1502:創星神さまの駄弁り。
グイーと出会ったのはいつの頃だっただろう。付き合いが長い所為かよく覚えていないけれど、なんやかんやあっていつの間にか彼を好いていた。お互いに星の行く末を見守らなければならないから、こうして時々会うことしかないけれど、距離感としてはこれで丁度良い気がする。
近すぎず、遠すぎず。会いたいなーと思えば気軽に会いにいける距離だから。人間が聞けば『星と星を移動しなくてはいけない距離を気軽とは言わない!』と驚かれそうだけれど。夜空に浮かぶ大きな二つの月――双子星というらしい――を見上げながら、私は浜辺でお酒の入ったグラスを掲げた。少し視線を横に向ければ、惚れた男が隣にいてご機嫌でお酒を煽っている。
「ねえ、グイー。貴方が地上に降りているなんて、凄く珍しいことよねえ」
「ん? うん、そうか……? そう言われてみるとそうかもしれんが、まあ、面白いからな!」
ふっと私が笑って見せればグイーは片眉を上げながら言葉を紡いでいた。確かに面白い子たちに出会ったし、まさか私がグイーの星へ送った魂と出会うなんて本当に偶然というのは恐ろしい。どんな因果があったのか。はたまた私たちより格の高い神が行ったことなのか。気にしても意味はないのかもしれないが、運命というものに少しばかり思うことがある。
ま、グイーの星に送った子たちが楽しそうにしているなら構わないだろう。上手くいかなかった者もいるようだが、それは本人が選んだ道だ。私に責任はないとは言い切れないが、新たな命を得た彼らが今生を全うしようとしている。思うところはあるわよねえとグラスのお酒を飲み干して私は口を開いた。
「でもまあ、堕ちた部下の処理をナイに投げたのは頂けないかしら」
本来、堕ちた神が地上の星で問題を起こすことがあれば私たちの出番となる。地上で生きる者たちでは対処不可能な場合が多いから、そそくさと神が出張るのだ。
それをグイーは娘たちに一旦を担わせているとはいえ、ナイに石配りを命じ実行させるとは。確かにナイであれば世界を駆け回れるだろうが、だからと言って任せてしまって良かったのかと言いたくなる。グイーの星だから私が首を突っ込むわけにはいかないけれど、こうして愚痴を吐くくらいは許されるはず。
「だって、儂が動くと大事になるだろ?」
「娘たちに任せれば良かったじゃない」
大事になってしまうが、解決するためには一番手っ取り早い方法である。グイーが本気を出せば堕ちた神は直ぐに探し出せるだろうに。それをしないということはナイや地上の者たちで解決できるとグイーは算段しているのか。
「それではつまらんからな」
にっと笑うグイーに私は片眉を上げ、また夜空を見上げる。都会の夜空とは全く違って、目の前には幾百幾万の星々が輝いていた。
「ま、なんとかなるか、ケセラセラってねー! んーー! お酒が美味しい。二つの大きな月っていうのも乙なものねえ」
地球であればあんな大きな衛星が近くにあったら今頃トンデモないことになっていそうである。引力とか気になるけれど、グイーが上手いこと取り計らっているのだろう。
「お前さん、先程から双子星ばかり見ておる」
「おん? 嫉妬? 嫉妬なのかな~? 男の嫉妬は醜いって言われているけれど、神であるグイーの場合はどうなのかしら?」
ぷーと頬を膨らましながらグイーがなにかを言っているが私はにやりと笑ってやれば、彼が盛大な溜息を吐いて酒を呷る。うん、やはりこうしてじゃれ合っているのは楽しい。また星空を見上げ私は中天に浮かぶ明るい星に目をやった。なんとなくじーと眺めながら、しばらくお互いになにも喋らないままでいた。
「あれ、なんか動いた?」
ひときわ明るい星の側で小さな光が動いたような。あんな動きをする星は存在しないはずだと私はグイーに視線を向ける。
「気のせいではないか? 老眼で……ぐっほう!」
本当に余計な一言が偶に出る男だと私は右手を握り込んで、グイーの腹にめり込ませた。グイーは勢いで海へと吹っ飛び『ざぽん!』と大きな水しぶきと音を上げる。見事に吹っ飛んだけれど、勢いは殺したようでグイーにダメージは入っていない。この辺りの躱し方もグイーなのよねえと片眉を上げ、空を見上げるとひときわ明るい星の横にはなにも浮かんでいない。
「……消えた?」
「だから気のせいだろう」
あれれと私は再度目を細めるけれど、何度見ても変わらない夜空が浮かんでいる。海から戻ってきたグイーも確認してくれるけれど、分からないそうだ。うーんと私は唸ってみるものの、グイーが言う通り見間違いだろうか。
なんだか変な感じであるが、確認が取れないのであれば仕方ない。とりあえず二週間はゲームを断って南の島にバカンスにきている。楽しまなければ損だし、二週間はまともな食事に有りつける。地球に戻ればまた新しいゲームが発売されているから、それまでにエネルギーをチャージしておこう。エーリヒがピザ窯を作って最終日近くで披露すると話を聞いたし、バーベキューも行うそうだ。
「向こうより、こっちの方が食事事情に恵まれているなんてねえ」
文明が進んでいる地球よりグイーの世界の方が美味しい品を食べる機会が多い気がする。といってもナイたちと出会ったからそうなっているんだけれど。
「それはお前さんが不摂生してるからだろうに」
グイーが呆れた顔になっているが、地上で力を使わずにお金を稼ぐのは凄く大変なことだ。自らが汗水たらして手に入れた給金を一銭だって無駄にできない。だから私はゲームに注ぎ込んでいるのだ。
