1505:疑問を投げてみる。
何故か私はテラさまの膝の上に乗ったまま身体を温めているのだが、そろそろお湯から上がって身体を洗いたいところである。私は逆上せていないかと、リンとヴァルトルーデさまに視線を向ければ特に問題なさそうだった。
もう少しこのままかなと小さく息を吐いていると、ふいにテラさまに聞いてみたいことがあったと思い出した。温泉にはリンとヴァルトルーデさましかいないので、話を聞かれても問題はない。しかし唐突に口にするのもアレなため、なにかワンクッション欲しいと私はワザと声を上げた。
「あ」
「ん、どったのナイ?」
テラさまが不思議そうに私の顔を後ろから覗き込んだ。後ろから覗き込んでくるリンの顔は見慣れているけれど、テラさまのご尊顔があるのは新鮮である。リンとヴァルトルーデさまは私が突然声を上げたことに首を傾げていた。
本当にどうして地球の創星神さまの膝の上に私が乗っているのかという謎を綺麗さっぱり放置して、私は聞きたいことをテラさまに伝える。するとテラさまは不思議そうな顔から一変して、真面目な雰囲気を醸し始めた。
「年齢的に普通はね……ナイの場合は単に身体の成長が追いついていないってだけじゃないの?」
テラさまは私の下腹に手を当てて少しばかりの力を灯している。なんとなく私の下腹が温かい。温泉の湯の温度ではなくテラさまの力による熱だった。そうしてテラさまは私の身体には子を成す機能がきちんと備わっていると教えてくれた。単にその時期をまだ迎えていないだけらしい。しかし、十九歳を迎えていても月のものがこないのは如何なものだろうか。現代知識を持っている身としては、流石に遅すぎると言わざるを得ない。
「ナイ。気にしていた?」
「そりゃ、まあ。子供、産めないと困りますし」
ヴァルトルーデさまが顔を傾げながら私と視線を合わせた。リンも大事な話だから大真面目な顔を浮かべて聞いてくれている。一応、侯爵位を持つ身だ。ユーリを次代に据えても良いけれど、周りは私の直系を望んでいる。
陛下もボルドー男爵さまもヴァイセンベルク辺境伯さまも私の子をと考えているだろう。ユーリ以外にも養子をとるという方法もあるが、血の繋がりを持たないなら家の力が弱体化する恐れがある。本当にこの辺りの考えはお貴族さまらしい窮屈なものだ。とはいえ今は屋敷で働く多くの人たちが顔が浮かんでしまう。
貴族位を持っていなければ、子供を儲けられなくても構わない。相手さえ、ジークが納得してくれるなら良いのだから。でも現実はそうはいかないわけで。
そうなるとジークとの関係を進めたのは、私の身勝手な思いを押し通していることになってしまうような。でも、ジークと二人で過ごすことに違和感はなく、ゆっくりと落ち着いた時間が流れてくれるから心地良い。ジーク以外の相手ならそうはいかず、お互いに気を使いそうである。やはり添い遂げるならジークだなあと目を細めつつ、テラさまと気になることを話し込んでいた。
「少し、自分を追い詰めすぎじゃない? 自分のためじゃなくて誰かのためって考えが先走っているんだもの。ナイの話を聞いていると息苦しくなりそう。というか、もう少し身勝手に生きても誰も文句は言わないわよ。それにね、そこまで誰も見ていないし、求めてもいないかも」
テラさまは片眉を上げながら肩を竦める。私は自分自身を追い込んでいるつもりなんていないし、案外、美味しいものを食べればある程度は忘れてしまう性質である。
そりゃ一瞬忘れていても、思い出すこともあるけれど……ずっと悩んで落ち込んでみても道は拓かないことは知っているのだから。月のものの件は私の気分でどうにかなるものではないから、こうしてテラさまに相談したわけである。ヴァルトルーデさまとジルケさまが相談先でも良かったが、テラさまなら地球の医療知識を持っているはずなので少し選ばせて貰った形となるけれど。
しかし私の場合、グイーさまの使者を務めたが故にいろいろな方が視線を向けている。日本的な信仰心であれば、まあ緩和していたかもしれないが、聖王国や教会が存在している以上、神さまを奉っている世界だ。
テラさまの言った、そこまで見ていないし、求められていないというのは少し無理がありそうだ。するとテラさまは『あー……グイーも考えなしにナイに任せるから。ごめんねーウチの旦那が』と深い溜息を吐いている。終わったことなので私は文句を言うつもりはないし、いろいろな見返りはあったはず。南大陸の香辛料を手に入れ、新たなエルフの皆さまを見つけられたのはグイーさまの命を受けたお陰なのだから。
「うーん。それ、安請け合いって言わない? あれ、グイーに頼めばナイが悩んでいる問題は解決するわよ?」
曲がりなりにもグイーは創星神だから、テラさまが力を使うよりお茶の子さいさいで解決すると目を細めた。
「でも男の人に言い出すのは憚られるというか……」
私はテラさまと視線を合わせて『グイーさまに相談し辛い内容だから』と告げる。真面目な話となるからグイーさまも無下にはしないはずだけれど、相談先候補としてグイーさまは私の中で上がらなかった。本当に申し訳ないのだが、こればかりは私の気持ちの問題だ。聞き辛い相手、言い辛い相手は確実に存在している。テラさまは急ぐことでもないから、
