002
そういえば、スグリの名前って最初はモグリだったんですよね。投稿前に確認する際に思い出しました。
訂正し忘れてモグリという名前が出てくるかもしれませんが、それはおじいさんの名前だと思っていただけると幸いです。
僕はスグリに連れられてようやく集落と呼べる場所に辿り着いた。
そこはまるで迷路のように入り組んだ場所だった。
彼は──離れずについてきなさい、とだけ言って、速足で歩いた。
──これほど健脚なら、杖なんていらないだろうに…、と僕は心の中でそうぼやきながら、彼の後を必死についていった。
しばらくすると、スグリは──ここじゃ、と言って扉をさっと開けて僕にさっさと入るように急かした。
言われるがまま僕は扉の向こうへ入った。
その瞬間、扉はすぐに閉まった。目の前にはさらに階段があった。
今までの階段よりも急で狭い階段だ。モグリはその急な階段を軽やかな足取りで上っていく。僕は彼についていくことで精いっぱいだった。しばらく上ってから僕たちは絵の前に立った。
その画はとてもきれいな女性の肖像画だった。多分、海外の著名な画家が描いた作品だと言われたらすぐに信じてしまいそうな絵だった。
スグリはその絵をしばらくの間じっと見つめていた。彼はまるで彼女に慈しむような目を向けているかのようにその絵をじっと見つめてた。
ひょっとして、この女性はスグリの娘さんかなんかなのだろうか?
僕はそう思いながら、その絵の前で動かないスグリを見てそう思った。
スグリは僕の視線に気づいたのか、慌ててその絵を押した。
すると、そこには部屋があった。
──この絵は隠し扉だったのか、と僕は驚いた。
──しかし、アテルマって大きな生き物なはずだ。少なくとも人間を食べる以上、図体は3倍くらいあってもおかしくない。
──なのに、どうして隠し扉が必要なのだろうか? 僕は不思議に思った。
「そこでじっとしておらんと、さっさと入らんか?」
彼は僕に入るように手招いた。
そこで、僕はこういうところなのだと思って関心を隠し扉から切り離した。
奥の方に出窓があったが、近づいてみると騙し絵だということに気づいた。
その近くには小さなベッドと花瓶を置いた小棚があった。手前にはカフェにでもあるような小さな丸い天板のある机と二脚の椅子があった。
そして、僕はそこにあった椅子に座るように、と言われるがままその椅子に座った。
「お茶でも用意しようか」
彼は棚から急須と茶葉を取り出して、お湯を沸かし始めた。
「さっきの絵は娘さんなんですか?」
「──知らんよ。昔からそこにあったものじゃ」
短くそう答えた彼は沸騰したお湯に茶葉を入れてじっと待っていた。
辺り一面には漢方薬の香りがぷんと漂う。まるで、薬膳茶のようだ。
僕はこういう香りは苦手だった。しかし、ここに来るまで今まで嗅いだことない異臭を感じてきた。だから、この匂いがここに来てから一番良い香りだった。
「少し味がおかしいかも知らないが、飲みなさい。今まで何も口に入れてないんだろう?」
彼は僕の前にお茶の入ったカップを置いた。
「ありがとうございます」
僕はカップに入ったお茶を飲んだ。
あまりの苦さに一瞬、顔を少ししかめてしまったが、彼の好意を無碍にしてはならないと思い、そのまま飲み干した。
「──まずかったかのう?」
僕の表情の機微を感じ取ったのか、スグリはそう言った。
僕が短くうなずくと、彼は笑い出した。
「ここの水はとても飲めたものじゃないからのう。だから、こうしてお茶にして飲まないといけないのじゃ。──まぁ、普段のリョーなら涙を流しながら飲んでいたものなのじゃがな」
「なんかすみません」
「構わんよそれくらい。むしろ、あんなにおいしそうに飲めるリョーの方がおかしいものじゃ」
この体の本来の持ち主はどうやら相当気の狂った変な人だと思われているらしい。
「そういえば、僕の家ってどこにあるんですか?」
僕はそういえば家を知らないことを思い出してそう尋ねた。
「ないぞ」
「マジで?」
「マジ、という言葉は知らんが本当のことじゃよ」
「──そうなんですか?」
「そもそも、お主は村から追い出されたはずじゃ? だから、あんなところで寝ておったのじゃろうが……。まったく、お主は何を考えておるのか?」
それは知らないと言いたかったが、気が狂ったのかと思われるのが嫌で言えなかった。
「あんなところに住んでいる人間などおらんわ。──そんなことをしておったら、アテルマに穿り取られるぞい」
「ほじくる?」
「そうじゃ。甘い匂いをした粘液をまとわせた棒を使って人間を取るのじゃ。こういうところならまだしもあんな巣穴では簡単に捕まるわい」
「──そう、ですか」
少なくともこの体は路頭に迷って追い出されてあんな誰もいないような場所で一人寝ていたのかもしれない。
そう考えてみると、僕はいったいこれからどう生きていけばいいのだろう。そう不安に思っているのが見透かされたのか、スグリが笑いながら僕にこう告げた。
「別に悲しむことなんてないわい。わしがしばらくの間、ここに住まわせてやるからのう」
「本当ですか?」
「本当じゃ。──じゃが、しっかり働いてもらうからのう」
このときのスグリの笑みがどこか不気味なものに見えて、僕は少し身震いした。
次回は22時更新予定です。




