを追いますとヴァナルさんたちに伝えれば、彼らは玄関ホールに戻ると告げた。各国から集まっている食料の仕分け作業はいつ終わるかなあと苦笑いになりながら、ぶんぶんと尻尾を振りながら走るサクラさんを私は追いかけるのだった。




