1514:緊急招集された。
テオとアンファンに夏季休暇中はアストライアー侯爵家に戻るかと問い合わせると、すげなく断られた今年の夏がもう直ぐ終わる。そんな頃。
アルバトロス王国王都やアストライアー侯爵領にはとある噂が流れて……いや、世界規模で噂が流れており、市井も各国上層部もその話で盛り上がっている。そのため私はアルバトロス王国の陛下から招集を受け、転移魔術を使用して急遽王都へと移動していた。
大会議室へと向かう廊下をアストライアー侯爵家の面々が進んでいく。私たちに気付いた人は廊下の端に寄り丁寧な礼を執る。軽く会釈を返したくなるけれど、侯爵位持ちはやのつく職業の親分のように偉そうにしなければならない。こういうところは苦手だなあと私は小さく笑い、後ろを歩く顔馴染みに視線を向け言葉を紡ぐ。
「噂は把握しているけれど……どうするつもりだろうね。陛下方は」
本当にどうするつもりなのだろう。面倒なことが起きていると分かっているが、対処方法がイマイチ分からないというのが正直なところである。
『街の人たちが怖がっているからねえ。解決すると良いけれど』
クロは困り顔を浮かべながら、首をこてんと傾げていた。一緒に廊下を歩いている毛玉ちゃんたち三頭は状況をあまり理解しておらず、城の廊下を興味深そうに歩きながらきょろきょろと顔を動かしている。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんはお城の騒がしさを察知して、私の影の中で待機してくれている。ジャドさんたちとエルとジョセ天馬さま組も侯爵家でお留守番を担ってくれていた。ポポカさんたちは呑気な顔で卵を抱いている。
「だな」
「大丈夫。どんなことでも、ナイがいれば平気」
ジークは私と同じ意見であり、リンはとんでもない信頼を私に向けていた。まあ、だからこそそっくり兄妹の信頼を裏切れない。会議ではどんな話に展開するのか読めていないが、高位貴族としての務めを果たさなければ。あまり良い予感はしていないけれど。
『そうです。噂の根源などご主人さまと私、ヘルメスが吹き飛ばしてみせましょう!』
「いや、吹き飛ばすのは良いんだけれど……違う噂が流れそうだから。加減をして貰えると助かるよ』
腰元のヘルメスさんは今日も元気に魔石をペかぺか光らせながら過激な発言を繰り出した。でもまあ、今回は頼もしいし、場合によってはヘルメスさんの力を借りることになる。ソフィーアさまとセレスティアさまは凄く真面目な表情、というか凄く思い詰めている雰囲気を醸し出している。アルバトロス城内で働く方たちも沈痛な空気を醸し出している気がしてならない。
特に、騎士の方が渋い表情で警備に就いている。野外訓練場では軍の人が多く集まり額に汗を流していた。文官系の方たち、特に外務官の方も忙しなく動いており、エーリヒさまとユルゲンさまは忙殺されている可能性がある。
白いんげん豆を持参してくれば良かっただろうか。
疲労回復も効能の一つとなっているから、城の皆さまに喜ばれるかもしれない。白いんげん豆をお手植えされたご本神さまは今回も私の従者として一緒にアルバトロス城に赴いている。
もちろん彼のお方がいるということは末妹さまもご一緒だ。二柱さまは城の空気に片眉を上げながら、緊張を感じ取っているようだ。ただ従者としてきているため、余計なことは口にしないようである。そうして大会議室の前に辿り着いた私は小さく息を吐いて吸い、大きな扉の前で警備を務める近衛騎士の方と相対した。
