1501:進展中。
お魚さんを狙っていたら、何故か海竜さん、もといエーギルさまが海から顔を出した。蛸さん付きで。
魚人の方たちの様子を見にきたのかと思いきや、私の魔力の気配を感知したため、海の皆さまに管理して貰っているグイーさまの石の設置場所が適切かどうか気になるとのこと。丁度グイーさまが島にご降臨されているから聞いてくると、私がエーギルさまに伝えたところである。魚人の方たちは海の守りを司るエーギルさまが現れたと急いで浜に皆さまが集合しており、ちょっとした騒ぎになっているけれど……いつものことである。
『お前さん、創星神さまを軽く扱い過ぎではないか?』
「軽く扱っているつもりはないですし、きちんと敬っていますよ」
呆れ顔のエーギルさまを私は釣り竿を持ったまま見上げながら言葉を返した。グイーさまは気の良いお方だから創星神さまと言われても実感は薄いが、それでもやはり逆らえない雰囲気を持っておられる。テラさまもグイーさま以上に雰囲気があるし、四女神さまも並々ならぬ力の持ち主である。きちんと私は神さま方を敬っているはずとエーギルさまに力強く頷いた。
『そうかのう?』
エーギルさまが首を傾げると、蛸さんが頭の上から落ちそうになって吸盤でしがみ付いていた。なにをしているのやらと笑いつつ、グイーさまに海に預けた石の位置は大丈夫か聞いてみようとするものの、コテージに戻るのは少々面倒である。私はちょっとグイーさまを呼んでみますねとエーギルさまに伝え、お酒を飲んでいるグイーさまを想像しながら魔力を練った。
『やはり扱い軽くないかのう? なあ、蛸』
傾げていた顔を元の位置に戻したエーギルさまに蛸さんが一本の脚でぺちりと叩く。蛸さんがなにを言いたいのか分からないけれど、仲が良さそうでなによりだ。
――どうした~ナイ?
地面に魔力を流してみれば、グイーさまとの距離が近い所為か直ぐに返事が届いた。完全に酔っぱらってはいないようで、創星神さまはご機嫌な雰囲気を醸し出している。
「グイーさま。唐突ですが、海に預けた石の設置場所が適切かどうか気になるようなので、大丈夫か調べて頂けませんか?」
私の声にグイーさまが『そう気にせんで良いと思うが……まあ、調べてみるか』と返事をくれた。エーギルさまは目を丸くひん剥いて驚きながら口を開く。
『……創星神さまに気軽に物事を頼んでおる。いや、聞いたのは自分だから我が悪いのか!?』
そう。エーギルさまに問われなければ私は今頃釣りに興じていたはずだ。決して私はグイーさまに気軽に接してはいない――最近、飲んだくれのおっさんというイメージが強くなっているが――と、早く返事がこないかなと待っていた。
返事を待っている間、蛸さんがエーギルさまの頭の上から降りてきて、私の前に辿り着きちょこんとお辞儀をした。私も蛸さんにお辞儀をして地面にしゃがみ込む。すると蛸さんは脚を器用に動かして、身体のどこからか白くて丸い玉を取り出し私の前に差し出した。
「これは? 真珠かな? 凄く大きい」
私の声に蛸さんの頭がぐねっと潰れる。親指の先ほどの大きさで、少し青味の掛かった綺麗な玉だ。エーギルさま曰く、蛸さんは私が治癒を施したことを甚く感謝しており、お礼をしようと海の中で良さそうな品を探していたそうだ。姫さまの助言で『真珠は人間が重宝している』と聞き、大きな大きな貝の中から苦労して見つけ出したそうである。養殖ではなく、天然なので凄く貴重な品だろう。
「私が貰って良いの?」
私の声にまた蛸さんが頭を上下に動かしてうんうんと頷いているように見えた。エーギルさまはなにも言わないから、私の解釈は間違っていないようである。
ありがとうとお礼を伝えれば蛸さんはぴゅーっとエーギルさまの頭の上に戻り、脚をエーギルさまの鱗に叩きつけていた。なにをしているのか不思議であるが、私が真珠を受け取ったことが嬉しいようである。怪我の対価としては真珠の方が凄く価値がありそうだから、いつか蛸さんになにかお返しができると良いのだが。
『お前さん、蛸に随分と気に入られるとるのう』
「傷を癒しただけですよ」
エーギルさまが呆れながら私に声を掛けてくれるが、本当に傷を癒しただけなのにずっと覚えてくれているとは驚きである。落としてはいけないと一先ず私はグリフォンさんの卵が入った袋へ真珠を入れれば、グイーさまが石の位置を調べ終えたようだ。
――特に問題はなさそうだ。まあ落ちた神も馬鹿ではないから時間が掛かるやもしれんなあ。
それまでよろしく頼むとグイーさまがエーギルさまに声を掛けた。
『は! 承知致しました!』
エーギルさまが今まで聞いたことのない真面目な声で返事をしている。凄く意外だとエーギルさまを見上げると『ナイが創星神さまに対して軽いだけだ』と呆れられてしまった。
一先ず、海の姫さまとエーギルさまの懸念は払拭できたようなので釣りをしようと私は竿を構える。餌はどれが良いかなと小箱の中を覗いていると、魚人の青年と男性が私に微妙な視線を向けていた。どうしたのかと私が首を傾げると、魚人のお二人は海からにょっきっと顔を出しているエーギルさまの方を見た。
「磯の魚は海竜さまの登場で逃げてしまったでしょうね」
「波が立っていたっすからねえ」
魚人の方の声に私はショックを隠せない。前回釣果はほとんど坊主と言って良かったから竿や糸を準備してきたのに、まさか魚が逃げてしまうとは。でもエーギルさまの巨体が海から出てきたなら、磯の付近にいた魚が逃げてしまうのは理解できる。警戒もしているだろうし、ある程度時間が経つまで釣りはできないだろう。
