1509:割と好評。
たい焼きと大判焼きの試食会は皆さまに好評を受けて終わった。餡子が苦手な方もいるので、中身を変えてまた試して貰おうと決意する。まあ、甘い物が苦手なジークには申し訳ない企画だったかもしれないが。
皆さまからは、手に持って気軽に食べられることが意外だったようで、原価を抑えて領地で売れば甘味として人気がでるかもしれないとのこと。とはいえ小さい領地では無理だろうというのが、最終的に結論付けられた。
王都や大きな領都ならお金に余裕のある人たちが買ってくれるが、小さい領では余裕は少なく生活必需品の需要が高くなる。まあ、この点については時間の流れが解決してくれるはずなので、私がどうにかできることではない。王都か領地で出店することで、フソウのお菓子を広めていくことが重要だろうか。
火の前に立っていたからか、顔の火照りを感じつつコテージの談話室にあるソファーに腰掛け、私は今日の出来事を一人反省会をしている。たい焼きと大判焼きは上手く焼くことができたし、味も記憶の中にあるものと変わらなかった。ただ、こうして懐かしさを感じながら食べられるものが出てくると、心の奥底に眠っていた他の欲もにょっきっと出てしまう。
「どら焼き。最中。おはぎに薄皮饅頭……食べたいものがたくさんあるなあ」
本当に。和菓子系だけではなく、マスカットのケーキとか食べてみたい――高級品だから前世では眺めているだけであった――し、パイとかもなかなか口にできなかった。
コンビニのチキンやホットスナックも美味しいから、再現できないかと考えている。なににせよ……領地運営などお貴族さまの仕事関係をこなしていかなければならないし、暇な時間で料理開発――人任せだけれど――も進めなければ。貧乏暇なし金もなし……なんて言葉があるけれど、お金持ちは更に大変だと肩を竦めていれば、一緒に談話室にいたリンがソファーの背凭れから私の顔を覗き込んでいる。
「フソウのお菓子?」
ぬっと私の視界に現れたリンは目を細める。問うたことに深い意味はないようで、私が口にした言葉の羅列が気になったようである。膝の上に乗っていたクロもリンの声に顔を上げ、尻尾を動かしながら口を開いた。
『ナイは貪欲だねえ」
リンとクロはお互いに頷き、彼女の肩の上に乗っているネルは首を傾げている。
「否定できないかも……でもリンもクロも珍しい食べ物とか果物があれば食べたくなるでしょ?」
私が食に貪欲なのは前からである。食欲のお陰で続いている交流があるから、捨て去るのも勿体ないというか。
「どうだろう」
『ボクは興味が湧いちゃうかも』
いつの間にか私の横に腰掛けたリンが目を細め、クロも目を細めていた。まあ、食べ物に興味があるのは生きる気力のある証拠である。否定するものではないと私は笑みを深め、食べたいものやら、今後のこととか他愛のないことを話し始めるのだった。
◇
コテージの談話室にあるソファーにどっかりと腰を降ろしたグイーさまが目細めながら天井を仰ぎ見る。
「つまらんぞい!」
どうやらグイーさまは暇を持て余しているらしい。たい焼きと大判焼きの試食会は昨日飲み過ぎていたためグイーさまは不参加である。
「どうして女子たちは女子たちで過ごしておるのだ!?」
またグイーさまが不満の声を上げた。グイーさまはコテージに戻ってきた俺たちを見て『楽しそうだな?』と問い、ご自身も参加したかったと微妙な表情を浮かべていた。テラさまも昨日飲み過ぎたようで外に出ていなかったから、今頃女性用のコテージでグイーさまのように不満の声を上げているのだろうか。
「仕方ありません。未婚の異性の方と一緒に過ごすのは婚約者くらいですから」
俺はグイーさまにちょいちょいと手招きされた故に彼と話さざるを得ない状況になってしまった。ジークフリードとユルゲンは大丈夫か心配そうにしているが、他の男性陣は自分に余波が及ばないようにと静かに談話室から離れている。
仕方ないと俺は小さく息を吐いてソファーの近くへと歩いて行き、グイーさまと視線を合わせた。本当に目の前にいるお方は創星神さまなのだろうか。たしかに彼から発せられる圧は人間のものではないが、こうして普通に話していることで神格を感じることが難しい。
「ええ……一緒にいれば孕んでしまう、なんてことはないのに、どうしてソコで遠慮が出るのだ。のう、エーリヒ!」
グイーさまはぷんと頬を膨らませている。とはいえ貴族社会で生きているのだから、身内の異性と婚約者でない限り異性と同室で過ごすのは避けた方が無難だ。もちろん状況にもよるし、休暇中の出先で男女は別と綺麗に分けることはないのだが……自然と異性とは距離を取ってしまうようになっていた。
「何故でしょうね。グイーさま、酒の肴に丁度良いかなとヴァルトルーデさまが釣った魚で干物を作ってみたのですが、ご賞味をお願いして良いでしょうか?」
不思議なものであるが、ちょいちょいフィーネさまと話すことができているので、ナイさまが南の島に誘ってくれるのは有難い。俺はこのままではグイーさまの愚痴に付き合うことになると、唐突だが試作品の味見をお願いしてみる。ヴァルトルーデさまが釣った魚は大量で料理人の方が調理方法に難儀していたため、何匹か譲って貰い干物を作ったのだ。
