表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1507/1515

1507:没収。

 結局、去年に引き続いてヴァルトルーデさまは泳ぎが上達することはなく。泳げないものは泳げないし無理をしても疲れるだけ。水の中で動いていると知らぬうちに疲労が溜まると、ヴァルトルーデさまを言いくるめて浜辺から引き揚げたのは陽が沈む頃であった。

 テラさまたちは陽焼けは飽きたと言って早々にコテージに戻っていたのだが、ヴァルトルーデさまはよほど泳げるようになりたかったようである。

 眉根を寄せて『泳げない』とぼやく女神さまに私は『仕方ないですよ』と伝えれば、さらに眉根を寄せて微妙な顔になっていた。ヴァルトルーデさまが感情を表に出すのは珍しい。ジルケさまは『子供だなあ』と呆れていたけれど、できないことのない女神さまというのに『泳げない』というできないことを見つけたのだから悔しいという感情が湧くのは当然で。

 

 諦めずに夕方まで頑張ったのは本当に凄いと思う。でも、勝負は勝負だ。約束したし。


 夕飯時、他の面子も揃ってご飯を食べることになっている。男性陣も女性陣も一緒にテーブルを囲んで手を合わせた。食堂では美味しいご飯の香が漂い、一日中運動をしていた私の鼻と胃を直撃している。

 早く食べようと私は早速『いただきます』と声を上げれば、みなさまも習って食事の挨拶を各々上げていた。カチャカチャとお皿にナイフとフォークが当たる音が鳴っているけれど、皆さま正しいマナーで食べているため耳に心地良い。私は約束通りヴァルトルーデさまのお皿から一品おかずを頂こうと口を開く。

 

 「それではヴァルトルーデさま。一品、没収させて頂きます!」


 私の声に食堂にいる皆さまが一体なにごとだと目を丸く見開いた。事情を知っているリンとジルケさまは小さく溜息を吐き、テラさまとナターリエさまとエーリカさまは面白そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。私は遠慮なくヴァルトルーデさまのお皿の上から美味しそうなお野菜のひとつにフォークを刺す。


 「……うん」


 なんとなく微妙な返事をくれたヴァルトルーデさまは私がフォークで刺した野菜をガン見していた。流石にメインの料理を頂くわけにはいかないので前菜を選んだが、ヴァルトルーデさまの視線は微塵も動かない。試しにフォークを持ち上げれば、視線も一緒に動いていく。あれ、そんなに嫌だったかと私は動かしていたフォークを一旦止める。


 「えっと……好きなものを横取りするつもりはなかったのですが……違う品にします?」


 流石に気まずいと私が語り掛ければ、ヴァルトルーデさまはむーと悩む仕草を見せる。ジルケさまは『面白い』という表情をありありと浮かべ、テラさまは『おお、娘が考えてる!』となにやら期待をしているご様子。

 グイーさまはお酒美味いと手に持ったグラスをぐいっと傾け、ナターリエさまとエーリカさまがヴァルトルーデさまから視線を外して『飲み過ぎでは?』と突っ込んでいた。他の面々はどうしたのかと言った顔を浮かべ、ソフィーアさまが溜まらず持っていたナイフとフォークを一旦置いて口を開く。


 「ナイ、一体なにがあったんだ?」


 「わたくしたちは経緯を知りませんので、説明していただけると助かりますわ」


 ソフィーアさまに続いてセレスティアさまも気になるようだ。というか、ほぼ全員が気にしているけれど。アリアさまが不思議そうに首を傾げ、援護射撃のためなのか言葉を紡ぐ。


 「ヴァルトルーデさま、凄く微妙な表情になっておられますよ?」


 お三方の声に答えて、私は経緯を伝える。すると『女神さまに対してなにをやっているんだ』という声と『ナイさまですからねえ』という声が上がり、ヴァルトルーデさまが納得しているならおかずを一品貰うのは良いのではないかという結論に至っていた。

 グイーさまもテラさまも気にしていないし、ジルケさまは姉御が受けた勝負だからちゃんと清算しろよと言いたげである。ナターリエさまとエーリカさまは固まっているヴァルトルーデさまを見るのが面白いようだ。

 

 「泳げなかった。悔しい」


 おや。ヴァルトルーデさまにも悔しいという感情が湧くのか。女神さまだしなんでもできる方だから余計に悔しかったのかもしれない。

 私との勝負は勝負なので、おかずが一品減ることは問題ないようである。では遠慮なくと私は止めていた手を動かして、お野菜を口に運んだ。流石、料理人さんたちが作ってくれたものである。素材の味が生かされており、お野菜の甘味を感じることができた。


 「泳げる人の方が少ないので、そう悔しがらずとも良いのではないでしょうか?」


 「そうですね。ナイさまが泳げるのは前世で授業を受けていたからでしょうし、ジークリンデさんは持ち前の運動能力の良さからでしょうから。私も一応泳げますが、浮き輪が欲しいですねえ」


 アリアさまとフィーネさまが小さく笑いながら食事の手を止め、ヴァルトルーデさまのフォローに回っていた。西の女神さまの微妙な表情は変わらないけれど食事を再開させて前菜を口に運んでいる。アリアさまとアリサさまとウルスラさまが泳ぐのは苦手と一斉に声を出す。

 まあ、この世界の人たちは海や川が側にない限り、泳ごうとしないから不得手なのが当然だ。泳げずとも困らない環境なので余計に。去年、南の島で泳ぎたい人を集めて泳いだけれど、泳げた人、泳げない人に綺麗に分かれていたし。


