1513:戻ってきました。
バーベキュー大会は好評を得て終わり、夜が明けて私たち一行は帰路に就いている。
大型竜の方の背に乗っている私たちは『楽しかった』と言いながら、それぞれ話し込んでいた。来年はユーリを連れていけるだろうか。二週間という長い時間を彼女と過ごせないのは結構寂しい。
私のことをようやく『にゃいねー』と呼んでくれるようになったものの、二週間という時間に忘れられそうで怖いのだ。戻ったら、お土産を手にいの一番でユーリの下へ行かなければと誓い私は顔を上げる。するとクロが『どうしたの?』と肩の上で聞いてくるので、私は『ちょっとね』と告げておばあを見た。
「また今年もポポカさんを預かるようになってしまった……」
私がおばあを見ればご機嫌そうに『ピョエー!』と一鳴きする。おばあの背の上ではポポカさんたちがグリフォンの卵を抱え『ポエポエ』と間抜け顔――彼らにとっては普通――を晒していた。
旅立つ直前、浜辺でおばあの背から降ろそうとポポカさんたちを抱き抱えると『ポエーーーーーー!!』と強烈な音量の鳴き声を上げ、移動を固辞されたのだ。
島の主であるガンドさまとグイーさまは軽く『ナイが預かってくれ』『余程、グリフォンの背が気に入ったようだのう』と言ってくれたため、今年もまたポポカさんたちを預かることになったのである。
なんだか腑に落ちないが、ポポカさんの卵を温めたいという意思は尊重したい。ポポカさんがグリフォンさんの卵から離れないのであれば、卵を島に預ける予定であったのだが、まさかおばあの背の上が気に入るとは。本当になにが起こるか分からないと私が小さく息を吐けば、側にいたジークとリンが苦笑いを浮かべる。
「おばあの背の上から移動しないからな」
「時々、おばあになにか語り掛けてるよね」
そっくり兄妹も仕方ないと息を吐く。まあ、ポポカさんたちは卵を温めている間はほとんど移動しないので、屋敷で過ごすのは問題ない。それよりおばあに負担が掛かるのではなかろうか。
昼寝用ベッドをひとつ失ったジルケさまは特になにも言わないし、ヴァルトルーデさまはグリフォンの卵が孵るところを見られると期待しているようだ。他の面々――特にセレスティアさまと副団長さまと猫背さん――も楽しみにしているようで、おばあの背の上をチラチラ見ている。もちろんジャドさんを始めとしたグリフォンさんたちもだし、ヤーバン王国の方たちも。
「なにを話しているんだろうね?」
おばあの背の上を安全地帯としたポポカさんたちは、時折おばあに声を上げなにかを訴えている。私たちにポポカさんたちの鳴き声の意味は分からないが、おばあは理解しているようだ。
例えば、ポポカさんたちが陽向ぼっこをしている最中に影が差せば『ポエー!』と鳴いて、おばあはすごすごと立ち上がり陽の当たる場所へ移動している。他にもポポカさんが『ポエー』と鳴けば、おばあが水場に移動していた。
「怠けているように見えるが……」
「共生しているなら、気にしなくて良いんじゃない?」
ジークが目を細めながらおばあの背の上に視線を向け、リンもおばあの方へ視線を向けて肩を竦めている。時折、ポポカさんがおばあに寄ってきた小虫を啄んでいるから、共生になるのだろうか。おばあの負担が大きくないかと私ももう一度おばあを見ると、クロが尻尾で私の背をぺちぺち叩く。
『おばあは嫌がっていないからねえ』
クロの呑気な声が聞こえると、ジャドさんがいつの間にか私の後ろに立っていた。
『自分よりか弱い者たちだから、守らなければならないという気持ちを抱いてしまったようです』
ジャドさんが私を覗き込みながら顔を近付けてくる。ジャドさんの顔を私が撫でていると、ルカとジアがはっと気付いてカパカパと歩いてきて顔をぐっと近づける。
イルとイヴにグリフォンさんたち四頭とヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭もこっそりと輪の中に加わっており、セレスティアさまが凄く羨ましそうに私を凝視していた。ジャドさんのドアップを眺めながら、私が某ご令嬢と視線を合わせれば顔をぱあっと輝かせ『るん』と音符が浮きそうな足取りで一足飛びに私の横に立ち、元々彼女の側にいた公爵令嬢さまは『はあ』と肩を下げていた。
「速い」
「貴族令嬢なのか疑問」
ジークとリンが感心しているから、某辺境伯令嬢さまの足の速さは凄いようだ。某辺境伯令嬢さまは貴族令嬢という区分で済ませられるのかは別として、表情を緩ませながら集まったみんなの顔や身体を順に撫でている。
どこぞの筋肉が立派とか、毛並みの良し悪しを語っているのだが、比べるものが少ないので語れるほどないはず。でも某辺境伯令嬢さまの言葉は割と的確で、ジャドさんやヴァナルから褒められると更に顔をだらしなくしていた。
そんなこんなで空の旅が終わり、聖王国を経由してアルバトロス王国に戻ってきた。途中、王都や各領地に寄りご家族の下へと戻っている。そして私の故郷となるアストライアー侯爵領領主邸に辿り着いた。
大型竜の方にお礼を告げ、魔力を少し分けておく。そうして大型竜の方とも別れを告げ、屋敷の玄関に辿り着いた。
夏休みということで、屋敷で働く方々で帰省場所がある人たちはそれぞれの故郷に戻っていて普段より静かである。それでも侯爵家の屋敷を切盛りするには大勢の人が必要となり、私が戻ると結構な人数が出迎えている。休暇時期となっているし根を詰め過ぎた仕事はしないようにと私は出迎えにきてくれた方たちに告げ、一旦自室に戻った。少しお腹が空いたけれど、着替えをしてからユーリに会いにいかないと。着替えの介添えをお願いするために呼び鈴を鳴らす。するといつも通り私の着替えやらを担ってくれている、エッダさんが顔を出した。なんだか凄く久しぶりと私は口を開く。
