表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編6「不思議な国でのアイーシャ」
243/243

家族

 リュウヤの隣で手を繋いで歩くアイーシャは、興奮した様子で瞳を輝かせていた。


「すっごく楽しかったよ。私がイザベラ女王になるんだよ」


 三人は図書館を出て、ムルドゥバの町を歩いている。起きてからというもの、アイーシャは興奮してしきりに"不思議の国"を語りたがっていたし、あんな事件直後では、ティアもじっくりと勉強という気分ではなくなっていた。

 ティアがまた今度出直すということもあって、数冊の借りると、問題のイヤリングを職員に届けてから図書館を後にしたのである。時刻は午後四時頃で、秋の陽射しは既に傾きかけている。物憂い陽射しに町は染まっているが、賑わいも人の多さも相変わらずで日の変化などまるで気にしていないように思えた。


「それから家来さんとね。追いかけっこしたり、お相撲したり、ナイト様とね、ドラゴンがね、すっごいバトルしてたの」

「そうかあ、楽しい夢みたんだな」

「そのナイト様がお父さんそっくりで、とってもカッコ良かった」


 娘にカッコ良かったと褒められれば、親としては冥利(みょうり)に尽きるというものだった。誇らしい気分が体の内側から溢れてきて、つい顔がほころびそうになってしまう。


「あ、お父さん。あれ欲しい」


 思わぬ強い力に引っ張られ、見るとあめ玉が売られている露店があった。他にもおもちゃ屋、するめ屋なども並んであって、通行人が買ったりしている。夕食までには、まだ時間がある。


「じゃあ、買ってきな」


 小遣いをアイーシャに与えると、とことこ露店に駈けていった。見送るリュウヤの横で、ティアがささやくように言った。


「アイーシャちゃんには、本当のことを話さない方が良さそうですね」

「あんなに楽しそうだしな」

「イヤリング、あのままで良かったんですかね」

「大丈夫だろう。職員も心得ている感じだったよ」


 イヤリングを届出した時、職員は魔石が装飾されているのに気がつくと、別の職員を呼び出して、黒い宝石箱様の箱を持ってこさせてそこに納めている。その中には、魔石が装飾されている品が幾つかあったのだ。


「魔石絡みのトラブルがちょくちょく起きて、頭抱えているんですわ」


 と職員は言い訳するように言ったが、これまでにも、似たような事件が何件か起きていたようだった。貼り紙から注意喚起し、今後は持ち込み禁止なども検討しているらしい。


「怪我、大丈夫ですか」

「うん。起きたら身体はなんともなかったよ」


 リュウヤは左肩をくるくるまわして再び確かめている。あの時、尋常ではない激痛が生じていたはずが何事もなかったように消えている。


「結局、何だったんですかね。肉体ごとひきこまれたのなら、怪我が治っているのはおかしいし、夢にしたらやけに現実味ありすぎでしたけど」

「まあ、“不思議な世界”で良いんじゃないの」

「そんな、いい加減な」

「だって、わかんねえしなあ」


 リュウヤとしては、アイーシャの強大な力と“みんなの想い”の力で構築された世界だという想像はできるのだが、正体がわからないものをこれ以上考えても仕方ないように思えた。切り替えが早いとも言えるが、リュウヤの言い方だとティアからだと大雑把にも映る。少しむきになって質問を続けさせた。


「もしもですけど、あれが敵の罠だったらどうするつもりだったんですか」

「やるだけさ」

「やるだけ?」

「相手が敵なら弥勒みろくに俺の想いをのせて、その一刀にすべてを懸ける」

「はあ」


 ざっくばらんなリュウヤの返答にティアは戸惑いを隠せず、リュウヤを見上げていた。

 途方に暮れたティアの顔つきに、リュウヤは終わったことだからなと小さく肩をすくめた。


「そりゃあ、成功や失敗したことに反省や想定てものはするけどね。もしあれが敵の罠だったらどうしようと悩んでいても、それはただの空想の類だ。そんな過去に空想をめぐらしていても、正しい答えなんて出てこないし健康的じゃないと思うんだ」

「……」

「だから、次に起きたら"やるだけ"。何が起きても不安や恐怖を感じないように、日々鍛えていくだけだ。ティア君の堤防づくりの勉強と同じじゃないかな。あらゆることは想定するけれど、過去に対して空想まではしない」


 そこまで言うと、照れ臭そうに頭をかいた。


「なんか、えらそうに語っちゃったなあ」

「いえ、おっしゃりたいことは伝わります」

「そういってくれると助かるよ」


 リュウヤとティアが顔を見合わせてほころばせていると、アイーシャのはしゃぐような声がした。


「お父さん、あめ玉買ってきたよ。あめ玉!」


 見ると、小さな白い袋を手にしてアイーシャが駈けてくる。今は愛娘がきちんとお使いしてきた方が重要になっていて、リュウヤから“不思議な世界”への関心は頭から消えようとしていた。


 ――やるだけ、か。


 アイーシャと戯れるリュウヤを眺めながら、ティアはぼんやりとリュウヤの言葉を反すうさせていた。同時に、真剣に"遊び"をしていたリュウヤの動きを思い出している。吹き飛ばした一撃は偶然の産物のようなものだったが、自分の攻撃をことごとくかわし、把握しているだけでも四度は懐に潜り込まれている。

