1504:神さまとのお風呂。
フィーネさまたちも温泉に誘ったけれど、一緒に行けば狭くなるからゆっくりしてきてくださいとやんわり断られてしまった。なんだ残念とリンとテラさまとヴァルトルーデさまを見た私はコテージから少し離れたところにある温泉を目指す。
ダークエルフさんたちの手で綺麗に整備されたため、三年前とは随分と様相が変わっている。ディアンさまたちからどんな場所にしたいのか問われていたため、私の意見が反映された形になっているのだ。併設されている脱衣所には竹で編まれた篭があり棚の中に収められていた。中に入ったテラさまは『日本の温泉とか銭湯と同じじゃない!』と顔を緩ませながら、るんるんで中へと足を進めていく。
「母さん、子供みたい」
一緒にきているヴァルトルーデさまはテラさまを見て目を細めている。私とリンも一緒に脱衣所に入るのだが、いつも肩の上に乗っているクロとネルはコテージでお留守番をしてくれていた。護衛にはリンがいるからと、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも島なら安全だろうとついてこなかった。
「えー! 子供じゃないわよ! でも広いお風呂ってテンション上がらない? ウチのアパート、設備が古くてお湯を沸かすの面倒なのよ~!」
服をがばっと脱ぎ捨て、上裸になったテラさまは一体どんなボロアパートに住んでいるのだろう。風呂にガスの機械が備え付けられているアパートなんてほとんど絶滅しているのではなかろうか。
ヴァルトルーデさまもテラさまを真似て服を脱いでいた。テラさまは服を投げ入れているから、私は服を取り出したたみなおして籠に再度収める。ヴァルトルーデさまも脱いだ服を適当にいれていた。テラさまほど豪快ではないが、性格が似ている母娘だと苦笑いを浮かべてヴァルトルーデさまの服もたたんでおいた。
「ナイ、お願いー!」
私の様子を見ていたテラさまはにやりと笑ってズボンを投げてくる。私は受け取ればテラさまの体温がまだ残っている。革パンをたたむのは初めてなのだが、たたむとシワが付きそうである。私はリンにハンガーを持ってきて貰い、革パンを引っかけようとウエストの部分を持てば中にブツが残っている。これを一緒に掛けるわけにはいかないと、中に指を伸ばす。
「派手だなあ」
たらんと垂れた面積の小さいパンツが私の目の前に掲げられた。向こうの世界の品となるため、私には随分と派手なものに見えてしまう。リンも微妙な顔になっているから、下着として機能しているのか不思議そうな顔をしていた。まあ早くたたんで私もリンもお風呂に入ろうとパンツをたたみ篭に入れ、ハンガーに掛けた革パンを別の場所へと移動させようとすればテラさまがにやりと笑う。
「きゃー! ナイのエッチ!」
本気でスケベと言っていないと分かる声というか、テラさまは完全に私を揶揄っている。
「人様のパンツ握らせたご本人がなに言っているんですか」
「えー……ナイが勝手に私の服をたたんでいたじゃない~文句を言われるなんて悲しいわ~」
私に全裸のテラさまが頬を膨らませながら抗議した。テラさまにとってじゃれ合いのようなものだから、反論しても構わないだろうと服を脱ぎながら私は口を開く。
「ズボンを投げたのはテラさまでしょう?」
まったくもうと言葉を付け足せば、私の横でリンも服を脱ぎ始めた。南の島で暑いところだから直ぐに脱ぎ終わり、テラさまの方を見る。
「それはどうだけれど不可抗力だもの。まあ、君たちに私のパンツを見られても、なにも問題はないから良いけれどね~さあ、早く入りましょ!」
もしかしてテラさまは私たちを待ってくれていたのだろうか。それならご自身で服をたたんでくれた方が早くお風呂に入れたはずである。まあ、テラさまの性格を考慮すれば、籠の中にきちんと衣服を収める口ではないか。私とリンは顔を見合わせ、ヴァルトルーデさまは『母さんは自由』と目を細めながら温泉の方へと足を進めた。
温泉はただ穴を掘ったものではなく、きちんと整備されて良い雰囲気を醸し出している。きちんと洗い場もあるし、排水口も備えられており魔法で浄化し海に水を流しているそうだ。本当に近代設備の整った露天風呂と言っても良いだろう。外は南国の島で良く見られる木々が広がっているけれど。フソウなら季節に合わせて桜や紅葉に雪景色が楽しめそうだから、いつかフソウの温泉にも浸かってみたい。
「素敵じゃない! 飛び込んで良いかしら?」
プールじゃないのだからという声を押し込んで、私はテラさまに苦笑いを浮かべる。
「駄目と言いたいですが、迷惑を掛ける人がいないですからね。他の人がいる場所で飛び込んでは駄目ですよ。あとかけ湯をちゃんとしてください」
異世界で温泉のルールが日本と同じなのは、私が言い出しっぺだからである。フソウも多分同じルールが適用されているけれど、ヴァルトルーデさまたちは知らないはず。フソウで飛び込みなんて行えば凄く白い目で見られそうだ。貴族位を持つため借り切ってお風呂に入るから、テラさまがお風呂に飛び込むところを他の人が目にする機会はなさそうだけれど。
