1538:いい加減にして欲しいから。
Aさまが逃亡をまた企てるだろうと口にしていたのは婚約者の方だったのだが、本当にもう一度逃げてくるとは思わなかった。Aさまが私が超広域結界魔術を展開したことに気付いており、助けてくれる、もしくは婚約者の方と対峙しても大丈夫な奴と判断していた節がある。
そのためかまたアルバトロス王都に現れて助けを求めたわけだけれど、私たちが婚約者の方と話を付けていたことであっさりと捕縛されたというわけだ。頭の上には複数の小型艇がゆっくりと地面に降り立っている。艦からAさまの婚約者の方が降りてきて小さく礼を執った。綺麗な方であるのだが、風に揺れるチョウチンアンコウのチョウチンのようなものが目に入ってしまう。
彼女が艦から降りて私たちの前に立つ。微笑みを浮かべているが、相変わらず目は笑っていない。私は挨拶をして、Aさまの婚約者の方と視線を合わした。私の横には地面に膝を突いたAさまが『帰りたくない……!』と念仏のように唱えている。そんなAさまの姿を見た婚約者の方が、カッと目を見開いた。
『こ、これは……もしや、盛り上がるSMプレイのやり方で見た……!? 古の技術と聞いていたのに、アストライアー侯爵はどこで知識を手に入れたのです!?』
婚約者の方の両手が私の肩へと伸びてきて、がクンガクンと揺らす。細い方だというのに掴まれた肩が痛いし、頭が前と後ろに大きく揺れる。クロは身に危険が迫っていると、さっさと飛んで逃げてしまっている。クロの辿り着いた先がセレスティアさまのため、当人は凄く喜んでいるけれど。
ちなみにAさまを捕縛したあと、緊縛師にお願いして赤い縄で『亀甲縛り』に直して貰った。何故、こんなことをしたのかと言えば、ただの嫌がらせ……腹いせ……報復である。Aさまの意思はガン無視しているが、許可を得ているので問題はない。
エーリヒさまとユルゲンさまとジークと護衛に就いている男性陣はドン引きしているけれど、まあ、Aさまが恥辱に塗れていればそれで構わないのだ。今回、タダ働きのようなものでなにも得ていないし、またAさまが私の下へこられても困るから対策を打ったわけである。そろそろゲロを吐きそうになると、私は婚約者の方に声を上げて肩から腕を放して貰う。
「以前、私の屋敷に住んでいた貴族の置き土産ですね。他にも知り得る機会はあるのですが秘密です。しかしながら何故、貴女もご存じで?」
バーコーツ公爵家のタウンハウスにあった蔵書の中にエロ知識を纏めたものがあった。最初は真面目な性知識について記されていたのだが、どんどんとマニアックな方向へと変わっていったのである。
そのうちの一項に記されていたのが亀甲縛りだったのだ。一応、目を通して家宰さまと相談をして売り払ったのだが、ふと、『何故、監禁女装を?』という私の疑問に婚約者の方が答えてくれた『昔の性行為が流行っている』という言葉にはっとしたのだ。
そしてもう一つ知り得るルートというのがフソウ国である。エロに寛容な国で、ドエの都では衆道――男色――が流行っているそうだ。ナガノブさまは『女の方が良い』と言っていたのだが、森蘭丸を知っている手前、私は少々疑っていなくもない。春画本――エロ本――が店先で売られ、四十八手の指南書も売られていたのを見たことがある。ということは……緊縛プレイ方法を記した物があるのは当然のことで。
『殿下との閨を楽しもうといろいろと情報を集めていたのです!』
テンションが高そうな声を婚約者の方が上げた。文明が発達した故かAさまと婚約者の方の星では随分と性行為はタンパクなものとなっているそうだ。行為自体を面倒だと体外受精や人工子宮で子を成すことができるらしい。アルファで番を得た方たちは、それでは精神的に満足できず古い資料を集め苦労しながら知識を得ているとか。だからAさまの姿を見て喜んでも致し方ないのである。うん。