 そして"鎧衣プロメティア"と呼ばれる光の羽根を使った最後の一撃も、正直なところまったく動きが見えていない。

 もしもあれが真剣だったらと考えると、ティアは思わず身震いを起こした。

 リュウヤ・ラングは強い。

 ただの空想ではなく、手を合わせた実感としてティアはそう考える以外なかった。


「リュウヤさあん」


 不意に遠くから呼ぶ声がして、声の在りかを探ったのだが、見つけるのはアイーシャの方が少し早かった。


「あ、お母さんだ!」


 見ると、人ごみにまぎれてセリナ・ラングが歩いてくる。両手に買い物籠を下げており、セリナの隣ではクリューネ・バルハムントもいた。二日酔いからはすっかりめたらしく、顔色も戻っている。同じように買い物籠をひとつ下げ、籠からは大根やネギといった野菜が籠から顔をのぞかせていた。


「買い物帰りか」

「ええ、今日は野菜とお魚が安かったんですよ」

「そうか。それ重そうだな」


 リュウヤが重量感のある買い物籠を見て、セリナからそれとなく受け取ると、セリナは頬を赤らめながら、ありがとうございますと恥ずかしそうな声で言った。それから、もうひとつの籠を取ろうとすると、セリナが軽いからと言って申し訳なさそうに断る声がティアの耳に届いた。

 仲睦まじさが伝わるような、ごく自然なやりとりのようにティアには映った。


「おいリュウヤ。私のも持たんかあ」

「姫、僕が持ちますから」


 せっかくの良い雰囲気に水を差すような、不粋な主にティアは恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら籠をひとつ持った。


「ああ楽になったわい。代わりに私が本を持ってやろう。ありがたいと思えよ」

「いえ、あの、借りた本なので、汚されたら困ります」

「なんじゃとコラ。私が信用できんのか」


 ――リュウヤさんとは、違った感じでいい加減だからな。


 図書館から借りた資料本はバッグに入りきらないものである。一般に流通しているらしいが借りたものなので、ティアとしては下手に扱えない。だが、主を前に信用できないとまではさすがに言えず、閉口するティアの耳に、はしゃぐアイーシャの声が流れ込んできた。


「今日ね、今日ね。夢にお父さんがナイト様になって出てきてね。すごかったんだよ」

「お父さんが?お母さんも見たかったなあ」

「でね、でね……」


 アイーシャはリュウヤとセリナとの間で、片手ずつずつ二人と繋ぐ格好になって、夢の出来事を嬉しそうに話している。

 クリューネとティアは、家族三人の後ろ姿を眺めながら歩いているのだった。

「アイーシャ、やけに楽しそうにしとるが、何かあったのか」

「まあ、イザベラ女王になってたんですよ」

「……?図書館行ったんじゃろ。朗読会にでも参加したんか」

「そうじゃないんですが……」


 ティアは口を開いたまま止まっていた。今は説明するのが、いささか億劫になっていた。


「まあ、帰って落ち着いたらお話ししますよ」

「なんじゃ、変にもったいぶりおるの」


 クリューネは顔をしかめたものの、それ以上は訊いてはこないで話題を少し変えてきた。


「今日は案内できんで悪かったな」

「いえ……」

「何か良いものを得たかの」

「そうですね。ありました」


 ティアの明るい返事に思わずクリューネが足を止めると、ティアは強い眼差しでまっすぐに見つめている。


「リュウヤ・ラングという人は本当に強い。あの人が言う"想いの力"というのにはピンとこなかったけれど。それに……」


 ティアは少し先を歩くラング一家に目を向けた。

 眩しそうに眼を細めている。


「いい家族ですよね」


 何があったのかクリューネにはよくわからなかったが、ティアの心にリュウヤに対して尊敬に似たような感情が生まれているらしかった。 


「これまで長い間、苦労が多かったからの。こうした時間は、かけがえのないものじゃろうて」


 長い間。

 約五年の歳月。

 言いながら、クリューネの脳裏にこれまでの日々が思い浮かんでいる。

 初めてリュウヤと出会ったのはまだ十六歳の頃だった。それから今日までほとんど同じ日々を過ごしている。時間や深さで言えば、家族であるセリナやアイーシャよりも濃密な関係なのかもしれない。そんな想いを抱えたまま、クリューネは話を続けた。


「私もあやつらの家族のようにありたいと思っとる。こんな風に、どんなに距離が離れることがあってもの」

「姫、それは……」

「お姉ちゃーん!ティアくーん!」


 神妙になるクリューネにティアが真意を図りかねていると、距離が空いたのに気がついたアイーシャが、クリューネたちに手を振っている。リュウヤもセリナも立ち止まって、こちらを見ている。


「おーい、早くこいよ」


 リュウヤが言った。


「待ってろー!すぐに追いつくわい!」


 クリューネは“ホーリーブレス”を吐く時の要領で大きく息を吸うと、周囲の通行人がびっくりするくらい大声を張った。



              (不思議の国でのアイーシャ・完)

これで「竜に喚ばれた男」は番外編も完結にしたいと思います。

ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