「ナイ・アストライアー。陛下のご招集に応じ馳せ参じました」
「侯爵閣下。中へご案内致します。こちらへどうぞ」
近衛騎士の方に案内されながら大会議室の中へと入っていく。中央には大きく豪奢なシャンデリアが吊られ、大会議室の広さを表していた。私が登場するなり先に訪れていた方たちが『おお』と感心するのは何故なのか。
これから大会議室へと入場を果たす方たちより爵位は下である。上の方たちが訪れればアイドルのファンたちのように黄色い声を上げて欲しい。妙なことを考えていれば席に辿り着き、係の人が椅子を引いてくれ私は腰を下ろす。
アルバトロス王国内の伯爵位以上の方が既に集まっていた。緊急招集という形のため入場順は少し変化している。ヴァイセンベルク辺境伯さまとハイゼンベルグ公爵さまの姿は見られない。そのうち顔を見せるだろうと待っていれば、アルバトロス王国内の伯爵位以上を持つ方々が集まった。本当に錚々たるメンバーであるが、これからさらに面子が増える。
すると見慣れない女性が一番最初に入ってきて、ソフィーアさまが『自由連合国の新代表だ』と教えてくれた。彼女はかなり緊張しているが、後ろに付いている護衛の方を見て頷き前を向いて背を正す。
そうして次に彼女より上座の位置にヴァンディリア王、リーム王、マグデレーベン王が着座し、アルバトロス王国周辺国の陛下方も次々に椅子に腰を下ろした。更に遠くの国を治めている陛下方も椅子に座っていく。亜人連合国のディアンさまとヤーバン王も姿を現した。え……? と私が目を見開いてヤーバン王に視線を向けると、彼女は『少々、失礼』と言い残して側に寄ってくる。私は席から立ち上がり、そそくさと礼を執ってヤーバン王の顔を見上げた。
「ヤーバン王! 身重の身の貴女が何故、この場にいらっしゃるのです!?」
「他の者に任せるのは少々不安でなあ。それに今まで起こったことのない事態だろう。国の者たちも珍しく不安に陥っているからな。王が動かずして誰が動く?」
儀礼的に失礼となるが、まだ会議が開かれたわけではないと私は先に声を上げさせて貰う。今にも生まれそうなくらいお腹が張っているというのに、目の前の豪傑はカラカラと笑って上に立つ者の矜持を語る。
大会議場にいる男性はヤーバン王の声にうんうんと頷いているが、出産を軽く見過ぎではなかろうか。確かに王としてなら頷くだろうが……赤子を胎内に宿しており、さらに出産間近という身だ。つらくないはずはない。それに。
「理由は理解いたします。ですが、御身になにかあれば腹の子にも影響が及ぶのですよ!!」
なにかあればどうするのだろう。生まれてこなければ赤子は天に旅立つ――酷い言い方だけれども――だけだが、母体は確実にダメージを受ける。ヤーバン王の後ろに控えている白髪交じりの壮年の男性がうんうんと力強く頷いていた。私が眉根を寄せて睨めば、ヤーバン王はふうと息を吐いた。やはり辛いのかと私が歯噛みすれば、目の前の女王は仕方ないと言たげ表情になる。
「アストライアー侯爵が珍しく怒っている……なに。無茶はせん。話の場に加わるだけのこと。あわよくば侯爵の屋敷で世話になろうとは考えていないさ」
――そっちが本命かい!!