『我々の星では文明が進み、いろいろな技術が発展しておりますが過去のモノは失われつつあります。便利になったことは多く、不便を感じませんが風情がないのです』
嬉々とした表情から婚約者の方は少し肩を竦める。どうやら失われたものを忘れまいと、彼女は艦から音楽を流しているそうである。派手な登場だし、見え張りな方か目立ちたがりな方なのかと思っていたけれど、目の前の婚約者の方は失われつつある自国の文化に警鐘を鳴らしたいようである。
『内臓が退化し、ほとんど機能しなくなっていることも寂しい限りです。とはいえ私の様な考えの者は少数派でしょうけれど』
婚約者の方は、超望遠映像で見たアルバトロス王国の街で買い食いをしていた人たちの姿に『羨ましい』と感じてしまったそうである。彼女はふっと目を細めて寂しそうな表情を浮かべる。
「完全に機能していないわけではないのですよね?」
『もちろん。最低限の栄養摂取は必要ですから。ただ貴殿の星の者たちのように食べ物を美味しそうに頬張ることはなくなりました。だから家族が集まり食事を共にすることもない。友と食事を摂りながら笑い合うこともないのです』
月に数度だけ栄養ブロックを食べているそうだ。私の楽しみはご飯だからAさまの星のような進化を果たせば、気が狂ってしまうかもしれない。まあ、Aさまの星の者として生まれれば、当たり前となってなにも感じない可能性もあるけれど。
Aさまの婚約者の方はご自身の星では異端であるようだ。なんだろう。話しているうちに、意外な側面が知れたというか。もちろんAさまからも話を聞いているけれど、ご自身のことしか話されないため情報量が少なくなってしまう。婚約者の方が悩んでいるなど知らなかった――露見した経緯は残念な理由だけれど――のだ。婚約者の方の護衛の方たちは表情を変えずに聞いているので、現状を憂いてはいないようである。
『話が逸れましたね。この一ケ月ほどはこの星の皆さまに大変なご迷惑をお掛けしました。そして、またご迷惑を掛けてしまい申し訳ありませんでした。文明に差があり過ぎるため、技術提供をできないことはご了承頂きたく』
本当にアルバトロス王都やアストライアー侯爵家領都にほか、諸々の場所では大騒ぎだった。各国の陛下が動いていることや、私も対処していることを皆さまに伝えて混乱が落ち着いた側面がある。最悪はグイーさまにお願いしようと考えていたけれど、最悪までには至らなかったので良かったというべきか。
「もちろんです。またAさまが逃げてこないことを確約頂ければ嬉しいです」
『善処いたしましょう。では、彼を引き取らせて頂きます。そしてこちらを』
あれ、確約は貰えなかったようなと思うものの、話が次へと移ってしまった。そして婚約者の方から手を伸ばして私の方へと向ける。彼女の掌の上には懐中時計のようなものがある。
「これは?」
私が首を傾げながら手を差し伸べると、婚約者の方がゆっくりと懐中時計のようなものを手のひらに置いた。
『陛下の謝罪動画となります』
「流石にこちらを預かるわけには……」
どうやら私の手の上に置かれた品は映像再生機器のようだが、オーバー技術過ぎて貰って良いものか分からない。私が困っていると婚約者の方が小さく笑う。
『では、時間を置いて回収させて頂ければと。少し傲慢なお願いとなるかもしれませんが、陛下への返事を頂けませんか? もちろん貴殿の上役の皆さまに相談してからの返事で構いません』
婚約者の方は私が持っていれば紛失はないだろうと小さく笑う。凄く信頼されているなと私が目を細めると、向こうの陛下や上層部の方たちはグイーさまの星に興味を持っているとか。