夏場だから一夜干しである。
ついでに魚の捌き方をジークフリードに伝授しておいた。包丁よりナイフの方が扱いやすいと口にして、割と器用に魚を捌いていった彼には驚かされたが。果たしてジークフリードがナイさまのために干物を提供する日がくるのか見物である。まあ、ナイさまならなんでも喜んで食べてくれそうだけれど。
「ヒモノ?」
グイーさまが不思議そうな顔を浮かべながら言葉を反芻した。まあ、フソウの人以外には馴染みがないものだろう。
「魚を干して焼いた品です。味がぎゅっと凝縮されて美味しいですよ。お酒にも合うので如何でしょう?」
短い時間しか干せていないけれど、きっと旨味が濃縮されているはずだ。ソファーの背凭れから腰を外したグイーさまが前のめりになる。
「おお! 食べる! なに、儂は神だから少々食い物が痛んでいても問題ない!」
食べ物で喜んでいるグイーさまはヴァルトルーデさまとジルケさまと親子なのだなと実感する。フソウからスルメやメザシを取り寄せて、グイーさまに贈れば喜んでくれるかもしれない。
もちろんヴァルトルーデさまとジルケさまも。ナターリエさまとエーリカさまの反応は分からないけれど、一先ず口にはしてくれるはず。テラさまは……あの外見というのに一升瓶を抱えてスルメの脚を口から出して味を噛みしめそうである。本当に創星神さま一家は破天荒だと肩を竦め、俺は一旦談話室から出て行った。残されたジークフリードとユルゲンが困り顔になっているけれど、直ぐ戻ると心の中で謝り簡易の台所を目指すのだった。
◇
どうして俺は創星神さまと一緒に過ごしているのか。
こうなってしまったのはエーリヒの責任であるが、元を質せば黒髪の聖女……ナイ・アストライアーが起こした数々の功績によるものである。俺は……俺、マルクス・クルーガーが自身の手で掴み取ったものなどなにもない、と目を細めた。
用を足したいとコテージの自室から出て、談話室の前を歩いていた俺はエーリヒとすれ違った。手には皿に乗った焼いた魚を持っていたのだが、良い匂いがすると口にしてしまったのが運の尽きだ。食べてみるかとエーリヒに問われた俺はなにも考えないまま頷き、談話室に入れば創星神さまがソファーに腰を掛けエーリヒを待っていた。
まさか創星神さまがいらっしゃるとは思わず、エーリヒの出す料理は美味いという思考に流されたしまった。少々、己の迂闊さを反省しつつ、仕方ないと談話室に足を踏み入れる。
エーリヒはご丁寧に人数分以上のものを用意したようで、みんなで食べてみようと口にする。おい。創星神さまに食べて貰うのかよと心の中で叫ぶものの、目の前の創星神さまは嬉しそうな表情で焼き魚を眺めている。ただの魚を創星神さまに提供して良いのだろうかと、俺は背中に汗が流れるのを感じた。
「美味い! ワインよりフソウの酒に合うな!」
創星神さまはナイフとフォークを器用に使って、焼き魚の身を切り口に運んでいる。偉丈夫がちまちまと魚に切れ目を入れる姿に違和感を覚えるが、本当に美味そうに食べグラスを握りワインを飲み干している。フソウの酒の方が良いなと口にした創星神さまはぱちんと指を鳴らして、壺をどこからともなく取り出した。独特の文字が描かれた壺はおそらくフソウの酒であろう。
「皆も食べよ! 美味いぞ!」
創星神さまがご機嫌で声を上げる。エーリヒは苦笑いを浮かべ、ジークフリードは表情をあまり変えず、ユルゲンは困り顔でソファーの前にあるテーブルの側に寄る。俺も言われるまま近寄って彼らと雁首を揃えて、テーブルの上に置かれた焼き魚に視線を落とした。
「うん。美味しいですね」
「塩を塗り込んで一晩外で干しただけなのに、味が凄く変わるんだな」
エーリヒとジークフリードは器用にハシを使って魚の身を取って口に運んだ。ユルゲンと俺はハシを使えないため、使い慣れたフォークとナイフを使っていた。
「全然違いますね」
「美味いじゃん」
地味な見た目からは想像できない味だ。本当に塩を振って一晩外に干して焼いただけとは思えない。これを用意したのはエーリヒか。学院の特進科の教室で言葉を交わすようになったのは二年のある時期を過ぎてからで、あまり目立つ方ではなかったのに今では爵位を得てアルバトロス王国内で地位を築いている。羨ましと思うものの、俺に同じ真似をしろと言われてもできないことは分かり切っている。
俺はクルーガー伯爵の次代として、地道に騎士の道を進むしかないのだろう。
騎士団の中で揉まれるのは悪くないし、先任からいろいろ教わるのも苦ではない。騎士団に入り一年という時間が過ぎ、後輩の教育も始めている。始めこそ面倒ではあったが、問題のある奴や真面目に任務を果たす新人たちの姿を見ていて俺自身を振り返ることができた。まあ、俺は本当に世間知らずだった。
セレスティアとは親同士が決めた相手である。お互いに家のための婚約だと認めていた。セレスティアにいろいろと対抗心から突っかかっていたが、そろそろ止める時だろう。先任たちには俺の腹の内を打ち明ければ呆れられそうだが、子供のままじゃいられないとエーリヒが焼いた魚を口にする。
しかしまあ、エーリヒの肝はどうなっているのか。自分が作った品を創星神さまに献上するなんて、普通はできないことだと俺は呆れるのだった。






