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1506/1515

1506:万能だけれど。

 昨日はヴァルトルーデさまが釣り上げたお魚さん料理が多く振舞われた。エーリヒさまも久方ぶりだからと、調理場に立ち刺身を提供してくれている。それなら私はとお醤油とわざびを提供しておいた。

 慣れないわさびの辛さに四苦八苦している人が多かったけれど、新鮮な魚は生臭さもなく歯応えが良いことに皆さま驚いていた。内陸部だから海の幸はかなり贅沢品となり加工されている品が多い。本当に南の島さまさまだなと刺身や煮つけを楽しんで、日が暮れて朝がくる。


 そうして私たちはヴァルトルーデさまと約束したことを果たそうと浜辺に出ていた。ヴァルトルーデさまの隣にはジルケさまがいて『海で泳ぐなんざ、どうして姉御は思いついたんだ?』と不思議がっていた。

 テラさまとナターリエさまとエーリカさまも一緒にきているけれど、浜辺の一角にパラソルを差して白いチェアに寝転がって惰眠を貪っていた。

 他の面々も誘ってみたけれど、女神さま方に泳ぎを教えるなんて恐れ多いと逃げている。そもそも男性陣は女神さまの肌を見れないだろうと言って、朝早くから森の中へと入っている。ルカとジアも男性陣と森の奥へと消えていったし、イルとイヴとグリフォンさんたち四頭もなにか探してくると言い残して海にはいない。


 ヴァナルと雪さんと華さんと夜さんと毛玉ちゃんたち三頭と、おばあとジャドさんが浜辺にきているが、泳ぐことには全く興味がないようだ。というより毛や翼が濡れると言って、テラさまたちのパラソルの側でごろんと寝転がっている。ちなみにグイーさまはテラさまに『乙女の柔肌を見る親父なんていないわよね』とにっこり笑われ、すごすごと男性陣について行っている。


 さて泳ごうかと私とリンは視線を合わせる。ヴァルトルーデさまに泳ぎを教える予定であるが、そもそも泳ぐことがどんなことかすら分かっていらっしゃらない。なので最初は泳げる面子が手本を見せることになる。私もリンも一年振りに泳ぐのだが、身体は覚えていてくれているだろうか。行こうか、と私がリンに声を掛けるとジルケさまがテラさまたちの方を見た。

 

 「おい。グリフォンの卵を丸鳥が抱えているって、どういう状況なんだ!?」


 ジルケさまはポポカさんたちが他種族の卵を抱えている光景が信じられないようである。私もにわかに信じ難いけれど、実際にポポカさんたちが集まって大事そうに卵を四つ抱えているのだから、どうもこうもないのである。

 

 「事実を認めてくだされば良いのかなと」


 「変だろ!? おかしいだろ!?」


 ジルケさまが右手で頭を掻きながら、ポポカさんたちがおばあの背中の上でグリフォンの卵を抱えている状況に憂いていた。一瞬、私もなにを言っているのかよく分からないと言いたくなる。でも、事実であり現実だ。私がジルケさまに諦めて認めてしまえば楽になりますよと言おうとすれば、ヴァルトルーデさまが小さく首を傾げる。


 「そうかな?」


 「あーねーごーー! 魔力量の差で上下関係を悟れるから、魔獣の卵を鳥は抱えないぞ!」


 うぎゃーと言い出しそうな勢いでジルケさまがヴァルトルーデさまに説明していた。私はジルケさまの説明に納得しそうになる。自然界に生きる動物は弱肉強食が常だ。

 だから、生き残るための知恵を遺伝子レベルで刻まれている。弱い者が強い者に安易に近づいたりはしない。だから南の島で最弱の鳥――ガンドさま談――と言われているポポカさんたちがグリフォンの卵を抱えていることは、自然の摂理に反しているとジルケさまは言いたいようだ。


 「うん。でもナイがいるから」


 ヴァルトルーデさまがしたり顔で言い切った。私が自然に逆らっている生き物と言われているような気がしてならない。


 「酷くないです!?」


 昨日から神さまたちに貶されてばかりのような。まあ、冗談で言っているのは伝わっており本気にはしていない。酷くなれば最強のカード『食客取り消し』が切れるけれど、些末なことで女神さまを屋敷から追い出した大馬鹿者として世界から中傷されそうだ。むーと考え込んでいれば、リンが私の隣に立って顔を覗き込んでいた。

 

