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 モミジが庵を去った後、狸界に衝撃が走った。


 あの化け名人、花崎月之丞が取った弟子が“狐”であった――


 話はあっという間に広がった。現代の人間の文明機器を利用した狸ネットワークの威力は凄まじく、その勢いや九州に留まらず、四国、中国、近畿、えとせとらエトセトラ。たった一日で全国各地に広まったそうだ。


『五年も一緒におって、わからんかったと?たまがるわー』

『まさか狸の化け術を狐に教えたとじゃなかよね?』


『しかも雌じゃのうて雄であったげな』

『へえ、そりゃあ、あの雄嫌いの月之丞が完全に騙されとるでねぇか』


『化け名人と言われたおひとが狐に化かされたなんて、えらいことどすなぁ』

『なぁ、信じられへんわ』


『弟子にならずに済んでよかったですよ。自分まで笑い者になる所でした』

『むしろ断られてラッキーってやつ?月之丞、マジだっせーよな』


 古来より、化け狸と化け狐は反目しあっていた。どちらの化け術が優れているか、化かし合い騙し合いの勝負をした逸話は各地方に残されている。

 特に有名なのが、佐渡の総大将である団三郎狸の話であろう。もっとも、これは化け術というよりは狐を騙し打ちにした感が否めないが。四国では狸が狐の一族を追い出して、狐が棲まない狸の天下にしてしまった。人里においても稲荷社がほとんどなく、狸が祀られているくらいである。

 狸と狐の化け勝負の決着は未だについてはいないが、人間界には“狐七化け、狸八化け”という言葉がある。化け術においては、狸の方が狐よりも一段上ということだ。狐は人間を誘惑するために化けるのに対し、狸は人を馬鹿にするために化けていて、化けること自体が好きで、化け術に誇りを持っているのだ。


 狐より上であると自負していた狸たちにとって、この度の師匠の醜聞は、狸にとってまさに“恥”の一言に尽きた。

 こうして、師匠は各地で「狐に化かされた狸」として笑いものにされていき、化け狸としての名声は地に落ちていったのだ。


 さて、激怒したのは花崎一族である。各地の狸から笑いものにされて、私の家族以外の親戚一同が師匠を責めた。


「どういうことだ月之丞!ちゃんと説明しろ!」

「別に説明することもねぇだろ。俺の弟子が化けるのが上手ぇ狐だったってだけだ」

「お前はそれでも狸か!恥ずかしくないのか!!」

「じゃあ恥ずかしいってことで」


 祖父や大叔父方にけなされても、師匠は普段と変わりなかった。

 飄々とした態度でぬけぬけと言う師匠に、「お前など勘当だ!!」と顔を真っ赤にして怒鳴った祖父が卒倒し、そのまま体を壊して世を去ったことは、花崎一族にとってさらに大きな痛手となった。


 今まで花崎旅館に来ていた客の半分以上は、花崎一族と懇意にする狸であったり、師匠に弟子入りするために訪れたりする狸たちであったが、今回の件で一気に来なくなった。

 そして師匠に失望した親戚一同は、従業員として働いていた花崎旅館を次々に辞めていった。あんな恥さらしと同じ一族と思われたくない、と言い残して。


 客が激減した旅館に残ったのは、私の両親と兄弟達だけだった。裏の山には、化けることのできぬ、行き場の無い狸たちも残った。

 父様と母様は、師匠を責めることは無かった。ただ、心配そうに師匠に尋ねた。


「月之丞、一体これからどうするんだい?」

「ま、ほとぼりが冷めるまで山の庵にでも引っ込んどくわ」


 しかし師匠の楽観的目論見は、翌日には掻き消えることになった。

 師匠や私が棲んでいた庵が、不審火によって跡形もなく燃やされてしまったのだ。

 考えたくはないが、どこかの狸一族の恨みか嫌がらせか、それとも――。師匠の身を案じた父様は、師匠を旅館に招くことにした。さすがに、花崎一族の営む旅館に火を点けるようなことまではしまいと踏んでのことだ。

 師匠は最初こそ渋ったものの、しばらく父と二人で話し込み、最終的に西の離れに居候することを決めたようだ。兄達の中には多少反発する声はあったものの、血のつながった叔父を追い出すことはしなかった。


 そして、離れに引きこもる師匠の世話役に、私が任命された。選ばれた理由は前にも述べた通りだが、私が引き受けようと決めた理由もある。


 花崎一族の親戚一同が師匠を責め立てる最中、その矛先は私にも向けられた。


『四葉、お前も恥ずかしいと思わんのか!狐と共に暮らして、それでも化け狸か!』

『たしか、姉様と慕っていたそうではないか。お前の姉は……いや、男だったのだから兄か。お前の兄の一人は狐だったというのか?』


 叱咤と嘲りに縮こまる私を一番に庇ったのは、他の誰でもなく師匠だった。

 だぁん、と畳を思い切り殴って広間全体を振動させた師匠に、辺りは一瞬で静まり返った。隣にいた私は、衝撃に驚いて耳と尻尾を出したくらいだ。


『こいつを責めるのはおかしいんじゃねぇか?あんたらだって、全員あいつが狐だってわからなかったろうがよ』 

『な、何を言って……』

『気づいてないとでも思ってんのか?この五年、俺の庵にあんたらも含む彼方此方あちこちの狸が何度も偵察に来てただろうが。……自分の無能を棚に上げて、子供ガキに八つ当たりしてんじゃねぇよ』


 そう言うと私の頭を掴んで狸姿に戻して、後ろで控えていた(今にも立ち上がりそうだった)両親と(今にも親戚に飛びかかりそうだった)兄弟の元へ投げて寄越して、親戚たちの視線から隠してくれた。

 もっとも、火に油を注ぐ結果になり、師匠はさらに責められることになったものだが。


 横暴でスパルタで自分勝手で放任主義で適当な師匠は、ちゃんと師匠であったのだ。

 だから私は、以前と変わらずに師匠(今は術を教わっていないので元・師匠にはなるが)の側でお世話することを決めたのだ。

 客も従業員も減った花崎旅館を盛り立てるため、皆で協力していこうと一郎兄さんを筆頭にして頑張っていくわけだが……

 その矢先に、花崎旅館にまさに“嵐”が訪れた。


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