1510:リミッター解除。
二週間という時間はあっという間だった。
亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんとダークエルフさんたちの村に向かい、たい焼きと大判焼きを振舞ったり、釣りに泳ぎに温泉に浸かって日々の疲れを癒したりしていた。二週間目も森の探検やみんなで遊んであっという間に残りは三日となり、最終日は朝早くに出発するため残りはあと四十八時間となっていた。
「エーリヒさまが作った窯でピザが食べられるなんて思わなかった。明日はバーベキューだし、盛り上がりそうだねえ」
私はコテージ横に出て隣にいるジークとリンの顔を見上げた。昨日の夜はエーリヒさまがピザの生地とソースを仕込んでいた。結構な力仕事でジークとマルクスさまとギド殿下が大活躍している。
生地を弾力が出るまでこねるのは根気の必要な仕事となるため、エーリヒさま一人ではできないと助っ人として呼ばれたそうな。私は見ていることしかできなかったけれど、今日は食材をたくさん提供する予定である。
「だな」
「だね」
そっくり兄妹が目を細めながら私を見下ろす。肩の上に乗っているクロは尻尾を振りながら顔をぐしぐしと私に擦り付けてきた。
『みんなくるって言ってたから、騒がしくなりそうだねえ』
最終日前ということで大騒ぎしようと全員が集まることになっている。島の主の大蛇であるガンドさまも顔を出すし、グイーさまとテラさまと四女神さまも勢揃いだ。ヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭が私の影からぬっと出てきて、ちょこんと四頭が私たちの横に並ぶ。
『肉』
『にゅく!』
『おにゅく!!』
『たくしゃん、たべりゅ!!』
どうやらお肉の話に反応したようで、素焼きのお肉が食べたいようである。少し遅れて雪さんと夜さんと華さんも私の影から出てきて『番さまは元気です』『仔たちも元気ですねえ』『食べ盛りでしょうから』と番のヴァナルと毛玉ちゃんたちを見ながら小さく笑っていた。森の中からおばあとジャドさんたちも出てきて私の前に立つ。
『ピョエー!』
相変わらずおばあの背の上にはポポカさんたちがお間抜けな顔で鎮座しており、彼らのお腹の部分には私が預かった卵が四つ抱えられている。
おばあは疲れないのか心配していたが、むしろ毎日を楽しそうに過ごしていた。ジャドさんと四頭のグリフォンさんたちもおばあを見守りつつ、卵がいつ孵るのかと楽しみにしている。イルとイヴとルカとジアは四頭一緒に森の中で果物を食べたり、空の上で競争していたりと各々の時間を過ごしている。そうしてジャドさんはおばあの一鳴きに目を細めながら尻尾を振った。
『おばあは肉を食べないでしょう?』
そういえばグリフォンさんたちは雑食と聞いているのに、私の屋敷にきてからというもの肉類を食べていない。ジャドさん曰く気が乗らない上に、食べたいとも思わないので口にはしないそうである。必要に迫られれば食べますよと笑っていたけれど、侯爵邸や私の関係各所の魔素量が気になるところ。副団長さまに頼んで調べて貰っても良いが、事実を突き付けられるので少し目を逸らしている。
『ピョエ~』
『みんなで過ごすのは最後だから一緒に楽しむと。しかしおばあ、背中のポポカたちはどうするのです?』
おばあがドヤと顔を上げているが、ジャドさんは少し困った顔で問う。
『?』
首を傾げたおばあは戻る時にポポカさんたちとお別れすることを、まだ悟っていないようである。でもポポカさんたちも卵から離れず付きっ切りでお世話をしているため、卵から引き剥がすのも酷なことだ。卵に触れようとすれば羽を逆立てて真ん丸鳥のポポカさんたちが、更に真ん丸なデブ鳥になる。島の主であるガンドさまにも同じ態度を取るため、本当に卵を大事にしてくれているのだ。
「どうしようか。ガンドさまと相談して、またポポカさんを預かっても良いんだけれど……なるようになるかな? ジルケさまがおばあの背で昼寝ができないって苦情がきそうだけれどね」
私はなるようになるはずとジャドさんの顔を覗き込めば、おばあがぬっと私の視界に入り込む。撫でて欲しいのかと私がおばあの嘴に手を伸ばせば、大人しく受け入れてくれて目を細めた。
『南の女神さまは我々の背の上を気に入ってくださっていますから。なるべくおばあの側にいて、代理の寝台を誰かが務められるように努力しておきます」
ジャドさんはおばあの行動に苦笑いを浮かべながら、ジルケさまの昼寝の場所を確保してくれるようだ。なんだかんだで、侯爵邸はこうして上手く回っているような気がする。
時折、度肝を抜くような出来事が起こって対処に追われることが多いけれど、みんながいてくれるからどうにかなっていた。私は侯爵家の当主として命令しているだけだから、凄く楽な立ち場となっている。当主という立ち場に慣れてしまい、横柄な態度は取らないように気を付けなければ。人間、気を抜くと堕落の一途を辿ってしまう。
「あ、そろそろエーリヒさまのところに行こう。具材を渡さなきゃいけないから」
エーリヒさまだけにピザ作りを任せるわけにはいかない。ピザ生地とソースは用意して貰ったのだから、具材の提供は私がやらなければ。ロゼさんに頼み込んで沢山食材をストックして貰っていて良かった。周りの方たちは大量にどうするのだと呆れていたけれど、こんなこともあろうかとロゼさんに預けていたわけである。アルバトロスの王太子妃殿下を経由してマグデレーベン王から頂いたチーズの種類がたくさんある。