 「ナイ、泳がないの?」


 腰を曲げたリンが早くしようと言いたげに問うてきた。まあ、ぐだぐだ言い合っていないで早く泳ごう。ヴァルトルーデさまに泳ぎのやり方を教えなきゃいけないのだから。リンも付き合ってくれるようだけれど、彼女に講師役は期待できない。


 「泳ぐ! リン、深いところには行かないでおこうね」


 離岸流に嵌ってしまうと沖に流されてしまうから怖い。私はリンと視線を合わせて、着ていた上着を脱ぎたたんで敷物の上に置いておく。暑さ対策として飲み物や水、塩にお菓子を用意しているから、休み休みで海を楽しむ予定である。

 クロとネルは私とリンの肩の上から飛び立って、テラさまの方へと向かっていた。何気に仲が良いなと目を細めて私は海の方を見る。砂を蹴って走り出した私はリンに向かって『海にあとで入った方が夕食のおかず一品提供!』と声を上げた。リンは少し目を丸く見開いたあと、口元を伸ばして砂を蹴り上げる。私の時より随分と砂が多く舞い、ギュンという擬音が聞こえてきそうなほどリンが私に迫ってくる。

 

 リンは後ろから腕を伸ばして私を抱き抱えたまま海へと走って行った。リンは膝下くらいの深さまで走って立ち止まる。また抱き抱えられているが相手はリンだ。気にしても意味はないと、いつもより高い視線を楽しむためにきょろきょろと海や浜辺へと視線を向けていると、リンが私をじーっと見ていた。どうしたのかと私はリンに視線を落とす。


 「どっちが勝ち?」


 「同時だから引き分けじゃない?」


 特にゴールを決めたわけじゃないけれど、リンが途中で私を抱き抱えたから同時に海へ入っている。勝負は無効だと私が笑えば、リンも笑ってくれていた。偶にはこういうのも良いねと笑っていると、リンが私をようやく解放してくれる。

 それじゃあ適当に泳いでみようと私が平泳ぎを始めると、リンはクロールで波をかいくぐりながら凄い速さで距離が離れて行く。運動量と体格の差でえらいことになっていると、私は泳いでいた手を止め遠くに行ったリンを眺める。リンなら沖へ行っても自力で戻ってきそうだが、なにが起こるかわからないと『戻ってきてー!』と私は声を張り上げた。すると嬉しそうな顔をしたリンがまたどえらい速さで私の下へと戻ってくる。


 「ヴァルトルーデさまとジルケさまのところに戻ろうか」


 「ん」


 私の前にリンが手を差し出す。いつものことだから反射的に私はリンの手を握り返した。リンの手はいつも通り温かい。寒い日の夜、貧民街の寝床でお互いの体温を使って暖を取っていたこともある。

 懐かしい記憶を思い出しながら、リンの温かさは今もあの頃も変わらない。たぶんきっと、これからも。ジークの温かさはどうだろう。リンと同じように幼い頃寒さから逃れるために、温め合ったことがある。もちろん、異性とかそういうことを全く意識しないままの行為だった。たぶん、今、それをすれば私は暖を取るどころではなくなると苦笑いを浮かべる。


 「ナイ?」


 「ごめん、ちょっと考え事してた」


 リンが不思議そうに私の顔を覗き込む。私は笑いながらリンを見上げて首を振りながら、握ったリンの手に力を込めた。そうしてヴァルトルーデさまとジルケさまの下に辿り着き、泳いでみましょうかと私は声を上げる。ジルケさまは泳ぐ気はないようで『誰か溺れたら、力を使って助けてやるよ』と言いながら浜辺に敷いた敷物の上に腰を降ろす。


 「じゃあ、行ってきますね」


 「おう。あたしは荷物の番しておくよ」


 私がジルケさまに手を振れば、軽く手を振り返してくれる。ヴァルトルーデさまは泳ぐことを楽しみにしていたのか、いつもより感情が顔に現れていた。しかし、まあ。


 「泳げない神さまがいるとは」


 海の中に行こうと歩きながら話しているのだが、去年に引き続き今年も泳ぎ方を教授することになろうとは。まあ、水の中に入る機会は早々ないから仕方ないのかもしれない。

 日本は水難事故を切っ掛けに、幼い子供に泳ぎを教えるため小学校にプールが設置されたと聞いている。未来を担う若者の命を事故で失うわけにはいかないという政府の方針だったはず。逆に海外は学校にプールは併設されていないことが多いと聞いていた。費用が掛かる上に水道代が馬鹿にならないとか。振り返ると日本は本当に恵まれていたのだろう。私は当時、井の中の蛙状態だったから日本の良さを知ることはなかったけれど。


