(2)
さて、皆様すでにお気づきのことであろう。
我が花崎家の兄弟の名前に、すべて数字が入っていることを。
一郎兄さん、二海兄さん、五樹君。そして私、四葉も然り。
『一』、『二』ときて『四』、『五』。そうなると、間に『三』が入るはずである。
もちろん予想の通りであり、私の上には『三』のつく名前の兄がいる。
名を花崎三弦という、雄の化け狸であった。
***
「相変わらず堅苦しい奴だな、お前は」
誰かと同じような台詞を言う三弦兄さんは、眉間に深く皺を寄せた。そうすると、怖い顔がますます怖くなる。
二海兄さんと双子であるためか、よく似た顔立ちをしているが、より強面で目つきが悪い。狸らしく垂れ目で黒目がちな風貌が多い我が兄弟の中では、一番眦が吊り上がった三白眼になっている。二海兄さんがアスリート風とすれば、三弦兄さんはいわゆる不良風だ。
顔立ちだけでなく、髪型や服装もそうである。
暗めの照明の下でも、きらきらと光る金茶色の髪を長く伸ばして、後ろで縛ってある。黒いTシャツに迷彩柄のズボン、ごつい銀のアクセサリーをごてごてと付けた格好。しかめっ面で腕を組んで座る姿は、女性客の多い店内ではかなり浮いており、近寄りがたい雰囲気を放っていた。
が、しかし。
「お待たせしましたー、抹茶白玉パフェとおはぎセットでーす」
店員が笑顔で運んできたのは、豆蔵で人気のあるスイーツだった。
大きなグラスに盛られたパフェは、明るい萌黄色のクリームや深緑色の四角い寒天、黄色の栗や丸い白玉で彩られている。赤いお盆のような皿には、餡子ときな粉と黒ごま餡の三種の小ぶりなおはぎが並び、箸休みの塩昆布が添えられていた。
テーブルに並べられたそれらに、三弦兄さんの頬が明らかに緩む。訝し気だった周囲の女性客の視線も、あらあらまあまあ、と何となく微笑ましいものになる。
そう、三弦兄さんは大の甘党であった。
甘党が高じて、現在は菓子職人を目指して、隣県の菓子店で修業しているくらいである。
三弦兄さんは私に席に座るように促すと、片手でメニュー表を差し出してくる。
「お前も早く頼め。何でも頼んでいいぞ」
そう言うと、さっそく長い銀のスプーンを手に、パフェの上で渦を巻く抹茶のクリームを掬って食べ始めた。
兄の三白眼の眦が下がり、口元が隠し切れぬ笑みを浮かべる。無言ながらも美味しさと嬉しさが伝わってくる表情をする三弦兄さんを横目に、私はクリームあんみつを頼んだ。
向かいのパフェが四分の三ほど無くなった頃に、黒い器が運ばれてくる。
両掌ほどの大きさの黒い器の中には、半透明のサイコロ状の寒天に桃色の求肥、バナナとみかんといちごが添えられ、赤えんどう豆が散らされている。上にはバニラのアイスクリームと粒餡、白いホイップクリームがたっぷりと盛られていた。
添えられた小さな徳利の黒蜜を上から回しかけて、私も食べ始める。
甘さ控えめの寒天とホイップクリームに、甘い黒蜜と餡子と冷たいアイスが合わさって、甘さも口当たりの良さもいい塩梅だ。固めの赤えんどう豆や柔らかな求肥の食感も楽しめる。
三弦兄さんには及ばないが、私も甘いものは好きだ。もくもくと食べていれば、パフェを食べ終えた三弦兄さんがこちらを眺めやり、ふっと吹き出す。
「うまいか?」
「はい」
「お前は食べているときは素直だな。美味そうに食うもんだ」
「そう言う三弦兄さんも同じではありませんか」
澄まして返すと、三弦兄さんは「そういうところは素直じゃない」と肩を竦めた。
緑茶で一息ついた彼は、黒ごま餡のおはぎへと手を伸ばして一個食べ終わった後、何気ない風を装いながら尋ねてくる。
「元気にしていたか?」
「はい。私も、父様も母様も、五樹君も二海兄さんも、一郎兄さんも。みんな、元気でつつがなく過ごしています」
「……別に兄貴のことは聞いてない」
「すみません」
「……」
三弦兄さんの眉間が寄せられる。「お前が謝ることじゃないだろう」と呟く声はどこか苦かった。
兄の機嫌を損ねた理由はわかりきっている。『一郎兄さん』の名前を出したことだ。まあ、私もわかっていて口に出したのだが。
三弦兄さんはむすっとしながら、今度はきな粉のおはぎにかぶりついた。ふわりときな粉が舞って、赤いお盆に雪のように降る。
美味しい甘味は兄の眉間の皺を浅くすることはできても、消すことはできなかった。
三年前に一郎兄さんと大喧嘩をした挙句、家を出て帰らない三弦兄さん。
彼はいまだに、一郎兄さんを許してはいないのだ。