 「浮き輪があれば泳ぐ補助にもなりますし、海に面した街であれば手に入るでしょうか?」


 「どうでしょう。皆さま、内陸国の方ばかりなので……」


 フィーネさまとアリアさまが眉を八の字にしながら悩んでいた。海に面した街かあと私はある方の顔を思い浮かべる。


 「戻ったら王妃殿下に聞いてみましょうか。もしかすればガレーシア王国にあるかもしれません。来年、使えれば楽しそうですよねえ」


 海に面した街や国といえばガレーシア王国である。問い合わせのお礼に白いんげん豆を贈っておけば問題ないだろう。そこから浮き輪の話が広がって、バナナボートのように遊べないかと女性陣で盛り上がる。たしかに楽しそうだけれどこの世界に水上ボートは存在していない。引っ張って貰えないかあとフィーネさまががくりと肩を落とせば、良い感じに出来上がったグイーさまがひっと喉を鳴らした。


 「海神に引っ張って貰えば良いだろう? あやつは泳ぐのが得意だったからなあ」


 そういえばエーギルさまと蛸さんと再会できたけれど、海神さまはどうしているのだろう。釣りに行った日に聞いておけば良かったと後悔しつつ、いつかまた会える日がくるはずと食事を進め始める。

 他の方たちも海神さまに浮き輪を引いて貰い海の上を駆け抜けるのは恐れ多いと苦笑いを浮かべていた。まあ海神さまでなくとも小型の竜の方に飛んで貰いながら、ボートを引っ張って貰うのもアリである。なんならジャドさんかルカとジアに頼めば、喜んで引き受けてくれそうだ。凄い環境にいるなあと目を細めていれば、メインの料理が提供される。昨日、ヴァルトルーデさまが釣ったお魚さんで、種類は統一されていないけれど白身魚のバター焼きだ。


 バターの甘い香りが鼻腔をくすぐり、食欲を引き出してくれる。緑色のソースが掛かっており、味のアクセントとして楽しめるだろう。私は早速ナイフとフォークを手に取って切り目を入れていく。するとエーリヒさまが片眉を上げながら、ヴァルトルーデさまの方を向いた。


 「参加できる面子で明日も泳ぎにいきますか?」


 エーリヒさまは薄着の女性陣がいる中に男性が混じるのは不味いと参加を見送っていたのだが、泳げないヴァルトルーデさまを放っておけないようである。

 私よりエーリヒさまの方が教え方が上手い可能性があるので、先生を変えてみるのは良い手だろう。フィーネさまもエーリヒさまが行くならと参加を表明し、それならとアリサさまとウルスラさまも参加が決まる。


 アリアさまも参加するとにっこり笑い、ロザリンデさまは少し遠慮しつつ泳いでみたいと口にした。エーリヒさまは他に男性の参加を求めているようで、ユルゲンさまやジークに視線を向けている。

 助けてくれという視線を向けられた二人は仕方ないと笑い参加を表明していた。ジルケさまもヴァルトルーデさまが無茶をしないように、見張り役でついて行くそうである。

 ソフィーアさまとセレスティアさまも短い時間だけれど、邪魔にならない程度に参加するとのこと。ヴァルトルーデさまは皆さまが参加を表明してくれて、妙な顔から少し嬉しそうな顔に変化していた。そんなヴァルトルーデさまが私に視線を向ける。


 「みんなと一緒ならきっと楽しい。ナイは?」


 「……明日はドワーフの方にお願いしていた試作品が届くので、私は外しますね」


 そう、そうなのである。明日はお願いしておいた試作品となる大判焼きとたい焼きの型が届く日なのだ。せっかくだから生地を作って、フソウから贈って貰った餡子と、屋敷の料理長さまに作って頂いた白餡子を使い、焼いてみようと決めていたのだ。私が話を告げた途端にヴァルトルーデさまの食べていた手が止まる。


 「どうしてそんな顔になるんですか?」


 本当に何故微妙な表情を浮かべてヴァルトルーデさまは私を見ているのだろう。周りの皆さまも『空気読んでください!』と言いたげであるが、予定が決まっていたのだから仕方ない。

 私はどうするべきかと考える。大判焼きとたい焼きは食べたい。試作品だし上手くいかない場合もあるだろうけれど、楽しみにしていたのだ。でも、泳げないヴァルトルーデさまを放っておくのは目覚めが悪い。


 「えっと……浜辺で試作品を作るのでみんなで食べましょう。その間にヴァルトルーデさまは泳ぎを教えて貰えば一石二鳥です」


 多分。するとヴァルトルーデさまの表情に少しずつ熱が点る。


 「ナイが前に言っていた、オオバンヤキとタイヤキ?」


 「そうですよ。明日は試作品の型が届く日なのです」


 こてんと首を傾げたヴァルトルーデさまに私は再度答える。


 「私も楽しみにしてたけれど、妹が凄く気にしてる」


 ヴァルトルーデさまがジルケさまを見れば、恥ずかしそうに『ナイみたいにあたしは食い意地張ってねえよ!』と抗議の声を上げている。ヴァルトルーデさまの意識は泳ぎと試作品に二分されたようだ。明日は泳ぎの練習もでき、試作品の試食会があると分かってご機嫌なご様子になっている。一先ず、私は試作品を作る場所を浜辺にして貰おうと先触れをお願いするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お疲れ様です! 話の読み返しをしていて、タイトル話数が「1507話」が「5107話」になっている事に今頃になって気が付きました~ Σ(・ω・ノ)ノ!
大判焼きって地域によって言い方が違いますし、ぶっちゃけ戦争の火種になるんですよねー。個人的には何でも良いだろうと思ってますがw 因みにたい焼きはこし餡粒餡派です(火種)
昔の浮き輪は今の救命用の木製みたいなものだから、作ること自体は簡単だけどやすり掛けのほうが大変か。 たい焼きや大判焼き、でもよく考えたら暑い南の島で真夏に熱々で食べるんだよなあ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