『え、我の所為?』
エーギルさまが気まずそうに声を上げたので、私は素直に頷いておく。まあ、一時間も経てば逃げた魚が戻ってくるはずだ。釣りは忍耐が必要なものと聞いているし、まだ二週間という時間がある。隣にいるリンに少し時間を潰そうと声を掛けた私は亀の手や岩牡蠣探しを決行するのだった。
◇
南の島、二日目。夜。
ナイが魚は釣れなかったとしょぼくれて戻ってきて、夕食を終えた俺たちはコテージに割り当てられた部屋へと戻っている。あとは寝るだけだが、俺は窓の側に立ち双子星から降り注ぐ光を浴びている。
去年の南の島で徒競走大会で勝った賞品をナイから受け取って一年という月日が過ぎている。ナイに新たに頼んで貰った天然石を星明りに照らす。そうすることで石が持つ力を強められるそうだ。天然石入りの長方形の箱を開け、俺は窓の桟の上にゆっくりと置いた。
俺はアガレス帝国産の天然石をアルバトロス王都の装飾品店で首飾りに仕立てて貰い、昨年、彼女に手渡している。ナイが用意したものではあるが、アルバトロス王国では手に入りづらい貴重な天然石だ。宝石の目利きができない俺が選んだものよりも、ナイへと贈られた最高級の品という保証があるから偽物なんてことはない。彼女が凄く気に入ってくれていたので、俺の用意できる範囲で良質な品をアガレス帝国から取り寄せて貰っていた。職権乱用のような気もするが……まあ、ナイとアガレス帝と結びつけることができているので構わないだろう。窓の側で俺が深く息を吐けば、同室のサフィールが苦笑いを浮かべている。
「クレイグ。また渡せると良いね」
「お、おう。また渡せる機会があればだけどな」
俺を見ながら小さく笑っているのだが、サフィールは自身の恋心をどうするつもりなのか。サフィールの思う相手はかなり難敵だし、どれだけ時間が掛かるのやら。まあ、人の心配より先ずは自身のことを進めなければ。俺が思いを寄せる相手はアルバトロス王国の筆頭聖女だ。一時期、屋敷で一緒に過ごしていたことで彼女と話すようになった。
花が咲いたように笑い、真っ直ぐに俺の目を見ながら他愛のないことを語る彼女をいつの間にか好きになっていたのだ。元孤児の俺がアルバトロス王国の筆頭聖女さまを口説こうなんて、教会もアルバトロス王国もフライハイト男爵も快く認めてくれることはないはずだ。
まわりも無謀で身分が違い過ぎると口にするかもしれないが、ジークとサフィールは認めてくれている。ナイとリンには俺の気持ちを教えていないが、そのうち気付くだろう。
南の島に遊びにきている男連中も俺の気持ちを知っている。詳しい奴には貴族の礼儀作法や立ち回り方を教えてもらったり、本格的とまではいかないが護衛術なんてものも習っている。随分と恵まれている環境で過ごせていることが本当に信じられないが、これもアイツのお陰かと黒髪黒目の仲間を思い描く。そして赤髪の背の高い野郎のことも。
「……俺のことより、ジークは上手くことが運ぶかの方が心配かもしれねえ」
本当にあの二人はなにをやっているのやら。ジークがナイのことが好きなのはずっと前から知っている。直接ジークから聞いたわけではなく、最近になってようやく話してくれたのだが。このあたりは新しく友人関係を築けたお陰だと、俺はサフィールに肩を竦めた。
「大丈夫だよ。ナイだってジークの気持ちを知っているから、無下にすることはないでしょ。実際、ゆっくりだけれど進んでるみたいだしね」
「亀より遅いぞ、あの二人」
本当に見ている俺たちの方がじれったくなる関係というか。ナイだってジークのことを悪く思っていないはずなのに、仲間意識が強すぎるのかあと一歩が遠いというべきか。まあ多少は関係が改善したから、ナイのことを少し見直している。
一応、男連中同士で『フラれたヤツの骨は拾おう』という約束が取り付けられていた。言葉にすると大袈裟だが、あと半年ほどで飲酒が可能な年齢となるから、誰かがフラれれば自棄酒に付き合うことになりそうだ。誰もそうならないことを願っていればサフィールが苦笑いを浮かべながら言葉を紡いだ。
「まあまあ。一生、仲間のままだった可能性だってあるんだし、今は見守ってあげようよ。僕たちが口出ししても仕方ないでしょ」
確かにジークとナイは一生、仲間という関係で終わっていた可能性がある。お互いの距離が近過ぎて関係性がよく見えていなかったのかもしれない。あの二人が変な方向に走りそうな時は、一度引き剥がしてみるのもアリだろうか。
「クレイグ。ジークとナイの心配より、自分のこと、きちんと成功させなきゃね」
「う……そりゃ、そうだがよ。緊張するんだぞ! 柄にもねえことしようとしてっから!!」
またサフィールが小さく笑いながら俺を見ていた。たしかに自分のことをまずすべきなのだが……こう、慣れないことを実行しようとすれば、緊張するのは当たり前だ。それも誰かを好きになるなんて全く考えていなかったから、自分の人生設計が大きく変わったというか。俺は王都の商家で独りで一生を終えるつもりだった。でも彼女と知り合ってしまったのだ。
嬉しい誤算というべきだし、こうして柄にもないことをしようとしている。本当に人生はなにが起こるか分からないが、ナイより俺の人生は穏やかなはずだと、窓から見える外で酒を酌み交わしている二柱の創星神さまに目を細めるのだった。