「ははは! まあ、厩で独り産み落とした者もいると聞く。負けるわけにはいかんだろう?」
「妙なところで対抗心を燃やさないでください……」
本当に目の前のお方は竹を割ったような性格である。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私の後ろで『大丈夫?』『あーまあ、本人が言ってんだから、良いんだろ』と小声で言葉を交わしていた。
ヤーバン王は二柱さまを知っているため、視線で『心配無用』とメッセージを二柱さまに送っている。私は影の中にいるヴァナルをべば、雪さんたちも一緒に出てきた。ヤーバン王は首を傾げているけれど、私は先ずヴァナルと雪さんたちに視線を向ける。
『どうしたの、主?』
「ヴァナル、申し訳ないんだけれど、許可が下りればお願いしたいことがあるんだ。ちょっと待っててね」
こてんと首を傾げたヴァナルと雪さんたちに待っててと告げた私は、ヤーバン王と視線を合わせて事情を説明する。アルバトロス王国に滞在している間だけでも、護衛を兼ねてヴァナルと連れていて欲しいと。なにかあればヴァナルが私の下に駆けつけてくれるようにするからとヤーバン王にお願いしてみる。ヤーバン王に如何ですかと問う前に、ヴァナルがヤーバン王の隣に腰を降ろした。
『ヴァナルは構わない。主、心配してる。それに仔は大事』
ヴァナルが快諾してくれる。本当にヴァナルは優しいと私が感心していれば、雪さんたちがヴァナルの隣に並んだ。
『では、我々も番さまとご一緒に参りましょう』
『なにかあれば、番さまと私たちどちらかが動き、片方は彼女の側に控えておけますものね』
『出産は命を賭して行うものです。ナイさんの気持ちをご理解してくださいませ』
ヴァナルと雪さんたちの声にヤーバン王はふっと笑って『よろしく頼む』と声を上げ『気を使わせて済まないな。侯爵』と片眉を上げながら笑っている。心配だから了承して貰えて良かった。
なにかあればヴァナルたちの俊足で知らせが私の下に入るし、ロゼさんの転移でヤーバン王の下へ駆けつけることができる。ではなと軽く手を挙げたヤーバン王は私の下から離れ、用意された椅子に腰を降ろした。唯一の女王というのに、各国の陛下方と雰囲気が見劣りしていないのは、彼女の豪気さが理由だろうか。
「ふう」
と息を吐いて、私はまた席に腰を下ろす。また少し時間が流れれば聖王国の教皇猊下も現れて、彼の国周辺の王たちも同時に姿を現した。教皇猊下の側にはフィーネさまの姿もある。どうやらアリサさまとウルスラさまはお留守番をしているようで姿は見えない。
ガレーシア王や冒険者ギルド本部のお偉いさんも姿を見せる。そうしてアルバトロス王国の王妃殿下と王太子殿下と妃殿下、第二王子殿下も姿を現す。本当に総出だなあと感心していると、アルバトロス王も現れ最上位の上座に腰を下ろす。
「海を経た大陸の王たちもアルバトロス王国を目指しているが、何分時間が掛かる。忙しい者が多い中、待ってはおられん状況だ。会議を始めよう」
アルバトロス王国の陛下が重い声を上げて、会議が始まるのだった。
◇
――どうしてアルバトロス王国に各国の王がこぞって集まるのか!
と言いたいところであるが、こうして東西南北の王たちが集まり平和的に話のやり取りができるのは、会議室の豪華な椅子にちょこんと座すアストライアー侯爵のお陰である。本当にどうしてこうなったと胃を抑えたいが、今は私の胃の痛みはどうでも良い。
双子星の前に黒い点が現れたと噂が流れ始めて数日が過ぎ、凄く遠い場所を見渡せる者に双子星を見て貰えば『長方形の物体がいくつか浮いている』という報告を受けた。
遠見ができる者の話を元に画家に形を描いて貰えば、アガレス帝国の飛空艇に似ているようで、もっともっとなにか別の物のように見えた。だが描かれた長方形の物体は明らかに人工物である。
各国の王たちも双子星の前に浮かぶ黒い物体があると知り対応に追われている。治める街の者たちは謎の物体が我々に手を出してくるのではと恐怖していたり、神さまの使いではないかと歓迎している者もいる。
聖王国はアストライアー侯爵に連絡を取り『創星神さまが意図したものではない』と知り、かなり慌てふためいているようだ。
果たして空に浮かぶ物体は、なにを目的としているのか。ただ一国が勝手に物体と接触するようなこと――遠すぎて手を出せないが――になれば、各国と軋轢が生まれてしまう。どこからともなくアルバトロス王に頼ってみようという声が上がり、今という時間を迎えた。
さて、これからどうなるのか。私の差配次第だなと目を瞑り息を吐いて、眼前の王たちに視線を向ける。やはり一番雰囲気があるのはアストライアー侯爵一行だと、私が目を細めるのは誰にも分からないまま。
……お、叔父上。後ろで吹きそうにならないでください!