侵略云々の話ではなく、単に他の星に知的生命体がいたことに驚いているそうだ。文字は翻訳機があるので問題なく読めるとのこと。一先ず、陛下方に相談すると伝えると、婚約者の方はAさまをお姫さま抱っこで持ち上げる。
『では戻りましょうか、殿下』
『え、やめてくれ! 恥ずかしいだろう!?』
『貴方は目を離せば直ぐに消えてしまいます。私の側にいられるように手配しました。もちろん、陛下の許可は頂いております』
あ、あれ。監禁女装エンドに近づいていないかと、私はエーリヒさまの方を見た。するとエーリヒさまも『こりゃ駄目だ』と言いたげに左右に首を振る。そうして数日後。
各国の陛下方がまたアルバトロス王国へと足を踏み入れるのだった。
◇
私たち自由連合国一行は大会議室を目指して、アルバトロス城の廊下を静かにゆっくりと歩く。私の後ろにはダルが護衛として控え、厳しい視線を向けていた。警備の厳しいアルバトロス城でなにか起こるとは思い難い。
目の前を歩くアルバトロス王国の近衛騎士の方も目を光らせているし、私は自由連合国の代表として務めを果たさなければ――といっても話を聞いているだけだ――と目の前を見つめる。
聖王国の大聖女フィーネさまと教皇猊下に、自由連合国を支援頂いている隣国の陛下方も招かれているそうだから、機会を見つけてまたお礼を伝えなければ。そしてご迷惑をかけてしまったことも同時に謝らないと。そう考えた私は廊下をきょろきょろと見渡す。本当に各国の方たちが集まっていて、衣装や纏う雰囲気が違っていた。
暫く歩いていれば、廊下の先から他国の陛下が歩いてきている。西大陸の方ではなく、南大陸の方の雰囲気があった。私は国を運営する者として新人も新人だからと、彼らの邪魔をしてはならないと廊下の端へ寄った。
案内を担ってくれている近衛騎士の方はなにも告げずに、一緒に廊下の端に立ち止まってくれていた。南大陸の陛下は私を見るなりふんと鼻を鳴らす。
「ただの小娘に一国を任せるとは。西大陸の王たちは間抜けと見える」
「頭を下げることしかできぬ者になにができようと言うのだ」
ちらりとこちらを睨みながら彼らは通り過ぎていく。たしかにその通りだろう。私はまだまだ未熟者で勢いだけで、国を良くしたいと突き進んでいるだけだ。なにも言い返せないことに歯噛みをするけれど……私よりダルの方が好き勝手言われて悔しいようである。
右手をぎゅっと握り絞めて剣の柄を握るのを我慢していた。ごめんね、ダルと心の中で謝っていると、南大陸の陛下が少し先で歩みを止めた。なんだろうと顔を向ければ、彼らの背で向こうがなにも見えないけれど、なにかとんでもないモノがいるということだけは理解した。
「なっ!? あ、アストライアー侯爵!」
「侯爵。星外生物との邂逅、ご苦労であった……!」
南大陸の陛下方が驚いた声を上げた。姿は見えないけれど、彼らの向こうにはアストライアー侯爵閣下がいるようである。凄く圧を感じるのだが、アストライアー侯爵閣下のものだろうか。
「陛下方、ご機嫌麗しゅうございます。小娘に広大な領地を任せているアルバトロス王国の陛下は間抜けだとどこからともなく聞こえたのですが、私の気のせいでしょうか?」
たしかにアストライアー侯爵閣下が近くにいるようだ。今、聞こえた声は侯爵閣下のものである。
「だ、誰が、そのようなことを申したのか!」
「無礼千万だな! 誰がそんなことを口にしたのか急いで探さねば! では失礼する!!」
ぴゅーと足早に廊下を去る陛下方の姿を見つめていれば、アストライアー侯爵閣下が小さく息を吐き私と視線が合うのだった。
いい加減にして欲しいから――緊縛。