「エッダさん。二週間振りですね。またよろしくお願いします」
「ご当主さま、お帰りなさいませ。今日からまたよろしくお願いいたします」
お互いに声を掛け合い、私は着替えを行う。クロたちは空気を呼んで部屋の外で待機してくれた。今年のエッダさんの休暇は後半となったようで、ご実家に戻る時期が少し遅くなるそうだ。島での話を彼女と交わしながら、ちょいちょいと彼女の実家やご家族について情報を拾っていく。
ラウ男爵さまからの紹介で屋敷に勤めるようになったエッダさんであるが、不満はないだろうか。以前、勤めていた家の方が静かで良かったと思われていないか心配だ。
お給金は十分に支払っているはずだけれど、侯爵位の屋敷で働いているのにケチだとか思われたくはない。アストライアー侯爵家のご飯関連と福利厚生は他の家にはないものだけれど、なにか違う手を打ち出しても良い頃合いか。とはいえなにかあるかと問われれば、慰安旅行とか忘年会とか安易なものしか思い浮かばない。むうと私が考え込んでいれば、エッダさんが不思議そうに顔を傾げる。
「ご当主さま、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。皆さまの労働環境について考えておりました。不足しているものや、改善点など見つけたら教えて欲しいなと」
エッダさんの問いに私は素直に答えてみる。するとエッダさんは目を丸く見開いたあと、私の服の裾を直しながら小さく笑い始めた。
「今でも十分、働きやすいお屋敷ですよ、ご当主さま。あ、襟を正しますね。失礼します」
「私は他の屋敷がどんなものなのか分からないので……ありがとうございます」
エッダさんが私の正面に立って襟を直してくれる。エッダさんも背が高い――と言っても成人女性の平均となる百七十センチほどだが――ため、私は彼女を見上げる羽目となった。私は生粋の貴族ではないし、他の家に関わったことがないため、貴族の屋敷で働く環境というものを知らない。エッダさんは満足しているようだけれど、アストライアー侯爵家の労働環境に不満を持つ人はいるはずだ。
「文句を言っている方がいるなら、侍女の者たち総出でアストライアー侯爵家の良さを訥々と語って言い聞かせてみせます」
「お手柔らかに」
ふふと小さくエッダさんが笑っているのだが目の奥が笑っていない。エッダさんちょっと怖いと私が目を逸らせば、着替えは終わったと彼女がクロたちに知らせに向かう。ジークとリンも着替えを終えていたようで、クロたちと一緒に私の部屋へと入ってきた。入れ替わりにエッダさんは退室しますねと言い残し姿を消した。
「ユーリのところに行こう」
私はそっくり兄妹とクロたちを見ながら、久しぶりにユーリの下へ行こうと告げる。部屋を出て長い廊下を歩き、ユーリの部屋の前へと辿り着く。乳母の方に声を掛けて部屋の中へと私たちは足を進める。
ユーリは積み木の玩具で遊んでいた。木工店に頼んで作って貰った品物で、角は丸く削ってやすりを掛けてもらっているので怪我はしない。無垢のため舐めても身体に害はないし、一辺の大きさを三センチ以上確保して貰っているため彼女の口の中にも入らない。積み木が口に入る頃になれば、食べられないものだとユーリは理解してくれるはず。私はユーリの下にしゃがみ込めば、くりくりの丸い大きな黒い瞳を向けこてんと顔を傾げる。まだ小さいためユーリが頭を傾げると床に転がりそうだと、私は片手を彼女の背に当てた。
「ユーリ、お土産だよ。去年と同じものになったけれど、喜んでもらえると嬉しいな」
「にゃいねー、おきゃえりにゃさいー」
私は浜辺で拾った大きな貝殻をユーリに渡す。貝殻には煮沸消毒を施しているので菌類は死滅しているはずだ。ユーリは私の手から貝殻を取って、片手でぶんぶん振り回す。耳に貝を当てて『海の音が聞こえる!』なんて言ってくれるのはまだまだ先だろう。とはいえ。
「語彙が増えているね、ユーリ」
「最近、言葉の成長が成長著しいです」
私はユーリの変化に気付き、乳母の方が微笑みながら教えてくれた。ユーリは直ぐに貝殻に興味を失い、ヴァナルの下へと歩いて行く。一人で歩けるようになっているから、行動範囲が広くなる分、目を離せなくなっている。ユーリは床に寝転がっているヴァナルの前で両手を上げた。ヴァナルは小さく首を傾げながら、ユーリがどうするのか静かに見守っている。
「わんわん!」
『落ちると危ない。もう少し大きくなってから』
ヴァナルの背に乗ろうとしているユーリを、立ち上がって阻止していた。ユーリはヴァナルの行動に不満なようで、ぷーと頬を膨らませている。
「わんわんとあしょぶー!!」
どうやらユーリはヴァナルの背に乗って遊びたいようである。もしかしてマサカリ担いだあの人を目指すつもりだろうか。いや、女の子だしあり得ないと私が心配していると、毛玉ちゃんたちがユーリを取り囲む。
「けじゃまはやーーーーー!」
『ゆーり、ひじょい!』
『あしょぶ!』
『いやじゃにゃい!』
ユーリが盛大に毛玉ちゃんたち三頭のお誘いを断れば、しょぼんとしたり、怒ってみたりと三頭は忙しい。まあ、ユーリをベロベロ遠慮なく舐めていたから、拒否反応が出るのは仕方ないと私たちは笑い、帰国報告を済ませるのだった。






