1508:試作品を食べてみよう。
――翌日。コテージから少し離れた浜辺にて。
パチパチと火が爆ぜる音と海ではしゃいでいる皆さまの声が耳に届く。ドワーフ職人の皆さまは私の話を聞いて専用の焼き台まで用意してくれていた。せっかく作って貰ったのだから、美味しく出来たら食べて貰うために亜人連合国に向かおうと決意し、フソウの帝さまとナガノブさまから教えて貰ったレシピで餡子と生地はバッチリ用意できている。
あとは好みで味を調整すれば良いのだが、先ずは下手にレシピを弄らずそのままの味を楽しむことにしている。火を熾した薪を種火にして、炭が入った焼き台の中へ投入した。
私は持ってきていた団扇で風を起こし、炭に火が移るようにと念を込める。
私の気持ちが伝わったのか種火から炭へと火が移り、赤い熱が灯り始めていた。もう少しすればたい焼きと大判焼きの型を温めて、油を塗って生地を落とし、餡子を入れる予定だ。生地をどれだけ入れれば適量なのか把握できていないけれど、失敗しながら成功に近づければ良い。餡子も採算度外視で構わないため、たっぷりと使用する予定である。
ふんふーんと鼻歌を歌いながら私は準備を進めていく。後ろで『大丈夫かなあ』と心配そうな表情で私を眺めている料理人の方がいるが、火傷をしても治せる方がたくさんいるので心配無用だ。
生地も餡子も十分あるから、今いる面子がたくさん食べても問題ないし、ダークエルフさんたちの村と魚人さんたちの村にも差し入れできる。彼らの分を作る頃には手際に慣れているはずなので、綺麗に焼けた品を持ち込めるだろう。
「大福とか生菓子の作り方も教えて貰ったから、そっちも楽しみ」
フソウからは他にも大福や生菓子の作り方もたくさん教えて貰った。生菓子は職人さんのセンスと技が光るものだし、季節の理解がイマイチだけれど、気を使ってくれたのかきちんと季節ごとに作る品を記してくれている。
春は桜餅やうぐいす餅に、練り切りの桜や蝶や若草、夏は水羊羹に葛餅にわらび餅、練り切りの露や金魚、秋は芋饅頭に月見団子に練り切りの紅葉や菊、冬は酒饅頭に大福にぜんざい、練り切りの南天や寒椿とか……本当にいろいろ教えて貰ってしまった。
フソウの和菓子とアルバトロスのお菓子が融合した品を作ってみたいけれど、私にそこまでのひらめきと知識はなく。アルバトロス王国といえば小麦だし、小麦粉を使ったお菓子でフソウらしさが出せるものがあると良いけれど。
ぐるぐると頭の中で考えている側で、私の側にいたジルケさまがにやけた顔で口を開いた。
「ヨウカン以外に美味ぇもんが食えるようになるのは有難えな。マッチャと合う」
「ジルケさまはフソウのお抹茶とお菓子に嵌っていますよね」
両手に腰を当てながらふふんと鼻を鳴らしたジルケさまに私は片眉を上げた。本当にジルケさまはフソウのお菓子にド嵌りしている。特に羊羹がお気に入りで、神さまの島へ荷物を贈って貰う際には交換条件に出てくるくらいだ。羊羹ばかりではつまらないだろうから、他に好みのフソウ菓子が見つかれば良いけれど。
「おう。美味いからな!」
にししと歯を見せながら笑ったジルケさまはたい焼きと大判焼きの型をマジマジと眺め始めた。するとジルケさまが頭をどんどん右に傾けていく。
「なんで一匹と複数匹焼けるやつがあるんだ?」
「なんとなく作って貰ったんです」
どうやら天然ものと養殖ものと言われるたい焼きの型に興味が湧いたようだ。なんとなく作って貰ったのは事実である。どちらか一方で良かったものの、ついでだからと試作品をお願いしたのだ。
「なんとなくで作って貰うなよ……ナイ」
「でも試したくありません? 焼き加減とか味が違う可能性が少しでもあるなら」
天然ものの方が焼き易そうだが、それ故に数が量産できない。養殖ものは火加減にムラができると失敗することもあるだろう。なんとなく両方を作って欲しいとお願いしておいたが、結果的に良かった気がする。
南の島の気温には適さない食べ物であるが、アイスクリームを横に添えて夏に提供している甘味処を見たことがある。たこ焼きは冬より夏の方が売り上げが上がるという店もあるのだから、ジリジリと照り付ける陽の下で食べるのは決して変なことではないのだ。
「……お、おう」
どうしてジルケさまは引いているのかと突っ込みたくなるが黙っておく。そろそろ炭に火が入ったし、試しに一つ焼いてみようと天然もののたい焼きの型と大判焼きの型――五個並んでいる――を火に掛ける。暫く待って熱が通ったら油を引いて生地を流し込もうとすれば、料理人の方が溜まらず私に声を掛けたため場所を変わってもらう。私が焼くより料理人さんの方が上手いかもしれない。
「ご当主さま、最初ですから失敗してもご容赦ください」
「大丈夫です。私が作った方が材料を無駄にしていたでしょうから」
苦笑いを浮かべた料理人の方に私も笑みを浮かべた。専用の流し込み器もないのでお玉を利用して生地を型に七割から八割ほど流し込む。型に熱がきちんと通っていたようで、じゅうと生地が焼ける音が聞こえてきた。
