1519:利権は誰の手に。
ウーノさまとヤーバン王、もといアリーさまは会議場の隅に設置された椅子に腰を下ろしていた。お二人の隣にはエーリヒさまとユルゲンさまが後ろに控えている。おそらくなにかあれば助言プラスアルバトロス王国との橋渡し役として、彼らが動くのだろう。若手であろう二人が各国の陛下の相手を務めていることで、出世コースに入っていると言って良いのだろう。エーリヒさまとユルゲンさまは少し落ち着かなそうだけれど、二人であれば失態は犯すまい。
私はアストライアー侯爵として席に就いている。
私の右隣には神聖ミズガルズ帝国の皇太子殿下が腰を下ろし、彼の後ろにベルナルディダさまが控えていた。そして左横にはアルバトロス王国の陛下が座る予定である。共和国の大統領はミズガルズの皇太子殿下の右横に腰を掛けている。先程、大統領閣下と挨拶を済ませたのだが、プリエールさんたち元留学生も一緒にきているそうだ。丁度、タイミングが良いからとアルバトロス王国に一週間程度滞在して、困っていることや学び直しをするそうである。
流石に彼女たちが会議場に顔を出すことはなく、終わったら様子を見に行こうとソフィーアさまとセレスティアさまにお願いしている。ヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒にくる気があるようで、少し楽しみにしているらしい。
残りの席には南大陸の国々の王さまが腰を掛けている。そして南大陸に住むエルフの方たちも同席していた。彼らの後ろには亜人連合国のディアンさまとベリルさまが控えている。ダリア姉さんとアイリス姉さんが面白がって参加しそうなのに、お二人の姿は見えなかった。
南大陸の皆さまはどの方も難しそうな顔をしているが、ジルケさまの正体を知っている方は冷や汗を掻いていた。
変な言動を取らなければ、ジルケさまに命を取られることはないし、A国の男性王族のような宿命を背負うことはない。ないのだけれど、西大陸の陛下方で不満を漏らした方がいるから、彼らが妙なことを言い出さないか少々心配だ。
そんな私の心配を他所にアルバトロス王国の陛下が姿を現して椅子に腰を下ろす。彼の後ろには宰相さまと宰相補佐さまが控え、何故かボルドー男爵さまも控えている。ボルドー男爵さまは面白がって参加したなと私が片眉を上げていれば、席に就いたアルバトロス王国の陛下が咳を一つ払う。
「待たせてしまった。では、始めよう」
陛下の言葉にごくりと息を呑む音が聞こえる。双子星の物体が現れた件は各国を恐怖に陥れている事態だから、彼らが緊張するのは仕方ない。解決方法がないし、物体からこちらへ連絡を取ろうとしたり、攻撃したりする様子もないのだから。それに双子星の近くに現れた物体の目的が分からないので、どう対処すべきかも難しくなる。せめて意思疎通できるのであれば良いのだが、果たしてどうなることか。
「ア、アルバトロス王よ。此度の件をどう対処する? 我が国の民は恐怖のあまりに家から出なくなっている。できることなら早急な解決を望みたい!」
「わ、我々の国にはアストライアー侯爵のような力を持つ者がいない……できうるならば、アルバトロス王国に事に当たって欲しいのだ」
南大陸のとある陛下二人が真っ先に口火を切った。不安に駆られているようで、居ても立ってもいられなかったようだ。しかし、まるっきり人任せにしようというのは如何なものか。私が片眉を上げているとアルバトロス王国に所属する皆さまとヤーバン王国のアリーさまとアガレス帝国のウーノさまがこっそり鼻で笑う。アルバトロスの陛下は二秒ほど目を瞑り、前を見据えた。
「我々が事に当たることは構わないが、口を出したならば、それ相応のものを差し出せるのだろうな?」
アルバトロスの陛下は事態の解決に向けて動くことを厭わないようだ。やはり陛下は凄く頼もしい方だと感心しながら、ちゃんと出すものは出せと要求していることに私はうんうんと頷く。騎士団と軍を動かせばお金が掛かるし、魔術師団も動くことになるだろう。そうなれば更にお金が動くことになる。各国とのやり取りも盛んに行われているそうで、外務部は超忙しいそうだ。
「分かっている。あまりにも膨大な量になれば不可能だが、出来得る限り協力するし、金も出そう」
「な、何故、我らが出さねばならぬのだっ!!」
南大陸の国の陛下二人――石配りの際に顔を見た記憶が残っているが、ありふれた国の王といった感じ――が、それぞれの弁を述べる。するとA国とB国とC国の陛下たちが『あ』と言いたそうな顔になっていた。おそらく先に言葉を発した陛下ではなく、あとから助力や差し出せるものがないと言った陛下に対してである。
――あれ。
ふいに空気が凄く重くなるけれど直ぐに霧散した。今の感じはジルケさまだなと私は後ろに振り返る。するとヴァルトルーデさまが落ち着けと言いたそうに、ジルケさまの肩に手を置いていた。
流石、姉神さまである。ジルケさまがキレたと直ぐに理解して行動に出てくれたようだ。一方でジルケさまは舌打ちをしそうな顔をして、不満を告げた国の陛下を睨んでいる。けれどその勢いは長く続かず、はあとジルケさまが息を吐いていた。私はそれを見て、後ろは大丈夫そうだと前を向く。