「分かったわー!」
テラさまはご機嫌な声を上げてかけ湯を済ませると、湯舟に向かって軽く走りぴょんと大股を開いて湯の中へと飛び込んだ。テラさまの勢いで満杯に入っていたお湯がたくさん流れ、少し勿体ないようなと私はかけ湯を済ませる。
「太くないわよ!!」
テラさまが抗議の声を上げるが、誰も太っているなんて言ってはいない。テラさまの手足はすらりと長く、お尻も胸にも適度なお肉を纏わせている。見る人が見れば鼻血ものの光景だろう。
私もリンも特にテラさまの姿に思う所はない。自由な神さまだと肩を竦めるくらいだ。抗議の声を聞き届けながらリンもかけ湯を済ませて、軽く汚れを取っていた。隣ではヴァルトルーデさまが見様見真似でかけ湯を済ませ、これで大丈夫と私に問うてくる。
「大丈夫です。ゆっくり温泉に入って肩まで浸かるのがオツですが、慣れないとのぼせてしまうので気を付けてくださいね」
私の助言にヴァルトルーデさまは『分かった』と答える。南の島の温泉は温水プールと同じくらいの温度であるが、気を抜いて長く浸かれば脱水症状を起こしてしまう。お湯が熱くないため、自然と長湯をしてしまうのだ。くわばらくわばらと私は声を上げながら、片足をお湯に浸けてゆっくりと身体も中へと沈ませていく。
テラさまは『ひゃっほー!』と言いながら平泳ぎを披露している。その姿を見たヴァルトルーデさまが『明日、頑張ろう』と気合を入れているけれど、全裸だからテラさまのお尻が丸見えだし、ヴァルトルーデさまは見られても平気なのだろうか。
まあ良いかと私は息を吐いて、右隣に座るリンを見上げた。
「うん。気持ちい良いね」
「屋敷のお風呂より温いけれど、丁度良い温度だね」
私と一緒にお風呂に入る機会が多いリンは長湯に慣れているし、お風呂を不得意としていない。まあ一般の皆さまはお風呂がない家庭がほとんどで、お風呂は手間の掛かる面倒なものという認識だ。
公衆衛生の面を考えればお風呂に入り身綺麗にした方が良いけれど……うーん、お試しで侯爵領か子爵領に銭湯を作って利用して貰うのはアリかもしれない。
資金を投資できるなら魔石でお湯を沸かせることができる。問題は水資源に余裕がなければ、銭湯はかなりお金の掛かる設備となってしまう。新たな水脈を見つけるか、水源から水路を築いて持ってくるか。簡単にはいかないなあと目を細めていると、リンが不思議そうな顔を浮かべている。
「どうしたの、ナイ」
「お風呂を侯爵領か子爵領で作れないかなって。病気の予防とかに使えるからね」
「そうなの?」
リンに私が考えていたことを伝えれば『よく分からない』という顔になっていた。まあこればかりは仕方ないと先程まで考えていたことをリンに伝える。ヴァルトルーデさまも興味があるようで、左隣でうんうんと頷いていた。
そういえばテラさまはどこに消えたと首を傾げていると、私の視界に二本の腕が映り込む。どうやらテラさまが後ろに回り込んで、私の背にしな垂れかかっている。お風呂の中なので体重を感じることはないもののいろいろと当たっていた。また理不尽なものに苛まれていないだろうかと首を傾げると、耳元でテラさまの声が響いた。
「確かにグイーの星の人間はお風呂に入らないわよねえ。あ、でもでも、私の星も日本人が特殊なだけかも!」
そういえば日本の環境が特殊だと聞いたことがある。お湯を沸かすための設備があることはもちろんだが、蛇口を捻ってお水が出てくる環境と生活必需品として水道使用料が良識的なものだからと。
もちろん文化的に海外と日本では違う価値観を持っていて、湯舟に浸かる文化が海外では成熟しなかった面もあるそうだけれど。ケラケラと笑っているテラさまの声を後ろで聞いていると、何故か私の身体がひょいと浮く。
「はえ?」
「ナイ。貴女、抱き心地が丁度良いわね。しばらくこのままでいましょー!」
私が驚いていると足を組んだテラさまの間にすっぽりと納まっていた。まあ体格が全然違うから抱き心地が丁度良いのはそりゃそうだと私は目を細める。リンとヴァルトルーデさまがむっとしている気がするものの、なにも言ってこないのが逆に怖い。テラさまは二人の雰囲気に気付いていなかった。テラさまはしばらくこのままだと言っていたので、私は彼女の膝の上でじっとしている他ないようだ。私がはあと息を吐けば、テラさまの回した腕に力が込められた。
「ねえ、ナイ。いろいろとありがとね。ナイがいなきゃ、こうしてグイーの星に遊びにくる機会なんてなかったでしょうし、感謝してる」
ふふと笑ったテラさまの鼻息が私の頭に掛かる。私はテラさまに感謝するようなことはしていないはず。むしろ困っているからと相談している方である。
「私たちもテラさまに相談に乗って貰っていますから」
「でも、こうして遊びに行こうと誘ってくれる人間なんて今までいなかったもの。本当にナイたちは面白いわ」
神さま相手に失礼かもしれないが、人間臭いところを見せられると神さまだという認識が薄れてしまう。まあ、だから。どうテラさま方と接するのが正解かなんて分からないが今の気軽な関係が続くと良いけれど。