しばらく待って料理人の方は型をトントンと軽く叩いて生地から空気を抜いた。そうして両方の型に餡子を適量入れていくのだが、通常より多めにして貰っている。欲張ると生地が零れてしまうものの、それはそれで構わないだろうという私の判断だ。料理人の方が微妙な表情になっているものの、生地は型から零れることなく両面を重ね合わせることができた。様子を見ていたジルケさまがにやりと笑う。
「甘い匂いがしてきたな」
「はい。餡子も甘いので、きっと美味しいはずです」
生地が焼けてきて独特な甘く香ばしい匂いが漂っていた。外で焼いているので直ぐに空気は逃げてしまうが、調理場で焼いていれば美味しい匂いに満ちていたことだろう。
匂いに釣られたのか、懐かしさに釣られたのか分からないけれど、エーリヒさまとフィーネさまが一緒にこちらへ歩いてきた。近づくにつれてフィーネさまの目がどんどん輝いているのがわかる。フィーネさまが大判焼きやたい焼きを食べているイメージは全くないけれど、庶民的甘味だから一度くらいは口にしたことはあるだろう。
「どうですか、ナイさま?」
「上手くいきそうですか?」
フィーネさまとエーリヒさまが焼き台を覗き込んでいる。料理人の方は高貴な方――大聖女さま――が現れたと伸ばしていた背を更に伸ばしていた。そんなに緊張することはないだろうに、フィーネさまの見た目で硬くなっているのだろうか。
「今のところは」
私は苦笑いを浮かべながら答えると、丁度焼き上がったようで料理人の方が型の留め具を外して中を確認している。するとフィーネさまの目が更に輝きを増していた。
「焼き印を入れると更に乙になりそうですね!」
「アストライアー侯爵家の家紋……は止めておきましょう。フソウの文字か可愛いものが良さそうかなあ」
ふふふと笑うフィーネさまに私は頷く。焼き印を入れると確かに味がでそうだが、アストライアー侯爵家の家紋を施すととんでもないことになりそうだ。
素直にフソウの文字で『大判焼き』『回転焼き』『御座候』『今川焼き』と施した方が無難だろうし、子供向けに可愛らしい模様をデザインして印を作って貰うのもアリだ。
ただ焼き印を施すのは大々的に売り出すようになってからだ。なんなら各地でレシピが広まれば、中身が餡子ではなくチョコ、カスタード、チーズ、抹茶、こしあん、粒あんと発展していきそうである。たい焼きも独自進化を果たしそうなポテンシャルがあるし、型を見た人たちがそれに拘らず別のモノを作って販売を始めることもあるだろう。
「なあなあ、味見しようぜ!」
「ですね。フィーネさまとエーリヒさまもどうぞ」
ジルケさまが焼き上がった品に釘付けになりながら声を上げる。側にいた私たちはそんなジルケさまを見て顔を見合わせて笑う。でもたしかに焼き上がったのだから味見をしなければなと、お皿の上に乗せられたたい焼き一個と大判焼き五個を眺めた。
「あたし、タイヤキが良い!」
ジルケさまの声に料理人の方が『ええ!?』と驚いている。どうやら最初に焼けた品が女神さまの口に入るとは思ってもいなかったらしい。ジルケさまは料理人の方の反応を見て肩を竦めた。
「気にすんなよ。試作品だって知っているから、不味くても怒りゃしねーよ。食べてみようぜ」
何故か音頭を執るのは私ではなくジルケさまになっているが、まあ良いかと私は大判焼きに手を伸ばす。出来立てのためか手で持つのは少し難儀する。見かねた料理人の方が紙ナプキンを数枚渡してくれ、私は熱を凌ぐことができた。
フィーネさまも少し手に持った大判焼きが熱いようだが、エーリヒさまは平気なようである。皮の厚さが如実に現れているのだが、ジルケさまは気にも留めず口を開け、たい焼きを頭から被りついた。
「おお、美味いぞ! ナイ!!」
ジルケさまは生地の皮がパリパリで餡子がたっぷり詰まったたい焼きを気に入ったようである。大判焼きは少し生地が厚めであるが、もっちりとした触感と甘さが口の中に広がる。
そしてなにより餡子の丁度良い甘さが口の中を駆け抜けた。暑い中で温かい食べ物を口にするのも面白いなと目を細め、二口、三口と進めていけば一個の大判焼きなんて直ぐに消えていた。ヴァルトルーデさまも焼き上がったことに気付いて、海辺からこちらへ歩いてきている。
「泳げましたか?」
「昨日よりマシ。良い匂い。私も貰って大丈夫?」
私の問いに答えてくれたヴァルトルーデさまは少し自慢気な表情になっていた。良かった。どうやら講師役が代わったことで状況も好転したようである。私はふうと息を吐き、ヴァルトルーデさまには大判焼きを食す前にやって欲しいことがあると言葉を紡ぐ。
「構いませんが、水分を取ってくださいね。運動したあとですし」
私の声にヴァルトルーデさまは素直に頷き、クールダウン兼水分補給用の冷たいレモン水を飲んでいた。西の女神さまは息を吐いたあと、大判焼きに手を伸ばして口にすれば幸せそうな顔になっている。どうやらヴァルトルーデさまも気に入ってくれたようでなによりだ。私は他の方も食べるだろうと第二陣を焼いて貰うようにと、料理人の方にお願いした。
そういえば餡バターが流行っていたけれど、たい焼きや大判焼きに合うのだろうか。バターを垂らして食べてみても良さそうだし、餡と一緒に生地の中に仕込むのも美味しそうである。今度、試してみようと決意して、次に焼き上がる品を待つのだった。