「承知した。協力、感謝する。もしなにかあった場合、西大陸の国々とアガレス帝国は被害にあった国に対して、可能な限りの援助を行う予定だ」
アルバトロスの陛下が先に言葉を発した陛下にしっかりと視線を向けて語る。昨日の会議でどこかの国に被害が出れば、各国は協力し合おうとなっていた。まだ口約束の段階だけれど、アルバトロス王国の陛下の考えに賛同できる国は事が解決するまでの間は協定を結ぶ。
おそらくアルバトロスの陛下は南の国々に対しても同じ協定を結べるように、昨日、会議に参加していた国々と話を付けていたようで、アガレス帝国のウーノさまとヤーバン王国のアリーさまがうんうんと頷いていた。
「なるほど。アルバトロス王国の意思に賛同しよう」
先に言葉を発した陛下が良い顔で頷けば、後に言葉を発した陛下が慌てふためきながら席を立つ。
「わ、我が国には他国に金銭を提供する力はないっ! これでは余裕のある国にしか益がないではないか!!」
たしかに余裕のある国にしかできないことかもしれないが、支援の大小ではないはずである。人口規模が違えば、当然内容が違うものとなるのは誰にでも分かるはず。いの一番に現場に駆け付けたり、持っていない物資を送って貰ったりと支援の形はお金だけではないはずだ。食料支援でも良いはずだから、固辞するより協力の姿勢を見せておいた方が心象は違ってくるはずなのに。
「できることを、各々の国が行えば良いというものだがね。無理ならば、無理で構わない。己が国の力のみで立ち上がれば良いだけなのだからな」
アルバトロス王国の陛下がふっと笑いながら、後に言葉を発した陛下に告げた。後に言葉を発した陛下は分が悪いと察したようで、席に腰を下ろして握った拳を震わせている。他の国の陛下方はなにも言わず、アルバトロス王国の陛下に続きをと促していた。そうして昨日の会議の内容やこれからのことを告げれば、おずおずと手を挙げる方がいる。
「発言を良いだろうか?」
その方は南大陸のエルフの長老さんだ。たしか、え、えら、エラシ、エラシアンドリルさんだったか。
「双子星の物体との接触や話し合いを求めたいと仰っていたが、地上に巨大な絵を書いてみてはどうだろう?」
そう言ったエラシアンドリルさんが言葉を続ける。ようするにナスカの地上絵をやろうということらしい。言葉は通じないかもしれないが、絵であればある程度、物体側に通じるのではないかということである。たしかに言葉よりも絵の方が意思疎通の難易度が下がりそうである。とはいえ、間違えて通じてしまうと困るのだが、その時はその時だ。物体側が打って出るならば、こちらも打って出るのみだろうし。
「なるほどな。ただそれだと広い土地が必要となる……」
アルバトロスの陛下がうーんと唸って難しい表情になる。ナスカの地上絵がどれほどの土地に描かれているか分からないけれど、成層圏を超えた空間にいる物体に視認して貰わないと意味がないのだ。
意思疎通を図りたいなら描く絵も多くなりそうだし、陛下が仰る通り広い空き地が必要となるだろう。場にいる皆さまが『広い土地かあ……』と思案し始めれば、ぱっと右手を挙げた方がいて、司会進行役の方が『ミズガルズ皇太子殿下、発言をどうぞ』と告げた。
「アルバトロス陛下、皆さま。ミズガルズ神聖大帝国には広大な雪原があります。地面ではなく、雪の上に絵を描く、ということなら可能かと」
皇太子殿下の声に『おお』とどよめきの声が上がり、エラシアンドリルさんが小さく頭を下げていた。広大な雪原から双子星も見えるとのことなので、地上絵を描くことになればミズガルズの雪原を借り受けることになった。
「打ち落とせれば、楽なのだがな」
「そうもいかないでしょう。正体が分からない以上、そのあとがどうなるのかが不明です。我々より大きな力を持っていれば、一瞬にして負けてしまう可能性もありうるのですから」
ふうと少し疲れた様子でアルバトロスの陛下が愚痴を零すと、ミズガルズの皇太子殿下が苦笑いを浮かべながらフォローを入れていた。物体Ⅹがどんな存在か分からないし、無人の可能性もある。打ち落として本国から応援がくるなら目も当てられない状況に陥るから、こうして手をこまねいているわけで。打ち落として構わないなら、副団長さまが嬉々として試しそうだ。
一応、副団長さまでも一発なら双子星まで魔術が届くと、以前言っていたし。でも、一発で打ち落とせない可能性があるからこそ、副団長さまは沈黙を守っている。本当に面倒なことになったと私は会議場で息を吐けば、打ち落とすという言葉に刺激された人たちがいた。
「か、仮に打ち落とした場合、物体の回収はどこの国が行うのだ? アルバトロスなのか?」
「アルバトロス王国だけで行うのか?」
「希少な物が存在していた場合、公平に分け合うのが得策ではなかろうか? できうるならば、多くの国に参加の権利を!」
ざわざわと声が上がる。抜け駆けは許せないというよりも、お零れに預かりたい方が多いようである。がめついけれど、為政者としては間違えていないのだろうか。
「まだ打ち落とすと決まったわけではない。平和的に解決ができるのであれば、先ずはそちらを試すべきだ」
アルバトロスの陛下の言葉に騒ぎ立てていた方たちが肩を落とした。分かりやすいなと私が苦笑いを浮かべていると、ジルケさまが青筋を立てているのだった。




