008
色々あって一週間遅れました。
やっぱり四連休だからって短編を二つも書こうとしてはいけませんね。
僕とエインリッヒは大した成果も得られず、それぞれの家へと帰った。
スグリの家に帰ると、そこにはスグリはいなかった。僕は蛍光石を使って明かりを灯して、スグリの帰りを待った。
うとうとしていると、スグリが浮かない顔をして帰ってきた。
どうやら、長老衆との話し合いがうまくいかなかったようだ。彼は何も語らず、お茶を飲み干すと寝室に入った。
ミヌエットのことなんてそのうちにきっと訊けるだろう。第一、眠そうな人を無理矢理起こしておくのもよくない。
そう思った僕は苦いお茶を飲んで、自分の寝室に向かった。
僕が眠りについてすぐのことだった。
突然、上の方が崩れるような音が聞こえた。
目を開けると、屋根がなくなっていて、大きくてぎょろりとした丸い目玉が夜空に浮かんでいた。
──これはどういうことなんだ? どうして集落が天井ごと引き剥がされているんだ? まさか、あれがアテルマの目なのか?
──そうだ! スグリだ。スグリを探そう。スグリなら、アテルマ除けの薬草を持っている。それに経験が豊富そうなスグリなら、きっとこの事態を打開する術を持っている。
そう思った僕はスグリを探そうとした。いや、スグリは簡単に見つかったんだ。けれど、彼の身体は瓦礫で潰されていた。
短い付き合いだったけど、涙がぽつりと頬を伝って滴り落ちた。
しかし、すぐに涙を拭った。そして、スグリに軽く一礼してから走り出した。
勿論、泣きたかった。
叫びたかった。
ミヌエットのこともよく聞きたかった。
けれど、アテルマに気づかれたら、捕まってしまう。
そして、あいつらにおやつにされてしまう。
僕は泣きたい気持ちを押さえ込んだ。そして、息を殺しながら、アテルマに気づかれないように瓦礫の山を歩いた。
瓦礫の山と化した町は悲鳴が響き渡っていた。
時々、空から木の棒が降ってきては瓦礫と共に人の死体を持ち上げていく。
僕はその棒が降ってくる度に物陰に隠れては息を殺して、棒が上がっていくのを待った。
そして、棒が上がっていくのを見届けたらまた走り出した。
そんなことを何回も繰り返した。
そんなとき、誰かと衝突した。
僕は静かに避けてやり過ごそうとした。だが、ぶつかった相手に胸ぐらを掴まれてしまった。
「リョー!」
エインリッヒは興奮した様子で、語り始めた。
「お前が戻ってきてから悪いことばかりだ! 餌はどんどん減って、ベルトスの親父やみんなはアテルマに捕まっちまった。さらにはあいつらが町の天井まで開けやがった。全部、お前が戻ってきてからだ!」
たしかに言われてみたら、そうだ。エインリッヒの言うとおり僕はこの町にアテルマを呼び寄せたのかもしれない。けれど、それは違う。
「それは僕には関係ないことだろ。第一、餌が減っていったのは僕がここに戻る二ヶ月程前だってスグリも言っていたぞ」
すると、エインリッヒは僕から手を離した。
「──テメェに説教されなくても、そんくらい分かってるよ」
「なら、もういいだろ。僕に構ってないで逃げればいいじゃないか」
エインリッヒから離れようとすると、彼は僕にこう問いかけた。
「そういえば、スグリのじいさんはどうした?」
僕は黙り込んでしまった。
真実を話せば、エインリッヒはまた興奮して僕のことを散々詰ってくるだろう。それがアテルマを呼び寄せていることになっていたとしても彼は僕のことを非難するに違いない。
そう思った僕はエインリッヒから逃げ出した。
「どうしたんだよ! スグリのじいさんが生きているかどうかすら言えねぇのか!? おい!」
彼にそう尋ねられても、僕は無視して瓦礫の山を走った。
自分でも分かっている。エインリッヒの思うように僕が戻ってきてから良いことはない。
いや、僕は二、三週間程しか記憶にないから比較のしようがないのだが……。とにかくここに来てから悪いことばかりだ。
飲み物は苦いし、食べ物は泥みたいな色をしていて、時々、砂利が混じっている。しかも、味は淡白だ。仕事は力仕事しかなくて人の体力関係なく重荷を背負わせる。しまいには食べ物が降ってこなくなってこうして人を食べる化け物につけ狙われる。
これが良いことなのか? 良いわけがない。この世界はひどすぎる。少なくとも、この世界じゃ誰も幸せになんかなれない。
スグリは「楽な人生があってたまるか」とかいっていたけど、楽な人生を望んで何が悪いんだ。
苦しいことから逃げ出したとしても、生きてさえいればなんとでもなる。
勿論、生きるために必要なことは山ほどあって、そのために働かなくちゃいけない。けれど、こんな世界じゃそんなことすら許されない。楽な人生を望むことすら許されない。
なんてひどい世界なんだろう。
そう思っていると、棒が僕の方に降ってきた。
気づいたときには僕は宙に浮かんでいた。背中には粘着液のようなものがべったりとへばりついていて離れない。
あぁ、僕もアテルマに捕まってしまったのか。このまま、おやつにされてしまうのか。
諦めながら、僕はせめてアテルマという化け物の顔を拝んでやろうと必死に体を揺り動かした。
すると、僕は大きな指に摘まれた。優しく潰さないように慎重に持ち上げられた。
そのとき、僕はアテルマの顔を見てしまった。
「──どうして、化け物らしい顔をしていないんだよ」
アテルマに僕が発した一言のニュアンスが伝わったのだろうか、アテルマは急に顔を顰めた。そして、僕の首をいとも容易くへし折った。
結末は色々悩んでいたのですが、一週間考えてみてこんな感じにしました。九話のつもりでしたが、一話少なく済みました。
そもそも、この話はプロトタイプからかなり逸脱しているんですよね。
一年くらい前に「そうだ。試しにこの話を書いてみよう」と思って試しに三話の部分まで書きました。
その後、見返してみると、頭の中にあった「人間スナック」とまったく違っていたんですよね。
そこでやる気をなくしてずっと放置していたんですよ。
けれど、このまま中途半端な形で終わらせないのもよくないので、書いて投稿してみました。
今後、別パターンを書くかどうかまったく考えていませんが、気が向いたら投稿するかもしれませんね。
あと、蛇足ですが、この話の結末を考えていたせいで連載二作の執筆に遅れが出ました。
「たらい」は年内に投稿している分を修正して完結。「オーク」の4章は10月の末までに一話目を投稿したいですね。