001
短編その2です。
と言っても、厳密に言えば、連載ですけどね。
今のところ、9話の予定です。
鼻をツンと突くような悪臭と共に目が覚めた。
辺りを見回すと、そこは薄暗く、周りはよく見えない。
目が暗闇に慣れていくと、僕のは枯草の上に寝ていたことに気づいた。それだけではない。天井や壁、床も土でできていることに気づいた。まるで、自分がアリの巣にいるかのような気がした。
──昨晩はちゃんと自分のベッドで寝たはずなのに、どうしてこんなところにいるんだろう?
それとやけにお腹が空いている。これまでで一番お腹が空いている気がする。
「こんなところにおったのか、リョー」
どこからかそんなしわがれた声が聞こえてきた。
声の聞こえたほうをよく見ると髭がたくさん生えたおじいさんだった。その風貌はまるで、高名な老魔法使いのように見えた。と言っても、大層な杖は持っておらず、物干し竿のような細い杖をついていた。
「あなたは誰ですか? ──そもそも、リョーっていったい誰のことですか? 僕は慎平ですよ」
「お前さんのその腑抜け面のどこがリョーじゃないって言うんだ? それに、シンペーと名乗る者はこのねぐらにはおらんかったはずじゃが?」
彼は不思議そうに戸惑う僕を見つめていた。
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「ここはわしら人間が暮らしている場所じゃ。アテルマのやつらがわしらを食用にするために、地下に穴を掘ってわしらを放り込んだのよ」
僕に状況を一から説明してくれるおじいさん(彼の名前はスグリ。ちなみに彼の名前を知ったのはそれからずいぶん経ってのことだった)に付いていって、曲がりくねった段差もバラバラで歩きづらい階段を上っていた。
床はどこも泥のように柔らかくて、どこか気持ち悪かった。
裸足だったからよく分からないが、その感触の気持ち悪さを尚更感じた。
しばらくしてから気づいたのだが、僕は奴隷が着ていそうな麻のような植物からできた衣服を身に纏っていた。そのくしくしした感触もまたひどいものだった。
「アテルマって何ですか?」
アテルマという生き物を聞いたことが無い僕は気になってスグリに尋ねた。
「そんなことも忘れたのか? ──まぁ、いい。お主はどこか頭が抜けているところがあるからのう」
この体の持ち主は相当頭が悪かったのだろうか?
なんか僕が貶されているような気がして嫌な気分がした。──まぁ、気が狂ったって言われないだけましか。僕はそう割り切った。
「アテルマとはわしら人間をお菓子にするために養殖している大きな生き物のことよ」
「──お菓子って…。あははは。そ、そんな生き物がいるわけないじゃないですか」
「お主の頭は本当にめでたいのう。現におるではないか。それをいないっていうほうがおかしいぞ」
「じゃあ、どんな姿かたちをしているのか分かるんですか?」
「わしらのように二足歩行をして、目ん玉がたくさんあってぎょろぎょろしておる。鼻や耳は無く、代わりに頭に二本の角がついておる。歯はガタガタしておる。そんなけったいな顔を除けば、ほとんど人とは変わらん。まぁ、とにかく気持ち悪い生き物じゃよ」
「いや、何ですか? その不気味な生き物は? 僕は知りませんよ。それにどうして、そんな生き物が僕たちをお菓子にするんですか?」
「まぁ、実際に見たらわかるじゃろ。ほれ、ここにも落ちとる。あいつらの食べカスじゃ」
彼は杖を一際大きな穴の方に向ける。
穴の底は人の頭がごろごろと落ちていたり、干からびた頭がない体などがびっしりと覆いつくしていた。
それも色とりどりの色でカラーリングされてあった。
それを見た途端、僕は隅の方に駆け込んでつい吐きだしてしまった。
けれど、胃酸が喉を焼き付けるような痛みしか感じず、一面には僕の唾液と胃液が混じったものがポタリ、ポタリと落ちるだけだった。
「大丈夫かのう? これはそう見慣れる物じゃないからのう。吐くのも無理はない」
彼は吐ききった僕を心配そうに見つめる。
「よく平然としていられますね。あなたはこれを見て何とも思わないんですか?!」
僕はバラバラな死体に冷たい目を向ける彼に非難した。
「小さい頃は慣れなかったわい。何度も吐いた。大人になってからも仲間たちがやつらの餌に釣られてそのままどこかへ行ってしまったのを何度も見ておる。これはしょうがないことなんじゃ。わしらはアテルマに育てられるほかに生きる術がないのじゃ」
このときの彼はさみしそうな顔をしていた。どこか無力な自分がやるせないような気持ちがひしひしと伝わった。
そんな彼に僕は何も言えなかった。
「さぁ、皆のいるところに帰ろうか」
スグリはまた歩き始めた。
僕は彼に黙ってついていくことしかできなかった。
次回は14時頃更新予定です。