1511:和気藹々。
ピザがどんどん焼けていく。エーリヒさまは変わり種を用意してくれていたようで、半熟玉子を乗せたものや、蜂蜜を掛けたものに、バナナとチョコレートが乗ったデザート系のものまで焼いてくれている。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは先程から無言で焼き上がったピザを一切れずつ賞味して、幸せそうに食べている。グイーさまも酒の肴になりそうなピザを選んで食べているし、テラさまも『食い溜めよ!』と口にして片っ端から食べていた。ナターリエさまとエーリカさまはナイフとフォークを使い丁寧に食べている。食が細いと言われている二柱さまのため、ずっと食べているのは珍しい。
他の方たちも焼き上がりのピザをふーふーしながら食べていたり、こっちも美味しいとかこれもお勧めと口にしながら楽しんでいる。私たちも遠慮なく頂いて、一息ついたところだ。
エーリヒさまは料理人の方に任せても大丈夫と判断して、焼き係から食べる方に転じていた。私の後ろにはジークとリンがいて、横にはフィーネさまがいる。フィーネさまは蜂蜜が掛かったピザを一口頬張って私に視線を向けた。
「久しぶりに食べた気がします!」
「懐かしいですよねえ。高くて、あまり口にしたことがないですが」
フィーネさまが嬉しそうに声を上げる。前世の私は『ピザは高い』というイメージがあり、スーパーで半額になったものをトースターで焼いて食べていたくらいだ。
お店のピザなんて数えるほどしか食べたことがない。今、私たちの目の前にあるピザはお店のピザに負けていない味だ。食べることに関しては今の方が恵まれている。私はジークとリンにお皿を差し出して、こっちも食べてみてと個人的にお薦めのピザを差し出した。私が作ったわけじゃないけれど。
「クリスマスとか誕生日会とかのイベントで食べる機会が多いですからね」
「ですねえ」
フィーネさまの声を聞きながら私はジークとリンがピザを食べるところを見ていた。そっくり兄妹は肉系ピザが良いようで、ハムとチーズのピザを手に取っている。
生クリームソースをベースにしてきのこやベーコンを乗せたピザもある。名前はよく分からない、というより説明を受けたけれどこじゃれた名前が多くて覚えていない。チーズがたくさん乗ったピザとかバジルとチーズが乗ったやつとか、で説明している私は異端であろうか。まあ、美味しければ良いかとジークとリンの様子を見つつ、フィーネさまを視界に入れる。
「今日は太っちゃうと気にするのは野暮ですよね」
たしかに小麦粉にトマトソースにチーズというカロリー爆弾だから、たくさん食べると数日後の体重が爆増しそうである。しかしフィーネさまは成長するばずのエネルギーは胸にいっていないだろうか。
出会った頃も大きかったけれど、前よりむっちりしているような。リンはリンで学院卒業後も背と胸が微増しているし、ジークも身長は伸びている。
私の成長は微々たるもののため、なんとなく周りに置いていかれているような気もしていた。でもまあ、個人差で済ませてしまうのが心の衛生には一番である。太らない体質なのは有難いし、健康そのものなのだ。身長が足りていないことで嘆くのは止めよう。まあ、悪意があればキレるかもしれないが。
変な思考に陥る前に顔を左右にふれば、フィーネさまが心配そうな顔で私を見ていた。
「ナイさま?」
「なんでも。まだまだ焼けているようですし、今日は鱈腹食べましょう!」
話を中断して考え込む癖は治した方が良いなと私は苦笑いを浮かべて、どんどん提供されるピザに視線を向けた。カロリーがなんぼのもんじゃい、とたくさんのお皿の上に並ぶピザを前にする。肩の上のクロが『ナイが本気を出すのかなあ?』と首を傾げていれば、フィーネさまが片手を胸の位置まで上げながら別の意味で心配そうな顔になる。
「明日もありますよ?」
「明日の分は明日に確保します!」
明日は明日でバーベキュー大会だから、フィーネさまの心配は理解できる。でも今日、たくさん食べても明日には胃の中身は空になっているのだ。
エーリヒさまが料理を作ってくれる機会はないうえに、他の面々も食べているため助言を貰いやすい。料理人さんたちも聞き取れる人が多い方が助かるはずだ。私は抽象的な言葉にしか口に出せないため、料理人さんたちが困ることがある。ソフィーアさまとセレスティアさまは流石貴族のお嬢さま故に食べた味の感想が的確で、料理人さんたちも彼女たちの意見を参考にすることが多い。
フィーネさまは私の言葉に少し呆れたのか、アリサさまとウルスラさまの方へと歩いて行った。
さーて、今度は私の番だと目の前のお皿の中から気になるピザを見つけて手に取る。綺麗に切り目が入っていて、ピザが形を崩すことはない。
スーパーで買ったピザは時折引っ付いていて、先が残ってしまったりするのだけれど、本当に綺麗に切り目を入れてくれているため、私が手に取った一枚は気持ちが良い三角形だ。豪快に口を開けてピザを半分ほど口の中に放り込む。何度か咀嚼すると、チーズとソースの味が口の中に広がって幸せな気分になった。
「美味しい」
「良かったです。喜んでもらえて」
ふへへと一人で笑っていれば、いつの間にかエーリヒさまが横に立って私を覗き込んでいる。私は今日のお礼をエーリヒさまに伝えて、少しだけ物足りないことを口にする。
「炭酸飲料が欲しいところですが、無いものは仕方ないですよね。どう作るんだろ」