「いいの、いいの。部下たちがいたら、やりたいことがやれないんだもの。自活できるようになったのも、あの世界の環境のお陰ねー」
私が地上で暮らすようになった切っ掛けは、地球の成熟したサブカルチャーが思いのほか楽しかったことである。ただそれだけではなく私の部下たちを少々煩わしく思うことがあったのだ。そこから逃げたと言っても間違いはないのだろう。でも部下たちに過度に崇められるのは疲れることもあった。
「それでさもしい生活をしとるのはどうかと儂は思うがなあ。最近、屋敷の飯が美味い」
微妙な表情で腕を組むグイーに私は肩を竦めてお酒のお代わりを貰う。娘たちと飲んでみるのも楽しそうだから、明日は彼女たちを誘ってみようと決めるのだった。
◇
朝。昨日の釣果が全然ダメだったので、もう一度トライすると決めていた。
魚人の方から潮の時間を気にしてみると良いと教えて貰い、私は陽が昇る前から行動していた。流石にリンに付き合わせるのは悪いから私一人――もちろん護衛付き――で行動する予定だったけれど、結局リンは『一緒に行く』の一点張りだった。
エーリヒさまとジークとユルゲンさまはコテージの庭でゴソゴソしており、なにか作っている様子がある。ジークになにを作っているのか聞いてみれば『いずれ分かるから楽しみにしてくれれば良い』という微妙な回答を貰っていた。まあ、ジークの言葉通り楽しみにしていよう。主導しているのはエーリヒさまだから料理関係でなにか考えているのかもしれない。
「たくさん釣れると良いね」
今日はヴァルトルーデさまも釣りをしたいとのことで一緒に磯を目指している。コテージから出るとジャドさんとおばあたちとも鉢合せしている。彼女たちは釣りができないけれど、見ているだけでも楽しそうということで一緒に歩いていた。
グイーさまとテラさまは夜遅くまで起きていたようで、ベッドでぐっすりと眠っていた。ナターリエさまとエーリカさまとジルケさま曰く、創星神さま方は飲んで寝ているから放置に限るそうである。他の方たちも各々過ごしているので、私たちは私たちの時間を楽しもう。私がうしろを振り返ると、おばあがご機嫌なのかくっと嘴を空へと向けた。
『ピョエー!』
おばあの元気な朝鳴きに答えるかのように、何故か彼女の背中からポポカさんたちがぴょこぴょこと姿を現した。おばあの鳴き声に感化されたのか、ポポカさんたちも『ポエポエ』と鳴き声を上げている。おばあのように遠くに響く声ではないけれど、浜辺におばあとポポカさんたちの声が響いている。
「おばあはいつの間にポポカさんたちと仲良くなったの……?」
『昨日、森の中をウロウロしていると彼らを見つけました。私たちを覚えていたのかポエポエ鳴きながら寄ってきたのですが、おばあの背の上が安全と悟ったのか昨日からこの状態です』
私の声にジャドさんが答えてくれる。昨日、ジャドさんとおばあたちは森の中を探検してくると、そそくさと鬱蒼と生い茂った木々の中へと消えていった。
私が釣りからコテージへ戻っても彼女たちは森の中を散策しており、夜ご飯の頃合いに戻ってきていたはずである。その時にポポカさんの存在に気付かなかったのは、彼らが寝ていたからだろうか。ポポカさんたちが侯爵邸でまた過ごすことになるかもしれないと、私は苦笑いを浮かべておばあの背に視線を向けた。
「まあ、おばあが苦労していないなら良いけれど。あ、でもポポカさんたちを海に落とさないでね。飛べないし、泳げないから」
『ピョエ!!』
『分かったそうです』
おばあが愉快そうに声を上げ、ジャドさんが通訳をしてくれる。肩の上のクロも楽しそうに目を細めながら言葉を紡いだ。
『落ちると大変だろうねえ。ボクは泳げるけれど』
なにげに自慢が入っているようなと私はリンを見上げた。リンは小さく笑いながら私の右隣を歩いている。ちなみに左はヴァルトルーデさまだ。左隣がジークではないことに違和感を受けつつ、クロの声に反応した方が口を開く。
「泳げるの? 凄い!」
『ナイに教えて貰ったんだよ~』
ヴァルトルーデさまが目を見開きなあら凄いと感心していた。クロはえへんと胸を張っている。張っているけれど。
「泳ぐというより、浮いているが正解だけれどね。大きくなったらクロは泳げなくても問題ないでしょ」
あれは泳ぐというより、浮力で浮いているが正解ではないだろうか。泳げても犬かきになるから、泳いでいると言って良いのか微妙である。せめて犬かきで向かいたい方へ行けるなら、泳いでいると判断しても良さそうだけれど。でもまあクロが溺れたとして、巨大化すれば大抵の問題は解決できるはず。ヴァルトルーデさまはクロに向けていた感心の視線はいつの間にか隠れていた。
「私、まだ泳げない。女神なのに」
「泳ぐ機会がなければ、泳がないですからね」
しょぼくれたヴァルトルーデさまに仕方ないと私は肩を竦めた。二千年近く引き籠もっていたし、それ以前は泳ぐ機会なんてなかったのではなかったし、去年は泳げないままで終わっていた。ヴァルトルーデさまも泳ぐという娯楽に興味が向くより、大陸がどう進化していくかに注視していたようだから。
「ナイ。また教えて」
「明日で良いですか?」
やはりそうなりますよねえと私はヴァルトルーデさまを見上げて、明日泳ぎの練習をしてみようと提案し、先ずは釣りだと海に竿を向けるのだった。