日本人は苦手と言われているブルーチーズのような品もあったはずだ。試しに乗っけて焼いて貰っても良いだろう。前世のスーパーでは食べやすい安価なチーズを買っていたから、結構楽しみにしている。干し肉やサラミも使えるなら乗せて良いし、岩牡蠣も使えそうである。お野菜なら茄子が適当だろうか。
なににせよエーリヒさまの下へ行こうと、少し歩けばバーベキュー会場の片隅にピザ窯が新たに作られていた。窯の側ではエーリヒさまが火を熾している。
彼の横には緑髪くん、ユルゲンさまとフィーネさまとアリサさまとウルスラさまが既にいた。遅かったかと私は苦笑いを浮かべつつ、今日の行事の提案者に声を掛けようと歩いて行く。エーリヒさまは私たちに気付いてにこりと笑みを携えた。
「ナイさま、早いですね」
「お邪魔でしたか?」
朝ご飯を終えて少しの時間を経ており、他の方たちはお昼前まで自由時間となっている。おそらくどこにも行かずにコテージで過ごし、時間になれば他の方たちは集まってくるだろう。団扇を片手にエーリヒさまは火を熾していたようである。少しだけ彼の鼻頭が煤けていた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「ナイさま、どうしました? 皆さんを引き連れて」
エーリヒさまが笑っていればフィーネさまが側に寄り、ハンカチを差し出して鼻頭を指差している。そして私にどうしたのかとフィーネさまは声を掛けた。
「ピザに使う具材を渡しておこうと思いまして。皆さま参加されますし、明日で最後なので楽しみたいですからね」
私の答えにエーリヒさまとフィーネさまはなるほどと頷く。私は早速ロゼさんを呼んで食材を出して貰った。山積みになったチーズを見てエーリヒさまとフィーネさまは少し呆れた顔になっている。
私はピザに適しているチーズがなにかなんて分からない。それなら持っているものを外に出して、詳しい方に選んで貰う方が美味しいピザを食べることができる。フィーネさまも目を丸く見開いているものの『ナイさまだしなあ』と呟いて、山積みのチーズの一つを手に取って匂いを確かめていた。
「有難いです。チーズはピザに大事なものとなりますし、足りるかどうか不安でしたから」
エーリヒさまが目を細め、どっさりと積まれたチーズの種類を確かめている。よく種類が分かるなと私は感心しながら、伝えておかなければならないことがあると口を開いた。
「他にもお肉や海鮮もあるので申し出て頂ければ、ある程度は揃えられるかと」
本当に大人数となるのでピザ焼き係の方は大忙しだろう。料理人の方も手伝ってくれるとのことで、一緒についてきている使用人の皆さまにもピザを提供予定である。
「ありがとうございます。ナイさまに食材を提供して頂いたら、凄く豪華になりそうです」
「楽しみですね、エーリヒさま!」
ふふと小さく笑うエーリヒさまにフィーネさまは凄く明るい笑みを浮かべている。仲が良いなあと私がお二人を見ていると、他の面々も『仲が良いですねえ』とにやにやしていた。
ユルゲンさまがエーリヒさまと共にいるのは同室だから。フィーネさまが集合時間前にいたのはエーリヒさまが目的か。アリサさまとウルスラさまはフィーネさまのお供だろう。フィーネさまとエーリヒさまだけになれば国際問題に発展する。聖王国の教皇猊下はなにも言わないだろうけれど、聖王国の大聖女さまを神聖視している方たちは煩そうである。
とはいえ今の聖王国は大聖女さまが二人いる状態だ。
二人も不要と唱える方もいる――もちろん表で大声では言っていない――ようだし、聖王国もなかなか一つに纏まらない。まあ、問題があればエーリヒさまがフィーネさまを掻っ攫えば良いし、攫われたフィーネさまは裏から聖王国と取引や指示を出せば問題ないはず。ヴァルトルーデさまも聖王国自体に興味はないようだから、彼の国に女神さまが足を踏み入れるのはいつになるのやら。
「さて。熱も十分伝わったようですし、焼いてみましょうか」
エーリヒさまが腰に両手を当て、最初はなにを焼きますかと場にいるみんなに聞いた。私はなんでも良いから黙っていると、フィーネさまが『はいはい!』と顔を輝かせながら手を挙げた。
「フィーネさま。リクエストありますか?」
「チーズがたくさん乗ったピザが良いです! カロリーは気にしてはなりません……!
たしかに美味しそうである。ピザのお店でも四種のチーズとかメニューにあるのだから。丁度、マグデレーベンからチーズをたくさん頂いている上に、種類もかなり豊富だ。
他の方はあまりピンときていないようだけれど、私たち転生組にとってかなり贅沢な具材である。カロリーは気にし始めれば、なにも食べられなくなるだろう。
フィーネさまは今日と明日はリミッター解除だと口にして、エーリヒさまに食べてみたいチーズを伝えている。エーリヒさまはひょいひょいと選んだチーズを抱え込み、手際よくチーズを切り分けていた。そうして伸ばしたピザ生地の上に六種類のチーズを円形上に散りばめていった。切り分ければ、一口ごとに味が変わっていくように置いているようだ。
私は絶対に美味しいやつだと目を細め、エーリヒさまがピザ窯にピザを投入する。焼き始めてから一分ほどで窯から取り出していた。熱で溶けたチーズがぷつぷつと膨れては潰れていく。焼けた小麦の香とチーズの匂いが鼻をくすぐる。匂いに釣られたのか、ぼちぼちと他の人たちも集まってくる。さて、ピザパーティーの始まりだ。