本当にどう作っているのやら。炭酸水メーカーがあれば手軽にできるけれど、ガスが必要となるためこちらの世界では手に入れられない。理屈だと水素と炭素と酸素があればできるはずだが、生憎と作り方まで分からない。むーと唸っていればエーリヒさまが片眉を上げながらなにか考えている。どうしたのだろうと私がエーリヒさまを見れば『あ』となにかを思いついたようだ。
「発酵ジンジャーなら作り方を知っていますが……ナイさまは生姜が苦手ですか?」
どうしてそんなことを知っているのだろう。いや、まあ料理が好きでいろいろ情報を集めていたと聞いているから、エーリヒさまの頭の中には私より膨大な量の料理知識が備わっているのだろうけれど。過去に覚えていたとしても、的確に記憶の引き出しを開けられるのは羨ましい限りだ。しかしジンジャーか。
「薬味程度であれば食べられますけれど、ジンジャー飲んだことないんですよね」
エーリヒさまが意外だと言いたげに少し目を見開く。はい。炭酸飲料は自販機に並ぶ定番なものしか、私は飲んでいません。こう変わり種を試す余裕はなかったというか。ちょっと頂戴と一口貰うのも憚られるから、友人や会社の人が飲むのを横目で見ていただけである。美味しいと聞いてはいたが、結局、口にすることはなかった。
「なら、今度レシピを送ります。手間は掛かりますが、レシピと材料があればだれでも作れるものですから」
「いつもありがとうございます」
エーリヒさまに私が頭を下げれば『いえいえ』と声が返ってくる。フィーネさまと婚姻を果たしたいから、私と懇意にしていることは有利だからと彼が苦笑いを浮かべる。
少し前のベナンター準男爵領の視察もそのための一環として、私たちを受け入れたそうだ。利用して申し訳ありませんとエーリヒさまが肩を落としているけれど、フィーネさまは彼のことを好いているのは知っているから問題ない。
むしろ、エルかジョセに跨って聖王国へ迎えに行って欲しいくらいだ。私は誰かに頼んでその様子と魔術具で撮って貰い、エーリヒさまとフィーネさまに写真を贈ろう。エルとジョセで足りないなら、屋敷と森に居着いた天馬さまたちにも協力して貰えば良いし、なんならジャドさんたちも加勢することができる。それでも足りないなら亜人連合国にお願いして竜のお方も加えられるだろう。
聖王国が滅びそうな面子になっているけれど、エーリヒさまは彼の国の崩壊は望んでいない。
「ナ、ナイさま……妙なことを考えておられませんか?」
「いえ。エーリヒさまがフィーネさまを迎え入れるなら、聖王国が問題視する可能性がありますし、一瞬で黙って貰う方法はないかなと。現教皇派の方たちは大丈夫でしょうけれど、他の派閥の方が怪しいので……」
私とエーリヒさまの会話を聞いていたジークが『無茶はするなよ』と言いたげな雰囲気を醸し出し、リンは『滅びても問題ない。代わりはたくさんいる』とデンジャーなことを告げる。リンが何気に過激だよねえと私が目を細めると、慌てた雰囲気のエーリヒさまが口を開く。
「有難くはありますが、事を大きくしないでくださいね?」
ね、と念を押すようにエーリヒさまが私に声を掛けた。事を大きくするつもりはないけれど、私が動けば世間の皆さまはいろいろと勘繰るし、なにか動いていると察するのではなかろうか。
それなら与えるインパクトは大きい方が効果的となってしまう。どうにもグイーさまの使者を務めて以降、私の感覚が麻痺している気がする。なるようになれと割り切ろうとしているというか……なんというか。
「もちろんです。なにか起これば、前みたいに竜の方たちにお願いするくらいです。一度、やっているのでインパクトは薄くなるでしょうしね」
とはいえ世界中を騒がせることは避けたい。聖王国を狙うなら聖王国のみに影響があるように気を付けないと。エーリヒさまに無茶はしないと告げれば、ジークがいつの間にか左隣に並んでいる。どうしたのだろうと私がジークを見上げると、片眉を上げながら彼が言葉を紡いだ。
「ナイ。腐った連中には構わないが、なにも知らない者からすれば恐怖以外のなにものでもない。手加減してくれ」
「うん、分かってる」
ジークは駄目な人たちに鉄槌を下すことを許容してくれるようだ。ただそれ以外の人たちが驚かないように気を使えということらしい。エーリヒさまはジークの言葉を聞いてほっとしているような、複雑なままのような微妙な表情のままである。
「亡国になれば、ナイが王になる可能性が高くなるぞ」
「それは嫌」
ジークが小さく笑いながら口にした言葉に私は即否定する。私には国を運営できるような知力はないし、人を惹き付けるような魅力もない。誰かの下に就いて、チマチマ仕事を捌く方が性に合っている。サラリーマン気質が抜けていないと言われそうだが、誰かを支配することなんて考えていないのだから。
「仮に私が王さまになったら、盗むな犯すな殺すなを基本にして飢えない国を目指すだけで、技術の発展とかさっぱりだから。他の人が国を治めた方が発展するよ」
私は目を細めながら、残り半分になったピザを口の中に入れる。冷えても生地は薄くてカリカリしているし、チーズの味も失われていない。
ジークとエーリヒさまは『それが一番難しいだろうに』『技術や文化は勝手に成長しますよ』と苦笑いを浮かべていた。リンは特に興味がないのか、私にお薦めのピザを差し出してくる。私はリンのお薦めのピザを口に入れた。お肉がたくさん乗った照り焼き風のものだ。お醤油さんの味に目を細めながら、エーリヒさまとフィーネさまはどうなるのだろうと心配するのだった。