「そうなの? その辺りの感覚って私は人間じゃないからなあ」
テラさまが空を見上げてなにか考えている。そういえば女神さま方にも月のものはあるんですかと問うてみれば、テラさまが視線を空から私へと戻した。
「いろいろね~いたして子を成したいなら、身体をそう仕向けるし、身体の繋がりがなくても子を成せるから、力でどうにでもできるってのが正解かしら。女からすれば相手次第ってわけね」
もし本当に困ったなら娘に相談しなさいなとヴァルトルーデさまの方を見る。そして、神さまの世界もいろいろと複雑なようだ。創星神さまより格上の存在がいるそうで、星ではなく宇宙を司っているとか。その方たちは『全能神』と呼ばれ、姿形は滅多に表さず意識体としてどこかに存在しているそうである。
「私もグイーも会ったことないしねー本当にどこにいるのやら。でも会ったら頭を下げなきゃいけないって本能で分かるはず」
テラさまが温泉の縁に左腕を乗せて面倒そうな顔を浮かべていた。まあ上役が厄介そうな方なら嫌な顔も浮かべてしまうか。全能神さまがどんな方なのか、規模が大きすぎて分からないけれど。一通りの話を終えればテラさまは『深く考えすぎると十円禿できるわよー!』と揶揄いながら私の頭を右手で撫でる。視界が揺れるーとテラさまにぐりぐりと頭を撫でられていればリンが珍しく口を開いた。
「兄さんはナイの気持ちが追いつくまで待っているから、ゆっくり答えを出せば良い。ナイが兄さんのことをちゃんと見てくれているって分かる」
あまり待たせるのはジークに申し訳ない。立場的に私から『結婚してください』と言わなければならないから本当にお貴族さまって厄介だ。温泉の雰囲気が少しばかり重くなっていることに気付いて、私はもう止めようと思い至れば、テラさまがニッと笑った。
「ま、ま。悩むのは若者の特権……いや、ナイは転生しているからおばさん?」
「ちょっ! 酷くないです!?」
私たちを転生させたのはテラさまご本神さまである。事故に巻き込まれて死んだから、転生を施してくれたことには感謝している。でなければジークとリンとクレイグとサフィールに出会えずにいた。
ボルドー男爵さまと教会の人たちに、今屋敷で働いてくれている人たちや、エーリヒさまとフィーネさまとソフィーアさまとセレスティアさまに、アリアさまとロザリンデさま、アリサさまやウルスラさまに、他の国の人たちとも会うことはなかっただろう。ヴァルトルーデさまたち神さま一家にも会えなかっただろうし……と考え込んでいると、テラさまが体勢を変えて私をお姫さま抱っこしながら湯舟から立ち上がる。
「酷くないわよー! ナイ、軽くない? いつも凄くたくさん食べてるのに!!」
ひょいと抱え上げられるのは何故だろう。体重はそれなりにあるはずなのに。社会に出て働いていれば、女性は十キロ以上の物を一人で持ち上げてはならないという労働規則があるところが存在する。その四倍はあるはずなのに、テラさまは軽く私を持ち上げているのだ。軽いと言われて何故かむっとしてしまうのは身長の所為である。
「失礼ですよ! 食べたもののほとんどは魔力に変換されているんです!!」
本当に食べた物のほとんどが魔力に変換され、身体に栄養がいかないのは如何なものだろう。いや、肥満体になるより全然良いし魔素がなければ私は生きていないだろうから、食べることで解決できるならそれで構わないけれど。私はテラさまに抱えられたまま洗い場の方へ連行されそうになっていると、ヴァルトルーデさまとリンも湯舟から上がっていた。
「母さん、ナイが嫌がっている」
「無理矢理、良くない」
ヴァルトルーデさまとリンがテラさまに私を離せと抗議した。いいぞ、もっと言って! と一柱さまと一人を応援していると、テラさまが小さく肩を竦めて私を解放してくれる。
「娘とジークリンデはナイのことが好きなのねえ。あ、そうだ。百合ゲーに手を出してみようかしら。今度、姉妹ブランドで新作出すみたいだし」
テラさま乙女ゲームでは飽き足らず、今度は百合ゲーに手を出そうとしている。目の前の創星神さまはゲームであればBLでもエロゲでも問題なく楽しんでいそうだ。私が小さく溜息を吐けば、ヴァルトルーデさまとリンが私の横に並ぶ。
「ゆりげー?」
「ナイ、ゆりげーってなに?」
こてんと一柱さまと一人が首を傾げている。テラさま……私を困らせるためにワザと口にしていませんか。凄く面白そうな顔を浮かべて私がどう答えるか見ている気がする。
「……女性と女性が恋愛している話、ですね」
私は誤魔化しても意味はないと正直にヴァルトルーデさまとリンに答えた。なにやら私の横に並んでいる方たちは考え込んでいるようだ。暫くすれば。
「面白いの?」
ヴァルトルーデさまが再度私に問う。心底不思議そうに問うてきたので、本当に純粋な疑問のようである。
「価値観は個人によるかなと。面白いって人もいれば、設定が無理って人もいますからね」
私は早々に話を切り上げ、洗い場へとみんなを誘う。ヴァルトルーデさまが釣った魚が待っているのだし、早く汚れを落としてコテージに戻ろうとみんなを急かすのだった。