 「ここにいる。多分、父さんも泳げない」


 ヴァルトルーデさまがドヤと雰囲気を醸し出しているが、自慢できることではないだろう。


 「万能なイメージがありますが」


 本当にそんなイメージがあるので、神さまが泳げないのは情けないのではと考えてしまう。するとヴァルトルーデさまは真顔で口を開いた。


 「私は万能だけれど、できないことはたくさんある。前は教えてくれなかったけれど、今は教えてくれる人がいて楽しい」


 父さんと母さんと妹たちが揃っているから私がどうなっても問題ない、とヴァルトルーデさまが言葉を付け加える。たしかに創星神さま一家が揃っているので、ヴァルトルーデさまが溺れてしまっても簡単に解決しそうだ。

 しかし、ヴァルトルーデさまが溺れるような状況に陥れば私の監督責任となるだろう。きちんと安全な場所で手順を踏みながら、泳ぎを教えていかなければ。お風呂で顔を浸けることを嫌がる人もいる世情だ。ヴァルトルーデさまもその口かもしれないから、十分に気を張っておかないと。私の心配を他所にヴァルトルーデさまがはっとした顔になる。私は女神さまがなにを言い出すのかと身構えた。


 「ナイ。さっきジークリンデと勝負していたみたいに、私もやりたい」


 「なら、ヴァルトルーデさまが最後まで泳げなければ、夕食のおかず一品提供で良いですか?」


 どうやらヴァルトルーデさまは勝負をしてみたいようだ。他愛のないことなので問題なかろうと私は一つ提案してみる。まあ、ヴァルトルーデさまが泳げないかどうかなので、賭けというより罰ゲームに近い気もする。私の割と一方的な提案に西の女神さまはうんと頷いた。勝負は成立したから、真面目に泳ぎの授業を始めようと、ヴァルトルーデさまの膝上くらいの位置まで海の中を移動する。


 「じゃあ、先ずは海に顔を浸けてみましょう」


 「そんなこと……」


 基礎の基礎から始めることにヴァルトルーデさまは抵抗感があるようだ。でもまあ、教師役の私が言い出したことのため、渋々と海に顔を浸けようとヴァルトルーデさまは試みた。


 「………………あれ?」


 膝を折ったヴァルトルーデさまであるが、顔を海面に浸ける直前で身体が硬直していた。不思議そうな声が上がっているから、もしかすると身体と心の問題だろうか。もう少し様子を見てみようと私は黙っていると、ヴァルトルーデさまはもう一度海面に顔を近付ける。でも、できない。


 「できそうにないですか?」


 「おかしい」


 私の声にヴァルトルーデさまが困惑していた。何度か海面に顔を浸けようと試みるものの、身体が拒否してしまうようだ。これはヴァルトルーデさまが泳げるようになる日は遠いなと、一先ず海に顔を浸けることは諦める。

 今度は海に身体を浮かせてみようと私はヴァルトルーデさまの両手を取って身体を浮かせてみようと試みる。でも何故か身体が浮いてこない。おかしい。身体の構造が人間と神さまでは違うのだろうかと私は首を傾げる。


 「カナヅチですか」


 ふいに思い出して口にすれば、ヴァルトルーデさまが首を傾げる。


 「なにそれ」


 「泳げない人の総称です」


 私の声に妙な顔を浮かべたヴァルトルーデさまはもう少し頑張ると、泳ぎの練習を続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
>今度は海に身体を浮かせてみようと私はヴァルトルーデさまの両手を取って身体を浮かせてみようと試みる。でも何故か身体が浮いてこない。おかしい。身体の構造が人間と神さまでは違うのだろうかと私は首を傾げる。…
神がカナヅチとか面白いんですがwww 何処かの誰かが言ってましたが、神は自分の出来る範囲内では全知全能でいられますが範囲外では無知無能と化すそうです。 もしかしたらヴァルトルーデ様にも適応されるのでし…
ヴァルトルーデ様の図太くてらっしゃる神経に水に恐怖するとかあり得ないんじゃないかな?そもそも息継ぎとか必要無さそうだから不自然、何か神のルールとかナワバリ的なものでもあるのかな。
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